−提 言−

 ・新外交国家戦略試論 (2002/8/18)

東西冷戦が終わり10年余りが経ち、世界の各国はこの新たな状況の中で勝ち抜き
生残るべく経済、外交、軍事に独自の戦略を立てその実行を開始している。
戦略無き日本と言われて久しいお人好しの我々から見ると、各国のそれは時に狡猾
とも映る。
世界は、冷戦の終わりと共に半世紀前の列強によった弱肉強食の時代に戻った。
ただ違うのは、優勝劣敗を決する主な要素が軍事から外交、経済へ移り、血が流れ
る事が少なくなった事であり、本質的には変わるものではない。
日本も新世紀を生残るためには、国家戦略を立てこの戦いを勝ち抜かなければなら
ない。それは、日本が新しい世界秩序の創造に主体的に関わるための基盤ともなる。
戦略とは、実行への決然とした意志を伴なう勝つための差別化された包括的シナリ
オ、概略作戦書であると言える。
この観点から、以下に外交を中心とした国家戦略についての筆者の考えを述べる。

◆基本理念、基本戦略
冷戦を勝ち抜いた米国は、翳りが見えてきたとは言え金融、IT産業により経済で
も1人勝ちをした。
その勢いに乗じた経済、軍事等での独断専行的な行動に対して、9.11の米国同
時多発テロに代表されるように、イスラム勢力等の怨嗟の標的となっている。
また、EU諸国からもその行き過ぎを指摘され始めている。
しかしながら基本的には、日本はEU諸国と共に自由経済、民主主義という価値を
アメリカと共有している。
また、米国は少なくとも今世紀初頭の10年間は唯一の超大国として覇権を握り続
け、そのパワーを中心に世界秩序が構成されている事だろう。
この状況を踏まえ、ここ暫く日本の取るべき態度は、現在の対米盲従を捨てた上で
の「戦略的親米」であろう。
主にEU諸国、ASEAN諸国等と結び、米国の倣岸さを諌め具体的手段によって
掣肘しつつ、自由経済、民主主義を共にする諸国として米国との結束を固める。
欧米に対抗した「イスラムの主張」「アジアの主張」はそれぞれにあり得るが、自
由経済と民主主義のように明確に理論化普遍化されたものではない。
また、日本の世論の中で大きくなりつつある国益と世界秩序の姿を具体的に示せな
い情緒的で単純な反米は、人情として理解は出来ても戦略ではない。
なお、米国の独断専行を牽制するためにも国連改革、機能強化を図り、日本はイン
ド等と共に安保理の常任理事国入りを目指すべきである。
国連の集団安全保障活動に、主体的に参加可能にするためにも第9条を含む憲法改
正を十分な議論の下、迅速に実現すべきである。
また、日本は世界秩序の変動に備え主体的役割を演じるために、例えば「地球規模
の発展と調和の同時実現」というような大構えの錦の御旗を今から理念として掲げ
世界に向け発信すべきであろう。これが「現実的な理想主義」として説得力を持つ
ためには、軍事力を含めた一定のパワーが必要となるだろう。

◆対中国、北朝鮮
米国の行過ぎた挑発を牽制しつつも日米同盟の紐帯をより強く保ち、ASEAN諸
国初めインド、ロシアを含む周辺諸国との協力関係を組織的に組上げ、中国の軍事
的冒険主義、拡張主義、北朝鮮の突発行動を未然に防ぎ、爆弾の信管を抜く様に徐
々に自由経済と民主主義体制の中に組み入れて行くべきである。
その中で日本が主体的に責任ある役割を果すべきなのは、言うまでもない。

◆経済産業戦略
製造業については、生産拠点の海外移転は避けられない。国内本社の機能としては、
研究開発、生産・業務・経営ノウハウの蓄積・システム化、経営管理に特化し戦略
本部化する必要が出てくる。
「アジアの生産工場」にして大消費市場の中国については、法治と民主化の進展、
対外政策、地域間の安定、水資源、食糧問題等々を睨みながらも積極的に進出して
行かないと国際競争に負けてしまうだろう。
だが、どっぷり深入りするので無く、ある程度逃げ足を確保しておく必要がある。
例えば、中国大陸に日本の新幹線導入をする話もあるが、譬えて言えば満鉄の二の
舞の様にならないような慎重さが必要だろう。

なお国内政策としては、国家としての重点育成分野の選別と明示および事業規模、
採算ベースの面で、民間セクターが手を出せない高度に先端的な研究開発、インフ
ラ整備の部分への先行投資としての国家予算を大胆な支出が必要である。
また自由貿易協定等を推し進め、貿易立国の戦略をより明確に打ち出すべきである。
農業については、食糧安保等の観点から国家戦略の一部として位置付け、進んでは
国際社会で一定の範囲での「食糧自給権」を確立すべく日本は働きかけるべきであ
る。それと共に、食糧安保に関係の薄い作物については、長期的には基本的に自由
貿易の原則に従うべきである。

経済政策全体としては、まず一定範囲のナショナル・ミニマムを伴った、規律ある
自立社会の建設をビジョンとして掲げるべきである。
その上に立ち、地方分権社会の確立、消費税の福祉目的税化、規制緩和の包括的実
現、公共投資の効率化、デフレ対策としての短期的な財政支出等により、デフレス
パイラルに陥らせる事無く数年の内にGDPの安定的3%以上成長の実現を図る必
要がある。
合わせ、抜本的な少子化対策および移民政策の具体的組み立てを行う必要があろう。

