・対中、国家戦略の必要性 −巨大な隣人にどう向き合うのか− (2005/1/16: 『Voice』 2005年4月号掲載

中国の経済発展は目覚しい。
反面それに伴い、バブル崩壊の危険、沿海部と内陸部の経済格差、エネルギー・食糧
・水不足、環境汚染、一党独裁体制の矛盾、人権問題、元切り上げの必要、知的所有
権の遵守、劣悪な労働条件の改善等々の様々な問題が指摘されている。
また、領土領海については、台湾独立問題、チベット等の辺境民族の独立問題、南沙
諸島等の周辺諸国との領有権問題等を抱える。

このように、中国は勃興しつつ、かつ脆さを孕みつつ、更に経済面、軍事面で周囲に
脅威を与えており、東アジアのみならず国際情勢の最も複雑な要素となっている。
我が国もこの国への対処の仕方を整理し、総合的な国家戦略を立てて臨む必要があ
る。
筆者の考えを以下に示す。
なお、実際は相互に重なる部分が多いが、便宜上、経済通商面、安全保障面、外交面
に分けた。

◆ 経済通商面
中国は魅力的な生産基地であり、巨大消費市場である。
ここへの進出に臆病過ぎるのは、企業に取っては戦いの放棄とも言える。
しかしながら、今後の元切り上げと賃金の上昇、中国のバブル崩壊の危険、WTO加
盟後であるも法治の未整備と人治による契約や課税面等の不確実性等を考えれば、私
企業においてはこれらのリスクを計算し、余程体力のある企業でなければ逃げ足の早
い投資に止めるのが適当だろう。

これ等はあくまでも個別の私企業の判断の問題であるが、一方でODAを使っての中
国への新幹線の売り込みの計画が、(1)日中友好の象徴とする、(2)日本企業の受注機
会増加、(3)新幹線の高速鉄道スタンダード化、等を理由に財界・政府主導で積極的
に進められている。
しかしながら、当のJR各社は中国側の運行保守体制や契約面でのリスクから揃って
否定的である。

実務を司る事になる当事者がそう見る以上、国際版の第三セクター問題のようになる
可能性が相当に高い。
従って、この件は商算ありと見る積極的企業・業界が身銭を切り自らのリスクだけで
行うべきプロジェクトでこそあれ、国民の税金を使って行うべきものではない。
新幹線に限らずこの種のプロジェクトでは、企業・業界益と国益は相互に関連はあれ
ども基本的にリスク負担の面では峻別されるべきである。

次に「東アジア共同体」構想についてであるが、中国がASEAN諸国との2国間F
TA(自由貿易協定)で先行している以上、我が国は東アジア共同体構想を積極的に
推進する事によって域内関税撤廃でのメリット享受を目指すべきである。
しかしその際、原則農産物も自由化するも食糧安保を確保するための仕組み作り、社
会的コストを考慮した労働者受容れの高度技能労働者への限定と出入国管理の強化、
中国の影響力の過大を防ぐためインド・台湾・香港・オーストラリア等への加盟国拡
大と米国を関与させるべき事等には留意すべきであろう。
総じて「東アジア共同体」は、中国の影響力増大の道具とさせる事無く、牽制の道具
とし、中国封じ込めと言っては言葉が過ぎるが、中国囲い込みを図るべきである。

◆安全保障面
領海侵犯等については、これを防ぐ艦船等の充実、排除手順の整備等を伴い厳しく対
処するべきなのは言うまでもない。
しかしながら、05年度予算での政府・財務省の装備削減方針はこれに逆行してお
り、政治主導での修正がなされるべきである。

また、中国の核ミサイルの照準が日本を向いており、日本がNPT(核不拡散条約)
  により核を持たない選択をしている以上、ミサイル防衛(MD)を充実させる事
は喫緊の課題であり、その予算7000億円〜1兆円は惜しむべきではない。
これは、当然ながら第一には北朝鮮の暴発に対する抑止力となる。

次に、前述した「東アジア共同体」構想においては、どこまで有効なものとなるかは
別として、地域紛争の緩和、テロ対策、核兵器配備の縮小、昨年末のような津波被害
への対処、その他突発的事態の防止のためにも、信頼醸成と安全保障の枠組作りにも
取り組むべきである。

東アジア地域の安全保障については、現在米国のプレゼンスは欠かせないが、米国が
負担軽減のためそれを弱める傾向がある以上、各国との話し合いの下、その空白を埋
めるため日本がプレゼンスを高めて行くべきだろう。
そうしなければ、中国の軍拡傾向等を伴いこの地域のパワーバランスが崩れ不安定地
域となる恐れが大きい。

◆ 外交面
次に外交面であるが、首相の靖国参拝問題が日中間の最大の懸案となってしまってい
る。小泉首相が就任後最初の参拝を8月13日に行った足して2で割ったような対応
が、問題をより拗らせてしまった。
最初の参拝を正面突破で8月15日に行い、同時に内外に向け諸戦争と植民地支配等
について、村山談話のような単なる表面的な反省に止めず、その功罪を近代世界史の
大きな鳥瞰図の中に位置付け総括された歴史観を表明するべきだったが、今となって
は手遅れであり、また元々小泉首相にそれを求めても無いものねだりであった。

今後の参拝については元より内政干渉されるべき問題ではないが、A級戦犯合祀の下
での参拝が外交問題化し戦前の全肯定と受け止められ兼ねない以上、中国を含めた諸
外国への前述の歴史観を基にした説明が欠かせない。
筆者は、本来はその説明内容こそが重要であり、実際に参拝するかどうかは、それを
行った上で諸般の事を勘案して判断されるべき問題と考える。

