・近未来フィクション ■「石原バーチャル新党」旗揚げと政局 ■ (2003/5/24)

■タイタニック

2003年晩夏、予てから経営危機が噂されていたメガバンクA銀行に対し5月の
りそな銀行の時と同様に公的資金注入が決まった。

暫く前から平均株価は7000円台の前半で推移し6000円台を窺う状況だった
が、これに更に拍車をかけることが予想された。

失業率はジリ上がりとなり、人身事故でしばしば通勤ダイヤに遅れが出た。
小泉首相から経済の舵取りを任された竹中金融財政大臣が拠り所としていた実質G
DPも、デフレ下での統計上のマジックにも係わらずマイナス成長となって久しい。

まさに、日本経済は、りそな銀行の件の頃に出来た新語「経済有事」を地で行くよ
うな状況だが、不思議な事に小泉内閣支持率は下がらない。

ある欧米のメディアは、日本はまるで船腹に亀裂の入ったタイタニック号が為す術
なく死に向って航行しているようだと表現した。
しかし、乗員や乗客達は死を予感しながらも、自ら考える力を失い、今は船長を信
じるしかないと東洋的諦観の域にあるとした。

また別のメディアは、「欲しがりません、勝つまでは」という言葉を紹介し日本人
の思考パターンは第2次世界大戦当時から変わらないと論じた。

ある経済紙は、「我々は、日本政府の当事者能力を過信しすぎたようだ。日本経済
の底が見えない。小泉・竹中の緊縮財政・不良債権処理優先政策は元々日本の病状
に合わない処方箋だったのではないか。世界経済への悪性デフレの輸出を防ぐため
にも、彼等は構造改革のオプションを組替えるべきだ。」と結論付けた。

米国政府もさすがに嘗ての様に小泉構造改革を手放しで賞賛することを止めたが、
対北朝鮮問題での共同歩調等を配慮したブッシュ大統領の「純を信じる」の一言の
前に批判を加えることは手控えた。

■「石原新党」?

さてこのような状況の中、都知事の石原は政策研究会「日本変革フォーラム」を立
ち上げた。

正確に言えば発起人は石原と親しい財界人だが、名誉会長に据えられた石原を見て、
誰もが「石原新党」という言葉を連想した。
広く財界、学会、言論会に人を集い、凋落し破滅の淵に有る日本を変革する提言を
して行くものとされた。
何人かの知事は入会したが、中央政治に提言する主旨とのため現職国会議員につい
ては正式加盟は受けつけず、賛助会員の扱いとされた。

「もし、政府がその提言を聞き入れなかったらどうするか」との記者団の質問に、
石原は、「十分に現実的な提言を出して行く、政府が取り上げてくれるよう粘り強
く説明して行く。」と言葉を選んで慎重に答えた。

石原が小泉倒閣のルビコンを渡ったと見る者もいたが、石原は単なる提言機関に過
ぎないとその憶測を遮った。
事実、ホテルの会議室で地味な会合を一度開いたのみで、そのまま休眠状態に入っ
た。

■「オリンピック」

夜のしじまに、虫の声が響く。
料亭の奥まった離れ座敷で、2人の政治家が向き合って手酌で酒を呑んでいる。
寝業師、影の幹事長とも言われる実力者のBとCである。
身体からは徒ならぬ雰囲気が漂うが、2人の口調は穏やかである。

B「すると、あんた、亀を見殺しにするんか。」
  普段は甲高い声のトーンを落として話しかける。
C「見殺しにする訳ではありませんが、亀井さんでは総選挙を戦えません。」
B「そうやな。しかし晋三はきっぱり断ってきたし、今更別の球という訳にも行か
  んやろーしなー。」
C「総裁選もオリンピックも、戦う事に意義があります。」
B「そう言う事か。」
C「後の事は私に任せて下さい。亀井さんにも恥はかかせましぇん。最低の礼儀は
  尽くします。」

■総裁選

自民党総裁選は、これまでよりも党員票の割合が高まり、党員票300票と国会議
員票355票の合計で争われる。
党員投票の結果は、前回の各都道府県連総取り方式から投票結果を候補者に比例配
分するドント方式に替わったにもかかわらず、圧勝とまでは言えないまでも小泉が
亀井に大きく差をつけた。
他の候補者はいない。

続く国会議員投票では、小泉が圧勝し総裁続投を決めた。
橋本派、堀内派が、自主投票としたためだ。
先述のBとCは、少数の側近と共に亀井に投票した。
総選挙が近付く中、民意に反して反小泉を鮮明にしたのは、江藤・亀井派とB、C
を含めた浮動票の動きに左右されない地盤の磐石な地方選出議員に限られた。

記者会見でCが述べた。
「引き続き、小泉首相には政策転換を求めて行く。しかし、総裁選で結論が出た以
上、首相を支えて行くのは自民党員である以上当然の事だ。」

小泉も記者会見で答えた。
「構造改革路線にいささかの変更はないという姿勢が、承認されたと思う。抵抗勢
力といわれている人達にも、引き続き理解と協力を求めて行く。」