◆アジア戦略
中国、北朝鮮への牽制強化、また米国等へ日本の発言力を増すために、ASEAN
地域フォーラム、APEC(アジア太平洋経済協力会議)、AFTA(ASEAN自
由貿易圏)等の多様な話し合いの枠組を強化すべきである。
これらには、それぞれに中国、北朝鮮、米国が加入、参加しているものもあり警戒
感を与えずに日本の安全保障を高める事が出来る。
アジア諸国には、中国への警戒感と米国への反米感情がほぼ共通して存在する。
一方日本に対しては、各国によって違うがアジアでいち早く技術立国化に成功した
日本に対する憧憬や期待と、第2次大戦での流血や服従に対する反日感情の両方が
内在する。
従来政府が取ってきた単なるアジアへの反省、謝罪を超えた、近代以降の日本を含
む列強の植民地主義を歴史的に総括するとともに、アジア地域の発展と調和を織り
込んだ未来指向の方策を打ち出す事により、アジア諸国を味方に付ける事は可能で
ある。
これらを通じて、将来像として日本がアジアの代弁者として米国や中国と切り結ぶ
形のリーダーとなる事を目指すべきである。
また、日本に対する憧憬や期待は、石油産出国を含むイスラム、アラブ諸国にも見
られる。
米国や中国を警戒させずに、これらの国々の信頼を勝ち得て行く事は、国益に適う
のみならず、将来の可能性としての米国の衰退や中国の増長のような世界秩序の変
動を安定させる役割を担うだろう。

◆北方領土
北方領土問題解決には長期的な戦略が必要である。
4島一括返還、4島返還に含みを持たせての2島先行返還等戦略のバリエーション
は様々考えられるが、現状ではどれも行き詰まりである。
そもそも北方領土問題を分解して考えると、歯舞、色丹の二島は、主にクリル諸島
の定義の問題であり、完全に日本の主張に正統性があり返還を実現させる事は比較
的容易である。
(1855年の日露通好条約および1875年の樺太・千島交換条約の条文の解釈
に基き、歯舞色丹は北海道の一部であるが、国後択捉はクリル諸島に含まれること
が終戦時の国際的な合意である。)
一方、国後、択捉は主にサンフランシスコ講和の内容自体の是非の問題に還元され
る。
2島返還に甘んじることなく、4島返還を実現する事は、理論上はサンフランシス
コ講和条約の内容を一部覆す事を意味する。
このため、2つの基本戦略が考えられる。
@正攻法で、侵略戦争を禁止した1928年のケロッグ=ブリアン条約(パリ不戦
条約)前はおろか1855年の日露通好条約で日本の領土と確定された北方4島を
放棄するサンフランシスコ講和の内容自体の不当性を国際社会に訴えて行く。
サンフランシスコ講和の骨格部分でなく、不適当な一部についての「見直し」であ
る事を米国等連合国側を初め国際世論に納得させるには、様々な仕掛けが必要とな
ろう。
Aロシアの経済的利益を提示して、実質的に国後択捉2島の買取を図る。
このためには、ロシア国民の民意を味方に付け、プーチンの国内的立場も損ねない
綱渡りのようなアプローチが必要となる。
さらに、ロシアの安全保障上の懸念も考慮する必要がある。
ロシアと米国の接近は、この件に関しては有利に働く。
国際情勢、国際世論の変化の兆しを視野に入れつつ、この2つを組み合わせて行い
即ち「理」と「利」の2正面作戦によって、@を進めながらそれを梃子にAで落と
す等、機会を逃さない長期のかつフットワークの軽い戦略が必要である。

◆パレスチナ和平
パレスチナ問題の根本的な原因として、イスラエル側が国連決議に反しヨルダン川
西岸やガザ地区を占領し入植を続けている事がある。
一方、パレスチナ側の問題としては、テロが占領に対する弱者の抵抗という面があ
る反面、過激派が主導権を握り自分達の地位や生活を守るためオスロ合意に基いた
平和が安易に訪れないようにテロを続けるという側面は否定できない。
さらにその背景には、占領による貧困と機会の不平等があるという堂堂巡りの状況
がある。
問題解決のためには、イスラエルの占領終了とパレスチナ側の実効あるテロ取締り
開始の同時進行が必要だろう。
そのためには、先ず支援を続けてきた米国がパレスチナ自治区からのイスラエル軍
即時撤退を現在支出している多額の援助の停止をちらつかせて迫る必要がある。
それに引き続き、撤退を担保するためと治安維持のためにアメリカは多国籍軍派遣
の安保理決議で拒否権を行使しない必要があるだろう。
ブッシュ政権と米国民に向け、日本を含む国際世論がこれらを要求し圧力をかけ続
ける必要がある。

◆対イラク攻撃への対応シナリオ
ブッシュ政権は、中東の石油支配と湾岸戦争後失敗したフセイン排除実現による威
信回復等のために今秋以降にイラク攻撃を実行しようとしている。
アメリカの行き過ぎが懸念される一方、大量破壊兵器を保有、行使する可能性の有
るイラクは世界秩序への脅威で有る事も事実である。
まず、イラクの国連査察受け入れおよび、米国の国連決議等の手順を踏んだ慎重な
対応を取らせるべく、日本は主にEU諸国と結んで両国に粘り強く働きかけるべき
である。
仮にイラクが査察受けを入れせず、経済制裁等も効果が無く国連で多国籍軍による
イラク攻撃が決議された場合には、法的整備等を前提に後方支援等の軍事協力も視
野に入れるべきである。
実際に日本が軍事協力を行うかは、世界秩序維持と国益を勘案し主体的に左右を決
めるべきである。
なお、十分な国連手続が取られない上でのアメリカ単独攻撃は、集団安全保障活動
では無いので、日本は協力すべきではない。また、仮に多国籍軍へ軍事協力をした
場合には、事態の推移に対し主体的に対応し停戦の過程及び戦後処理で「調停者」
たる資格を維持して置くべきである。

 

                       以上

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