−提 言−

・フセイン後の新世界秩序 −イラク・中東を巡る3つのシナリオとその後− (2004/1/3)

日本時間、昨年12月14日の午後9時、イラクのフセイン元大統領が、ディクリ
ート近郊の村で拘束されたという発表が、暫定占領当局からなされた。

この拘束により、イラク国民の間に旧フセイン政権復活の恐怖及びその逆の復活神
話が完全に無くなった事は、歴史が一駒進んだとは言える。
だが今のところ、フセイン拘束直後にアメリカ一般国民が期待したようにテロが沈
静化されず、「フセインの残党」以外の手によりむしろ激化している。

事態の進展については予断を許さないが、今後の各種の議論のためには、先ずイラ
ク・中東の将来図のシナリオが整理されて提示される事が不可欠だろう。
この観点から、筆者は今後考えられるシナリオを、思考実験的な意味で多少オーバ
ーな形で単純化し、以下の3つのパターンに大別してみた。

◆シナリオ1:国際協調・安定化◆
アメリカ、フランス、ロシア、中国間等の同意に基づく新しい国連安保理決議によ
り、石油の国連管理等を前提とした、現在の米英による暫定占領当局(CPA)に
よる軍政とは確たる一線を引いた形の復興スキームが造られる。
その中に、今まで軍隊等の派遣を見合わせていた国からも、派遣、復興資金の拠出
がなされ、国際協調によりテロは沈静化しイラクは復興する。
イラクは安定的な民主主義国となり、周辺諸国が影響され中東全体が緩やかに民主
化されて行く。

◆シナリオ2:アメリカ暴走・ドロ沼化◆
イラクのテロは収まらず、アメリカは、国際協調でなく一国主義で武力により一気
に中東を民主化、親米化する道を選ぶ。
テロリストの供給源であるとして、シリア、レバノン、ヨルダン、やがてはサウジ
アラビアを、そして核兵器開発の野望を捨て切っていない事を理由にイランを先制
攻撃する。
目的としては、石油・復興利権の独占、軍需産業の利益、石油ドル決済体制維持、
アメリカ一極支配の完成、民主化への理念と宗教的使命感の充足、イスラエルの安
全保障、等々を図る事が考えられる。
しかし、テロの激化により、ベトナムを上回る解決の糸口のないドロ沼に入り込む。
アメリカが、中東諸国に対し限定核攻撃を行う可能性もある。
また、国際非難、国内の反戦運動にさらされ、軍事、経済に加え、威信の面でもア
メリカは没落する。
世界は、秩序無き多極化となり、極度に不安定となる。

◆シナリオ3:アメリカ単独行動・安定化◆
アメリカが国際協調によらず単独行動をするのはシナリオ2と同じだが、暴走とま
では行かず、これまでと異なり暫定統治、復興支援を軍政下ながら巧みに行い、イ
ラクのテロを取り敢えず沈静化させる。
6月のイラク国民への統治権移譲も、アメリカの影響力を残すような形で行う。
昨年12月19日、リビアのカダフィ大佐が大量破壊兵器開発を放棄する発表をし
たように、周辺中東諸国はアメリカの軍事力の前に従順になり親米化され、やがて
民主化も進んで行き安定化される。
アメリカの石油利権の独占、復興事業の利益、石油ドル決済体制維持等々は成就さ
れ、EU等もそれを追認しアメリカ一極支配の完成を見る。

◆結局どのシナリオになるか◆
国際世論が求めているのは、果してその通り上手く行くかはともかく、言うまでも
無くシナリオ1:国際協調・安定化である。
アメリカ政府では、ベーカー元国務長官、パウエル国務長官等の国際協調派が、E
U諸国やロシア、中国等に対し復興への協力を取り付けるために動き始めている。

一方、シナリオ3のようにアメリカが単独行動の形で安定化を狙い、必要ならシナ
リオ2の前半部のように周辺諸国への先制攻撃を辞さないだろうと言う根拠として、
アメリカが、石油等のエネルギーを制する者が今後の世界を制するとして、これを
長期的国家戦略化している事が挙げられる。
また、それに関連し、長期的に石油ドル決済体制が崩れれば、ドルが裏付けを失い、
膨大な財政赤字のための米国債が捌けずドルが紙切れになり、経済崩壊、国家破産
に見舞われるので、簡単には単独行動から引けないとの見方もある。
しかし、単独行動をする事によってイラク・中東が安定化すると見るのは、現状を
見れば楽観的過ぎるだろう。

