−提 言−

・不可欠な「構造改革」の論点整理 −構造改革の中身を問え− (2003/8/3: 『東京新聞』 2003/8/27掲載

「構造改革」を掲げて登場した小泉政権成立から2年余りが経った。
国民の多数が冷戦の終結と経済のグローバル化により今まで通りのやり方では日本
がやがて立ち行かなる事を漠然と感じており、構造改革が必要であるというのはほ
ぼ共通認識になっている。

小泉構造改革の評価は様々あるが、それが何を指すのか不明確であるこの「構造改
革」という言葉を中心にこの間の日本の政治が動いてきた事は確かだ。

特に、当初小泉首相にエールを送りその後批判に転じた民主党の姿に、この言葉に
翻弄されてきた日本の状況が象徴されている。
そして、それは今なお尾を引いている。
菅代表は、7月の党首討論で「構造改革一辺倒で、景気対策を行わなかった小泉政
権」を批判した。

菅氏のこの発言からは、小泉政権の構造改革自体は認めるのか、それ自体を評価し
ないのかスタンスがハッキリ読み取れなかった。

これに限らずマスコミ、言論人等が構造改革に言及するときその想定している内容
はばらばらで、群盲象を評す観がある。
使っている本人自体一体何を指すのか明確でなく、イメージだけでこの言葉を使っ
ている場合も多い様に思われる。

しかし、ここに来て自民党総裁選や総選挙に向けて、政権公約(マニフェスト)作
りが活発になっている事は、「構造改革」の論点を整理する良い機会ではある。
以下に、小泉首相がマニフェストに盛り込む事が予想される項目等をベースに、筆
者なりに検討を加えてみた。

■郵政民営化
首相は7月末、「07年4月から民営化できるように、その前にどういう形で民営
化をするかという法律を制定したい」と述べた。

郵便事業をとってみれば、首相は昨年成立した信書便法で郵便の全面開放を勝ち取
りはしたが、参入条件は民間企業が敬遠するほど高いハードルとなり郵政族と痛み
分けになっている。

これを改廃しない限り、たとえ民営化しても競争原理は働かない。
逆に、民間参入のハードルを全廃した場合には、採算の合わない僻地への郵便事業
は成り立たなくなり全国郵便網は崩壊する。

因みに、一般的に欧米では郵便物を重量で分け一定以下を公的郵便が独占する一方、
一定以上は民間の参入を自由としている。
試行錯誤をしながら、これにより全国郵便網の維持と競争原理による効率化の両立
を図っている。

この部分をどうするか、ナショナルミニマムについて必要な分野であるか否か、ま
たその方法をどうするのか等が本来組織の形態よりも先に論じられるべきだが、首
相からはそこの所が全く示されていない。
簡保、郵貯についても同様である。

■道路公団民営化
また道路関係4公団民営化について、首相は「民営化推進委員会の意見を基本的に
尊重する。来年の通常国会に民営化の法案を出す。総裁選でも大きな争点になって
くる」と述べた。

昨年纏められた民営化推進委員会の意見とは、民営化後は、新しくつくる公的機関
「保有・債務返済機構」が4公団の資産と債務をまとめて引き継ぐ。
なお、公団を母体に設立する複数の民間会社が、保有機構にリース料を払って高速
道路の運営や建設を担当する。新規路線は、新会社が国と協議して「基本的に料金
収入で返済可能な範囲」で自主的な判断で建設するというものだ。

また、不採算路線でも必要なものは政府と自治体が財源を負担もしくは別途直轄事
業により建設するという事だが、これでは採算の合う路線は料金を取り不採算路線
は無料という利用者から見ると倒錯した現象が起きてしまう。

民営化推進委員会の案は出来るだけ将来の財政支出を抑制するため採算性に主眼を
置いた上で不採算路線でも必要なものの対策を付け足したものだが、木に竹を継い
だ感は否めず交通行政に関するトータルなビジョンが欠落している。

現在、マニフェストに盛るか腰が定まらないようだが、民主党が考えている「高速
道路の無料化」の方に「必要なインフラは無料で提供する方が経済、生活に資する」
という一応のビジョンが感じられ分があるとは言える。 

