−提 言−

・政治家小沢一郎の限界と展望 (2003/12/21)

◆この十年の日本◆
小沢一郎が再び政局の中心に座った。
自由党を解党して合併した民主党は、11月の衆院選で不十分ながらも取り敢えず
大きく議席を伸ばし、来夏の参院選での大勝を狙い政権取りに楔を打ち込んだ。
小沢は、民主党代表代行と共に筆頭格として副代表にも就任し、党内各グループの
リーダー等からなる副代表会議を主宰する事となった。

思えば、小沢が自民党を割って出た後、この十年の日本の政治は鳥瞰的に見れば、
その具体的度合いはともかく方向性としては結果的に小沢の考える姿に紆余曲折し
ながら収斂して来た過程だったと言える。

小選挙区制、副大臣制、有事法制等の一応の導入実現、二大政党制が視野に入って
きた事、未だ実現していないが消費税の福祉目的税化、地方分権、規制緩和、官僚
支配から政治主導、集団的自衛権等についての与野党からの提唱は、小沢が著書「日
本改造計画」に記した姿からはかなり変形しつつも、大きな方向性としては一致し
ている。

例えばこの中の消費税の福祉目的税化は、小沢が細川政権で「国民福祉税構想」と
して打ち出し、説明不足もあってマスコミの一斉射撃により天下の悪政とされ葬り
去られたものだが、あれから十年を経て社会保障財源としては消費税をメインに据
える以外に無いと大新聞等からも唱えられ始め、自民党総裁選等で与党の一部から
は小沢の考えとほぼ同じ内容の消費税の福祉目的税化が政策として掲げられている。

◆日本のイギリス化か◆
日本では各論は様々在れども、残念ながら戦後辛うじて田中角栄を除き小沢以外に
曲がりなりにも完結した具体的な日本の設計図、体系的な全体像を示した勢力は無
い。
他にシナリオが無い以上、日本の政治は全く方向性無く進むので無ければ、善くも
悪くも唯一のシナリオに向かって進む以外に無い。
それは、これまでの十年間がそうだったし、今後の十年間もそうだろう。

小沢の目指す日本の設計図、社会のビジョンとは、一言でいえば日本のイギリス化
である。
本人の公式の発言では、行政制度、経済、福祉、防衛等で西ヨーロッパ先進諸国型
のいわゆる普通の国を目指しているというが、その中でも二大政党制による議院内
閣制、基本的には親米路線を取る事を想定している所は、イギリス化と言うのが一
番しっくりする。
国連至上主義とも揶揄される小沢の強力な国連中心主義の主張は、一見親米路線と
矛盾する様だが、一方で小沢がアメリカを批判する時は、常に間合いを計り精巧な
ロジックを組み立てた上で慎重に発言している。

冷戦後一人勝ちして全能感に支配されるアメリカの過度の暴走を押さえ、首輪を嵌
めたリヴァイアサンとして国際秩序維持の実力行使の中心役をさせる。
それと共に、多面に渡る国益のためには、これとスクラムを組む以外に日本の選択
肢は無いという醒めた見定めが小沢の中にある。
小沢の唱える外交政策は、理想家としての「国連中心主義」の一方、リアリストと
しての言わば「戦略的親米」路線の融合の中から紡ぎ出されるものである。

二大政党制については、筆者はこれが果して日本に本当に合うのかは分からない。
しかし、少なくとも思考停止状態に陥っている現在の日本を動かして行くのには必
要なツールと言えると考える。

◆日本人社会とのずれ◆
小沢からは側近を始め常に人が離れて行くと、言われて久しい。
細川政権がもっと丁寧に運営されていたら、今ごろ日本は大きく変っていただろう
とも言われる。
また、自自公政権からの離脱をちらつかせ、小渕恵三に自民党を解体して新党を結
成する事を迫った強引さは記憶に新しい。

小沢から人が離れる理由の一つとしてよく挙げられるものに、小沢には人間的に欠
落した部分があると言うのがある。
実際に深く接して見なければ、その評価の是非は軽軽には言えないが、少なくとも
日本人としての感覚とずれる部分があるとまでは言えそうである。

これをより正確に言えば、小沢が数々の局面で分裂を巻き起こしてきた根本原因は、
リーダーシップの考え方の違いにあると言えるだろう。
小沢は、一旦リーダーとして選んだ以上、その期間は全権委任をしなければリーダ
ーシップを発揮しようが無いではないかと主張する。
また、執行部権限や多数決による決定を絶対的なものだと考える。
しかし、ここはイギリスでなく、日本である。
小沢には当然に映る事も、政界を含む日本人社会にはそう見えない。
その逆も然り。

小沢から離れた人たちは、ほぼ一致してこれを強引で独裁的手法であると批判する。
善し悪しはともかく、縄文から数えて1万年、弥生から数えても数千年間、全員一
致で波風を立てないコンセンサス社会である日本の風土と、小沢の考えは180度
食い違う。

以前の小沢からは、その感覚のずれに対し「なぜ理解されないのか」と言う激しい
憤りのようなものが感じられた。
だが、自自公連立を離脱し小政党の自由党を率い、一部からは廃残王子とも蔑まれ
るようになってから徐々に、変化が見られるようになった。
記者会見等も以前と較べれば丁寧になり、傲慢との批判を払拭しようという様子が
窺がえ、苦労して丸くなったとも言われるようになった。
筆者には、小沢が逆境の中で、日本人社会とのずれを意識化した上で戦術に組み込
む事を可能にする一種の諦観を得たように映る。

