・鬩ぎ合うイラク情勢と世界へ拡大するテロへの対峙 (2004/4/5: 『実業界』 2004年6月号掲載

◆この1年◆
イラク戦争から1年余りが経った。
イラクの治安は安定せず、3月11日に起こったスペイン・マドリードの列車同時
爆破テロのように、今後もイスラム過激派によると見られるテロが日本を含む世界
中へ広がる事が懸念される。

やはりアメリカが単独行動で戦争を始めたツケは大きかったようだ。
アメリカが開戦理由としていたイラクの大量破壊兵器は現時点で発見されておらず、
今後の発見の可能性はゼロではないが、いずれにせよIAEAが当初から主張して
いた通り周辺諸国等に差し迫った脅威を与えるものではなかった事は明らかとなっ
た。
これが、テロリストに卑劣なテロの口実を与える最大の要因となっている。

イラク戦争が独裁者フセインの排除をもたらした事自体は、イラク国民の多くが評
価しており、民主化という歴史の大きな流れに沿う事として概ね国際世論も肯定的
ではある。

◆油まみれの戦争◆
だが、それを踏まえつつも、ブッシュ政権の元高官の内部告発も手伝い、イラク戦
争が油まみれ、嘘まみれの戦争であったとの認識がイラク戦争の協力国およびアメ
リカ国民の中にも急速に広がりつつある。

ブッシュ政権の強引なイラク戦争開戦は、日本の歴史に照らして見れば徳川家康に
よる大阪夏の陣・冬の陣を思い出させる。
家康は、慶長19年(1614)、梵鐘の銘文「国家安康・君臣豊楽」に「この文
に呪詛の言葉あり」と言い掛かりを付け、その後大阪夏の陣・冬の陣を引き起こし
豊臣を滅亡させた。

イラク戦争は油まみれ、嘘まみれの戦争だったが、このように東西の歴史を振り返
れば似たような事例はいくらでもある。
だが、家康は、曲がりなりにもその後3百年の平安と繁栄の世を築いた。

何が正義かは、歴史的なイベントに措いては、切っ掛けや場合によっては動機にす
ら関わらず、そのもたらすトータルな結果次第で後付けで決まる人智を超えた性質
を持つ。
19世紀の哲学者ヘーゲルは、これに一定の方向性を見出し、世界史は登場人物達
を本人の意志に関わらず操り人形のように使い世界の自由の実現化に向けて進展し
て行くものと捉え、それを「理性の狡知」と呼んだ。

◆鬩ぎ合う「大義」◆
今、イラクではテロの標的が占領軍等から、狙い易い民間外国人やイラク国民自身
にも広がっている。
テロは、占領に対するレジスタンスの側面という「大義」を失い、単なる無差別殺
戮という色彩も帯びつつある。
アメリカの「大義」とテロリストの「大義」が鬩ぎ合う。

アメリカは、イラクの治安維持の難しさとスペイン等のテロの影響で、6月のイラ
クへの主権移譲に国連に大きく協力を求めるようになり、単独行動主義、傀儡政権
の樹立の野心は少なくとも従来よりは控えつつあるようにも見える。

だが、国際協調といっても、たとえ指揮権を他国籍軍に移譲した場合でも引き続き
米英軍が治安維持の主体となる他無く、一旦「汚れた手」でイラクを安定させられ
るかには大きな懸念が残る。

また、大量破壊兵器の「保有疑惑国」に対する先制攻撃を、米欧の有識者との共同
作業の中でルール化し条件付ける指針づくりをすべくキッシンジャー元国務長官や
サマーズ元財務長官が活動しているが、その尽力を多とするも、そもそもそんな手
品みたいな指針が成り立つのか、成り立つとして結局アメリカに先制攻撃のフリー
ハンドを与えるだけのものにならないか不透明である。

アメリカのかなり踏み込んだ譲歩により、何とか無事にイラクに主権が移譲され、
その後スペインのアスナール首相の後に続き「汚れた手」のブレア、小泉、ブッシ
ュ各政権が倒れ、イラク戦争に1つのケジメが着くなら少しは話しが分かり易くな
るのだが。

◆変動の時代◆
それはともかく、アメリカが「改心」して国際協調、国連の枠内に復帰し、パレス
チナ問題もアメリカのイスラエルへの働きかけにより解決に向かい中東全体が緩や
かに民主化されるとすれば、イラク戦争の犠牲者も全くの無駄死にとはならないだ
ろう。

しかし、歴史の意図は、ヘーゲルの言う絶対精神は、そんな甘いシナリオは論外と
しても、全く逆に現世界秩序の全面的な解体と組み替え、尋常ではない大規模なガ
ラガラポンを望んでいるのかもしれない。

だが、神ならぬ生身の我々人類は、たとえ歴史の進歩に大きな変動が必要としても、
その中で流れる血が最小になるような現実的シナリオを描きかつ進ませるべく、今
後あらゆる人為的努力を欠いてはならないだろう。

 

                       以上

http://www.asahi-net.or.jp/~EW7K-STU/#提言

http://www.asahi-net.or.jp/~EW7K-STU/