全般的に小泉構造改革の特徴は、単なる組織いじりに陥りそれが自己目的化してい
る所にある。
企業経営と同じく、それによって何を実現するかの明確なビジョン無き組織いじり
は必ず失敗する。

なお、原則としては特殊法人は廃止か民営化とすべきであり、小泉政権が進めた看
板を架け替えただけの独立行政法人化は抜け穴ばかりか役員の増加など焼け太りま
で起きており百害有って一利なしである。

■行財政構造改革
政府は8月1日の閣議で、04年度予算の要求枠となる概算要求基準(シーリング)
を了解した。公共事業の3%削減などで一般歳出の上限額を昨年のシーリングと同
じ48兆1000億円に抑えた。
今後は年末の予算編成に向け、年金や医療などの社会保障費を抑制するための制度
の見直し等を図る見込みである。

国債発行30兆円の公約は破棄したが、小泉首相の緊縮財政路線は変らない。
その是非はここでは問わないが、財政支出の内容は官僚と族議員任せのままであり
シェアは前年踏襲型となるだろう。
経済、生活に対し有効な分野に財政支出を大胆に厚くし、そうでない分野を薄くす
るというメリハリを効かし「構造」を改革する事にはなっていない。
財政構造改革=緊縮財政となってしまっている。

また、地方税財政の「三位一体改革」については約20兆円の国庫補助負担金のう
ち削減するのは3年間掛けて最大4兆円だけであり、地方に移管する税目も決まっ
ておらず地方分権のためというよりは財務省主導の緊縮財政の一環と見るのが実態
に近いだろう。

■産業構造改革
現在、政府の不良債権処理加速策の結果、企業の退出、リストラが進んでいるが、
それに代る新規産業の登場が遅れている。
構造改革特区に限定されてしまっている規制緩和の遅れ、前述の緊縮財政によるG
DP名目マイナス成長、重点化先端技術の位置付けと予算措置の弱さによるところ
が大きい。

個々の企業の構造としては、年功序列制度の崩壊、成果主義への移行がある。
最近は行き過ぎた成果主義を元に戻すような企業も出ておりその功罪の見方は分か
れるが、これほどのデフレ不況が無ければ日本の強固な年功序列制度は崩れなかっ
たはずでありある意味で小泉政権の数少ない「成果」とは言えるかもしれない。

■社会保障改革
現在、政府は年金支給額のカット、医療費の自己負担割合の増加等により制度の破
綻の回避を図っているが、その場限りの対応であり抜本的な解決にはなっていない。

小泉首相は消費税率アップは自分の在任期間中は有り得ないと述べたが、首相の在
任中かどうかはともかくやがて消費税を福祉目的税化して基礎的社会保障に全額当
てる等の方式に移行する事は避けられない課題だろう。

与党だけで無く民主党も社会保障財源問題の明確化を避けており、少なくとも総選
挙後まではタブーとされるだろう。

しかし新しい社会保障制度の青写真と消費税率アップのスケジュールを示す事は、
国民の不安感を拭うと共にある意味での覚悟を促し景気回復に資する事になる。
各党は、方向性だけでも示すべきである。

以上のように構造改革の中身について多少摘み食い的に検討したが、大前提として
社会の全体像をどう描くかのビジョンが問題となら無ければならない。
大きくはアメリカ型の弱肉強食的競争社会を選ぶのか、ヨーロッパ型の第3の道を
選ぶのか、あるいは日本オリジナルなものを作り上げるのか。
そこから、個々の政策に落として行く必要がある。

一人歩きしている「構造改革」の内容を明らかにし議論を深めて行く事は、もう一
つの柱である外交、防衛の基本方針と並び、今後総選挙へ向けての焦点となるべき
である。
互いに「にせ構造改革」対「真の構造改革」のような対立軸を設定する等して、そ
の内容を競い合う激しい論戦を期待したい。

それは、首相と実力者の駆け引きで決まる観のある自民党総裁選においても本来不
可欠のはずである。

 

                       以上

http://www.asahi-net.or.jp/~EW7K-STU/#提言

http://www.asahi-net.or.jp/~EW7K-STU/