◆限界と展望◆
現在、小沢は民主党代表菅直人を首相候補として戴き、比較的フリーな立場でのナ
ンバーツーという絶好のポジションで実質的な天下を窺がう。
先頃は、旧社会党グループのリーダー横路孝弘と安全保障と国際貢献の基本路線を
確認し、党内亀裂の芽と党外からの政策不一致の批判に対し事前に手を打った。
民主党内は若手を中心に、選挙戦術の強さもあって、明らかに小沢に靡いている。
「小泉構造改革」に翻弄されフラフラしていた肝腎の政策面でも、曖昧さを残しな
がらも小沢の合流で背骨が入り目鼻が付いて来た。
先述した副代表会議は、実質的な意志決定機関になると予想される。

しかし、現在、小沢とその幹部との間に少なくとも表面上は大きな齟齬は感じられ
ないが、民主党執行部の中には一年足らず前、非公式ながら「小沢と組む位なら小
泉と組む」と断言した幹部もいる。

今後、参院選後または、突発事態発生に応じて勝負を掛け動く時には、再び強引、
独善、壊し屋、裏からの二重支配等々との批判が上がる可能性はやはり大きいだろ
う。

トップダウンと構成員の同意を常に得る「民主的手法」、更に民主的手法の中でも
多数決により左右を決める手法と全員一致の手法は本来矛盾対立する。

党内意思決定システム、党首・執行部権限、執行部を牽制解任する機能等の定めは、
当然ながら公党である民主党の中にもあるが、特に書かれていない部分の運用手続
整備や、例えば重要事項は事前に全議員多数決や執行部一任の一札を取る等々の木
目細かい対応も必要な場面もあろう。

当面小沢としては、(1)参院選で大勝し、その勢いでの政界再編に掛ける、(2)
経済クラッシュやイラク問題等での突発事態発生に応じて、自民党の反主流派や公
明党の離反を仕掛ける、の2つの戦略で臨む。

筆者は、先月ある席で自民党の派閥領袖の一人から「小沢さんは権力だけ。彼が唱
える理念や政策はそのための建前、手段に過ぎない。」と小沢に対する否定的なコ
メントを直接聞いた。
ここでは、その当否は置く。
また、領袖として参院選を控える立場を忖度すれば、真意は別にあるかもしれない。
そして、その反主流派の領袖は、「でも、権力のためにそう言う事を、シラッとし
た顔で言える所は凄い。結局こういう人が世の中を牛耳って行くのかもしれない。
おれには、とてもじゃないが真似できない。」と続け、小沢との連携可能性を微妙
なニュアンスで示唆した。

ともあれ、今後問題の山積する国際情勢、国内情勢がより昏迷し風雲急を告げる程、
小沢の主張と存在が世間から受け入れられ実質的な天下を握る可能性が高まり、そ
の逆なら天下から遠ざかるだろう。
日本の運命が、小沢を軸に回り始めた。

(敬称略)

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・政治家小沢一郎の限界と展望 (2003/12/31: 短縮版: 『週間金曜日』 2004/1/23 492号掲載

小沢一郎が再び政局の中心に座った。
自由党を解党して合併した民主党は、先の衆院選で不十分ながら大きく議席を伸ば
し、政権取りに楔を打ち込んだ。

思えば、小沢が自民党を割った後、この十年の日本の政治は鳥瞰的に見れば、結果
的に小沢の考える方向に近付いて来た過程だったと言える。

小選挙区制、副大臣制、有事法制等の一応の導入実現、二大政党制が視野に入って
来た事、未実現ながら消費税の福祉目的税化、地方分権、憲法改正等についての与
野党からの提唱は、小沢が著書「日本改造計画」に記した姿からはかなり変形しつ
つも、大きな方向性としては一致している。

小沢からは常に人が離れて行くと、言われて久しい。
理由として、小沢には人間的に欠落した部分があるとも言われるが、少なくとも日
本人の感覚とずれる部分はある。

小沢は、一旦リーダーとして選んだ以上、その期間は全権委任しなければリーダー
シップを発揮しようが無いと主張する。
また、執行部権限や多数決による決定を絶対的なものだと考える。
しかし、ここはイギリスでなく日本である。
小沢には当然に映る事も、政界を含む日本人社会にはそう見えない。
その逆も然り。

以前の小沢からは、その感覚のずれに対し「なぜ理解されないのか」と言う激しい
憤りが感じられた。
だが筆者には、小沢が小政党を率いる逆境の中で、ずれを意識化した上で戦術に組
み込む一種の諦観を得たように映る。

現在、小沢は菅直人を首相候補として戴き、比較的フリーなナンバーツーという絶
好のポジションで実質的な天下を窺がう。
当面、@参院選大勝と続く政界再編、A経済やイラク問題等での突発事態に応じて、
自民反主流派や公明党の離反を仕掛ける、の2つの戦略で臨む。

今後国際情勢、国内情勢が風雲急を告げる程、小沢が世間から受け入れられ実質的
な天下に近付き、その逆なら天下から遠ざかるだろう。
筆者には、日本の運命が小沢を軸に回り始めたように映る。
(敬称略)

 

                       以上

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