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きずあとエヴァンゲリオン
劇場版 『Air/まごころを、君に』


伊吹マヤ嬢に捧ぐ…

「こんにちはーっ! おじゃましてまーすっ!」
 飛び抜けて明るい声が廊下中を走り抜け、リツコさ
んの後ろにいた女の子が姿を見せた。
 短くショートカットされたキーボートが、溢れ出る
潔癖性によく似合っていた。
 リツコさんと同じ制服を着ている。
「…えっとね、こちらは…」
「初めまして、わたし、伊吹(いぶき)といいます」
 リツコさんの言葉を遮って、少女は自己紹介した。
「リツコ先輩の後輩です…って、アハッ、先輩の後輩
ってのも、なんだかおかしいですよねー?」
 少女はそう言って、ケラケラと笑った。

 リツコさんは気まずそうな顔でこっちを見て説明し
た。
「…あっ、えっと、この子ね、ウチの機関で技術部の
オペレーターやってる子なんだ。今日はどうしても家
に来るって言ってきかなくてさ、それでつい…」
「そりゃそうですよ!」
 後輩が割って入った。
「MAGIの裏コードを見せてくれるって約束したの
は今年の始めですよ! なのにリツコ先輩ったら、い
っつも忙しいとかマシンの調子が悪いとか言って逃げ
るんだもん!だからわたし、今日を逃したら後がない
と思ったんです!」
 随分と大袈裟にものを言う女性である。

「…いや、あれは別に逃げてたわけじゃ…」
「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ!」
「シンジ君、 なにか言った?」
「いえ…。話を続けて下さい」

「…。…いや、あれは別に逃げてたわけじゃ…」
「いーえ、先輩、絶対にあたしのこと避けてました!
こそこそと隠れたことだってあったんだから!」
「そ、それは、たまたま…」
 そのとき、女の子の目が突然じわりと涙ぐんだかと
思うと…、
「…先輩、あたしのこと…嫌いなんですかぁ?」
 後輩の子はそう言って、鼻をすすった。
「だあーッ! そんなこと、ひとことも言ってないで
しょうが。嫌いだったら家に呼んだりしないって!」

「…ううっ、本当ですかぁ、先輩?」
 女の人はうるうると潤んだ瞳を向けて言った。
「ほ、本当だって」
 リツコさんは、何やら気持ち悪い微笑みを浮かべて
返した。
 女の人の目がきらきらと輝く。
「わ、わかってくれた?」
「う、嬉しいです、先輩!」
 そんなリツコさんと後輩のやり取りの前、俺と綾波
は点になった目をぱちぱちと瞬かせていた。

「マヤ。あなた、先にあたしの部屋に行っといて。つ
きあたりの奥から二番目がそうだから」
「はーい! エヘヘ、やった! ついに本邦初公開!
リツコ先輩の秘密のコードが見れるのね〜!」
「…やめてよ、その言い方」
 リツコさんは聞こえないくらいの声でボソッと呟い
た。
 後輩の子は軽い足どりでスキップしながら、廊下を
歩いて行った。
 ぽつんと残された俺たち三人の側を、冷たい北風が
ヒューと通り過ぎたような気がした。

 遠くの方で、後輩の子が部屋のドアを閉めるパタン
という音がした。
 一呼吸ほど置いて、
「シンジ〜っ!」
 懇願するような顔で、リツコさんが俺の腕にすがっ
てきた。
「あなたも一緒に部屋に来て〜」
 リツコさんは情けない顔をして言った。
「はあ? なんで女の子同士の間に僕が入るんですか
?」
「…あたし、あの子、苦手なのよ〜。ねぇ、お願い。
いつもの無気力ズラであの子に現実逃避みたいなこと
して、とっとと追い返しちゃってよ〜」

「馬鹿言わないで下さい! なんで僕がそんなことし
なきゃいけないんですか!? それに僕のどこが無気
力ズラなんです!」
「そのものじゃないの。ねぇ、レイ?」
「…さ、さぁ、命令があればそうは思うけど…」
 突然振られた綾波は、ぎこちなく苦笑した。
「何をそんなに嫌がってるんです。いい子じゃないで
すか。明るいし、素直そうだし、…まぁ、僕はちょっ
と苦手なタイプだけど、何よりリツコさんを慕ってる
みたいだし」
「そこなのよ〜ッ!」
 突然、リツコさんが情けない声を出した。

「あの子、わたしのこと気に入ってるみたいなの〜。
それが問題ないよ〜」
「いいじゃないですか。仲良くしてやればいいじゃな
いですか。あの子のこと嫌いなんですか?」
「…き、嫌いじゃないけど…」
「だったら、いいじゃないか」
「ちっともよくなあぁーーーーいッ!」
 リツコさんは、突然大きな声で叫ぶと、はっと我に返って、
またすぐ声を落とし、俺たちに近づいた。
 そして、ヒソヒソ声で…、

「…あの子、ズーレだって噂なのよ〜〜〜〜〜〜!」
 蒼い顔でそう言った。

「ずーれ…ってなに?」
 綾波がキョトンとした顔で訊いた。
「ズーレだよ、ズーレ。レズ。女の子が好きな女の子
のこと!」
 リツコさんがヒソヒソ声で言った。
「ええ〜ッ! あのお姉ちゃん、同性愛…モガッ!」
 驚いて大声をあげた綾波の口を、咄嗟にリツコさんが
押さえた。

 【終わり】(オチはありません(笑))


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