発行日: '99年 5月16日(日)
発行:守山リス研事務局
リスの橋から少し西へ下った所から、「九鬼山(クキサン)」方面の登山道を南に登る。右手側(西側)には、水が流れる沢があった。しばらくは落葉広葉樹の林とササが胸まで生えた細い山道を登る。沢を右に見て、山に向かった道の左側にはコナラ、クヌギ等が連続的に生え、道の右側の沢手前沿いにオニグルミが生え、沢の向こう側(西)にはスギが生えるというはっきりした3層構造になっていた。1本の木(名前不明だが落葉広葉樹)に4-5個のキツツキのほじり穴を観察した。ハナイカダという葉の真ん中に花が咲いている木も確認できた。
暫く登ると、一面薄暗くなるほどのスギ林に入った。一番太そうなスギで35.7cmφであった。この辺りで、リスの死体が発見されたが殆ど体が残っていなかったが歯でリスと判断された由。(多分テンにより襲われただろうとの事-後日これが証明されてしまった。)
九鬼山へ向かう登山道で
(左側の広葉樹の列)
九鬼山へ向かう登山道で
(キツツキによる穴ほり状況)
枯れたスギの、リスによる皮ハギが多数目撃できた。テレメトリ調査で、このスギ林に巣がある事は確かだが確認出来なかったとの説明が小松さんからあり、我々も巣を探したが確認できなかった。
このスギ林を抜けると、パーッと明るくなり落葉広葉樹とアカマツの混合林地帯になった。がすぐに、アカマツ林となった。この辺りで標高480mとの印があった。アカマツで太そうなもので、58.3cmφであった。更に登ると、アカマツの本数が急に増えて、尾根筋にマツが残っている様子が確認できた。アカマツの46.5cmφの一本にリスの巣が確認された。またその辺りには、少し古いが多数のマツの食痕であるエビフライが発見された。
アカマツの直径から50年から60年を経たと推定され、リスの橋付近の樹齢層より若干寿命が長いように思われたが、いづれにしろ30年から60年程の樹木が、この山地を覆っていることが推定された。
アカマツ群落で調査中の様子
(エビフライ調査と巣の確認)
しかし南の方から、白骨のようにたたずむ枯れマツが目についたのも事実で、マツノザイセンチュウによる松枯れならば、この尾根筋もコナラ、クヌギなどの落葉広葉樹に遅かれ早かれ遷移してゆく可能性が高いと思われた。それによりリスの営巣条件が変化する事が予測される。
この辺りでもスギの連なりの列とアカマツの列とコナラ、カエデの列の3構造に分かれている事が確認できた。
更に登ると巨大な岩(直径4m程)が出現し、この山全体がこういった岩山である証明をしていた。
尾根から見下ろすと、団地や進入道路が見え、この南の尾根が、まさに「人の手で開発できない場所で、リスのいわゆるゆりかごとしての場所である」とKさんが説明されていた事がよく分かった。これは、東谷山をゆりかごとして森林公園、小幡緑地にリスを誘導しようとする考え方に大変似ていると同時に、我々の考え方を支えてくれる実例と思われたことは、非常に教えられた。
緑の回廊は単純な、街路樹だけでは、不十分との印象をもった場所でもある。
尾根筋のマツ群落列
(左側は広葉樹群落列)
(続く)