Cが連絡将校役の側近を使い小泉側と水面下で虚実皮膜の駆け引きを図ってきた結
果が、最後に阿吽の呼吸で成就した瞬間だった。

■総選挙へ

先に料亭入りし独酌をして待っていた亀井の座敷に、だいぶ時を置いて男が一人で
入ってきた。
小沢一郎の懐刀といわれる参謀格のD議員である。

D 「本日はお呼び立ていたしまして、失礼いたしました。」
亀井「いやー、勝手にやらせて頂いています。先生も先ず一献。」

杯に酒を受けながら、
D 「有難うございます。さて早速でございますが、今夜お越し頂いたのは他でも
   ありません。今度の国会で私ども野党は、冒頭に内閣不信任案を提出します。
   その際に、是非先生のグループのお力をお借り出来ればと思います。」
亀井「今日ここに来るのは誰が知っていますか。」
D 「小沢とそれから菅さんの方にも電話を入れています。それだけです。」
亀井「分かりました。村に持ち帰ってから正式にお返事致します。」
D 「是非、お願い致します。」
亀井「その後の事は分かりませんが、私個人は野党が本気で覚悟を決めたのなら小
   泉さんを倒す所までは協力させて頂く用意はあります。」
D 「有難うございます。また何時かご一緒出来る日も来ようかと思います。」

■国会

永田町の噂には、羽が生えている。
瞬時に情報が飛び交う。しばしば尾ひれを付けて。
翌日午前中には、亀井と小沢の懐刀Dが接触した事が官邸の耳にも届いていた。

小泉は、凡庸な政治家ではない。
政策には不案内だが、政局を読んで仕掛ける勘と歌舞伎鑑賞で培った外連味には今
の永田町の誰も比肩する者がいない。

解散の時期は早い方がよい。
解散を遅らせる程、現職都知事の石原が都知事を辞めて国政に復帰する事に対する
都民の批判が薄れ、石原出馬の可能性と「石原新党」の勢いが高まる。
また、経済状況が更に深刻化して行く事は小泉にも分かる。
もっとも、その結果としての国民の痛みまでは分からないが。

加えて今回の事で、たとえ内閣不信任案が通らなくても、野党に呼応して与党から
反乱軍が出る事は求心力の低下に繋がる。

小泉は先手を打って、国会を召集すると衆院を解散した。

■「新党」始動

解散は午前中だったが、午後には石原の個人事務所に与野党問わず現職代議士、候
補者が門前市をなした。

翌朝から石原の面接が始まった。
一人当たり15分と短いものだったが、それも午後3時を過ぎると石原の側近によ
る面接に切り替わりそれが数日続いた。

後日、面接に「合格」した者の事務所には石原の認定書が届いた。

「今般貴方を当会の日本変革の主旨に賛同する者と認め、ここにそれを証明します。
       平成15年○月○日  日本変革フォーラム名誉会長 石原慎太郎」

同時に、紺地に白抜きで「日本変革フォーラム」と入った腕章と鉢巻が一組と幟が
一枚入った小包が届いた。

これらの動きについて、各党では「日本変革フォーラム」は実質的な政党であると
して、執行部でこの取り扱いを巡り議論が行われた。
だが、各野党では政党組織ではないと不問にされた。

一方、自民党では反党行為として、山崎幹事長が党籍剥奪の動きを見せた。
だが、最終的に執行部で「日本変革フォーラム」と敵対するのは得策でなく、選挙
後の連携を念頭に容認する事と決まった。

時期を前後して「日本変革フォーラム」の公約が決まった。
石原の従来からの主張を基調としたものだったが、幅広い結集を意識して下記のよ
うなシンプルなものだった。

◆財源移譲を伴った地方分権を、平成16年度内に行う。
◆高速道路の全国無料化と羽田空港の国際空港化
◆2年以内のGDP実質成長2.5%と10年以内の財政プライマリ・バランス実現
◆世界最高水準の環境先進国を目指す。
◆国防の充実と盲従を排したアメリカとの真の友好関係の樹立

自民党在籍候補の事を考慮して、小泉政権と対決するような直接的な表現は避けら
れた。
また、石原自身も「『変革』は『改革』の兄貴分だ」として、対決色を薄めた。
立候補締切り当日、石原が都知事を辞職して衆院選に出馬を届け出た。

■出陣

地方都市○○の街頭に、自民党2回生議員Eの張りのある声が響く。
「日本変革フォーラムから推薦を受けましたEでございます。この度は縁あって石
 原慎太郎さんと行動を共にさせて頂く事になりました。
 石原さんのビジョンの下、ここ○○の地からも日本を変えてゆくので無ければ、
 沈み行く船、ニッポンの将来はありませんっ!」 

Eに限らず、「石原新党」推薦の候補は、急遽作ったパンフレットに本来の所属政
党の公約を小さく、「石原新党」の公約を大きく掲げたばかりか、街頭演説では所
属政党名すら名乗らない。

紺地に白抜きの鉢巻と腕章はいつのまにか、複製されて運動員全員が身に着けてい
た。

雲一つ無い真青な秋空に、日の丸の下に「ここから日本を変える」と墨書きされた
大きな幟がはためいた。
それは、見る者に戦国武将の旗指物を連想させた。

(第1部了)

※敬称略。なおこのストーリーは全てフィクションであり、登場人物も架空のもの
 であり「小泉首相」他の言動も実際のものとは全く関係がありません。

 

                       以上

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