−提 言−

・拉致問題「家族の気持ちは分かる。」の欺瞞 (2002/10/5: 『週刊 東洋経済』 2002/10/19号掲載

今、拉致問題でマスコミ、言論人によく使われるフレーズで、「被害者家族の気持
ちは分る。」と言うのがある。
それに続き、「国交正常化交渉は、それを考慮して慎重に進めてもらいたい。」
と言うのが大方の論調となっている。

もちろん、家族の気持ちへの配慮も慎重さも非常に大切な事だが、拉致問題につい
てのより本質的な点は、拉致事件によって日本国民の生命、安全、人権が損なわれ
たと言う事であり、この全容解明、現状回復、責任者の処罰、賠償が完全に行われ
なければならないと言う事なのである。

国民の生命、安全、人権を守り、万が一これが侵された場合には、全力を上げてそ
れの回復を図る。
これが、国家の第一の存在意義であり、それが果せないのならそもそも国家が存在
する意味がない。
この意識がマスコミ、言論人を含め、国民の間に現在甚だ希薄である。

日本人は、先の敗戦と同時に無理な軍国主義の放棄だけに止まらず、主体的に国家
たる事までも放棄してしまった。
そのため、市民革命を経た西欧と異なり上からの強制による面が強かったにせよ、
一応存在した「国益意識」や「公の概念」はその宿り木を失い、自らも流出蒸発し
た。
先の瀋陽領事館事件をみても、「国家主権」と言うものは、その感覚すら日本から
消え去って久しい。

さて、小泉首相は、いかなる理由からか10月中の国交正常化交渉再開に頑なにこ
だわっている。
首相は「国交回復交渉の中で、拉致問題の解決を図る。」と言うが、これは交渉の
戦略上、拉致問題の解決が実質的に日本側の経済協力の金額確定等との取引材料と
なってしまう危険ばかりでなく、国家本来の役割を考えれば本末転倒なのである。

やはり小泉首相は、被害者の生死についての客観的証拠に基いた合理的説明、生存
者の全員帰国をはじめとした拉致問題の完全解決までは、国交正常化交渉に入るべ
きではない。
不幸中の幸いで、現在の国際情勢はそれを強く主張できる立場を日本に許す。

小泉首相ばかりでなく、国民の主権意識と人権感覚が試されている。

 

                       以上

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