また、対中ODA廃止削減問題については、有人宇宙飛行実験をするまでの国に対し
ては当然廃止して行くべきである。
しかし、実質的に戦後の準賠償という意味もあった事を考えると、急激な削減廃止は
中国のナショナリズムに火を付け、一旦放棄した戦後賠償問題をまた持ち出してくる
恐れも十分にあり、特に今年は第二次大戦後60年に当たり慎重な対応が必要であ
る。

ODAの環境対策事業等への特化 → その基準の強化及びそれとバランスを取った
ODA額の削減 → ODAの廃止のプロセスを、何年掛かりで行うかを含め日中間
で粘り強く詰めて行く必要がある。

台湾の独立問題については、中曽根元首相が唱えている様に、10年間の台湾独立宣
言の封印と中国による台湾不可侵で合意を結び、良い意味での先送り戦略をとるのが
当事国および周辺諸国の利益に最も適う。

◆ 中東情勢と米国の動向
中国が今後どう行動するかは、当然ながら米国が東アジアにどう関わってくるかに大
きく左右される。

米国がイラク戦争を始めた動機は、表の開戦理由はともかく、石油利権等の確保・石
油ドル決済体制維持、中東の覇権確立等の恣意的な要素と、多分に後付け的な部分も
あるが中東民主化の理念の双方がない混ぜになったものである。それ故、この戦争の
歴史的功罪と帰趨が未だ定まらない。従って今後の中東情勢は米国の行動次第であ
る。
この可能性をデフォルメして大別すると、(1)米国が石油利権等の独占を捨て虚心に
イラクの安定、中東全体の緩やかな民主化、パレスチナ問題の調停に尽力し現地の民
心と国際協力を得て中東を安定させる。(2)逆に石油利権等の独占を捨てず、進んで
は「中東強制民主化」を口実に例えばイラン・シリア・サウジアラビアに対し小型核
を使った先制攻撃をする覇道に行き更なる泥沼へ突き進む。の2つに分けられる。 
しかし、現実には、米国はイラク戦争に2000億ドル以上の戦費と1000名以上
の戦死者を費やしており今更石油利権の独占等は捨てられず、さりとて国際協力も欲
しいが故に上記の中間的な中途半端な政策をとる事により、イラクでの消耗戦から長
く抜け出せない状態が続く可能性が最も高いだろう。

その前提に立てば、米国は中東へ釘付けとなり、石油の出ない東アジアへの本格的な
関与は後回しとなり薄くなる。
そのため米国の代理人として、安全保障面等で我が国に様々な要求をしてくるだろ
う。これについては、我が国は主体性を持ち是々非々で対処すべきである。

また、中国と本格的に事を構えられない以上、北朝鮮処理、台湾問題では中国と話を
付けソフトランディングを狙うか少なくとも現状維持を図るだろう。

しかしながら、米国が中国の勃興を警戒している事も事実であり、もし中東情勢で比
較的余裕が出る状態が実現できれば、東アジアへの関与を高めてくる事が考えられ
る。中東情勢と東アジア情勢はこのように米国によってリンクしている。

◆対ロシア戦略
次に、地政学的視点から考えれば、表だって言う必要はないが一国の安全保障にとっ
ては遠交近攻の策を取るのが古来から現在に到る鉄則である。
このため、日本はインド等との関係を強化するとともに、中国とロシアの最近の緊密
さには警戒すべきである。

ここ暫くは中国を実質的な仮想敵国とせざるを得ない以上、ロシアとの関係良好化は
不可欠である。
両国が抱える北方領土問題は、分解して考えてみると歯舞色丹2島についてはクリル
諸島(千島列島)の定義の問題であり、国後択捉の残り2島についてはサンフランシ
スコ講和自体の是非の問題である。
1855年の日露通好条約等で日本の領土と確定された国後択捉についての放棄まで
謳ったサンフランシスコ講和条約は、元々理に適わないものであり何れ修正されるべ
きものではあるが、これに基づく国後択捉2島の返還は残念ながら時間が掛かる問題
である。また、歯舞色丹2島先行返還を取ると2つの問題が切り離されてしまう可能
性が高い。
このため、中国の帰趨を見極めるまでは、非常に不本意ではあるが先述の中曽根台湾
方式のように実質的に北方領土問題を凍結した上で、正式な日ロ平和条約を結ばない
範囲で関係良好化を図るのが適当であろう。

◆今後の展望
先述したように、米国が中東に釘付けになっているために、東アジアでは米中直接対
決は暫くは起きないだろう。
しかし、その間に中国が軍事的経済的に増長し、何れ米国が本格的に東アジアに関与
し始めた時はその危険が高まる。

日米は自由経済と民主主義という価値を共有し、基本的に東アジアでは利害が一致す
るが、庭先の東アジアで実際にドンパチする場合には、我が国と太平洋の向こうにい
る米国は利害が大きく異なる。

そのために、我が国としては先ず中国の増長を抑える事、米国を牽制し米中対決また
は代理戦争としての日中対決を起こさせない事、中国を経済・内政・外交面で極度に
不安定にし暴発させない事が必要である。

中国の将来像については、漸進的な民主化、必要なら緩やかな連邦性への移行を伴い
ソフトランディングさせる事をグランドデザインとすべきである。
かつて、勝海舟は日清戦争後の中国の国策を指導した事がある。李鴻章は、日本に勝
を訪ね中国の近代化について教えを乞うた。
今、我が国に必要なのは、現実を見据え国益を確保すると共に、大義を掲げ中国を含
めた今後の激動する東アジアを方向付け、新秩序を構築して行く理念と気概である。

 

                       以上

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