軍需産業や復興需要の利益代表のラムズフェルド国防長官やチェイニー副大統領等
タカ派は、単独行動を推し進める方向に動いている。
また、ウォルフォウィッツ国防副長官、リチャード・パール国防政策委員等のユダ
ヤ系のネオコンは、アメリカのイスラエルへの関心を維持するためには、周辺中東
諸国への武力行使によるドロ沼化さえ恐れないとの観測もある。

ユダヤ勢力の影響を強く受けるマスコミは、それにより報道にバイアスが掛かり続
ける可能性が高い。
アメリカ国民の一般層は自国外への関心が薄く、イラク、中東問題では、マスコミ
の報道を疑う事は少ないだろう。

アメリカと言う国は、国内で様々な勢力が強烈なパワーで拮抗し合い、多面性を持
ち、その向かう方向が読み難い国である。
従って、アメリカが暴走し始める可能性も相当程度ある。

しかし、常識的に見れば、国際協調派と単独行動派が妥協しあって、何とか新しい
国連安保理決議にまで漕ぎ着ける可能性の方が高いのではないか。
だが、そのような形での新しい国連安保理決議は、再び骨抜きにされかねず、イラ
ク・中東が安定化する保証はどこにもない。

◆日本の現状◆
普通に考えれば、国際協調により作られる復興スキームの形が、現在の米英主導の
占領行政から一線を引いた形になる程、テロが沈静化しイラクの復興が早まると見
るべきだろう。
またそれは、イラク戦争を開始した米英と距離を取る事によって、各国にとって大
義とも称される道徳的優位性を保つ事に繋がる。
道徳的優位性は、その後の外交プロパティーとなり得、長期的国益の前提条件の一
つとなるだろう。
とまれ、日本はどうするのか。
小泉首相は、少なくとも形式的には国際協調路線への努力を並行して続けつつも、
アメリカが単独行動を続ける場合にも付き従う事により、アメリカと心中する腹を
決めた。
ドロ沼か安定かは分からないが、後者になる事を信じ、己の政治生命と日本の運命
をそれに掛けた。
外れれば、退陣する事により責任を取るつもりだ。
現在国民多数は、イラク派兵に反対しながらもそれとは矛盾して、アメリカと心中
するつもりの小泉首相を最高責任者として認め、永田町にも今のところ倒閣の具体
的動きはない。
その現状を踏まえれば、民主主義国家である日本の国民は、小泉首相の判断のもた
らす様々なものを吉凶に拘わらず甘んじて受容れざるを得まい。

◆新世界秩序◆
冷戦後、経済でも一人勝ちして全能感に支配されるアメリカは、いわば自分の姿を
映し出す鏡のない世界にいる。
しかし、その一人勝ちが永続的なものでない事に気付き始めたエリート層は、片や
国際協調派となり、片や一国主義をより強固にし、一極支配の完成を目論む勢力と
なった。

アメリカの衰退、と言うよりもEU、中国、アジア、ロシア、やがては中東等がそ
れぞれ、相当程度の分裂の可能性や各種の問題を抱えながらも、全体としては長期
的に成長して行く事によるアメリカの相対的衰退は避けられない。
また、アメリカの動きに関わらず、中国、アジア、ロシア、中東等は歴史の流れに
沿って、紆余曲折しながらやがては民主化して行く方向に進むだろう。
アメリカの一極支配の目論みは、時計の針を逆に回す行為であるが故に失敗する。

従って、今後の新しい世界秩序とは果して何かと言えば、即ち「秩序ある多極化へ
の移行」の事となる。
そして、それは、アメリカの唯一の超大国からの緩やかな退位を意味する。

世界秩序には、一国家の統治と同様に、権威と権力(パワーバランス)の2つが必
要である。
また、権力には、軍事力、経済力、文化・文明力(ソフトパワー)の3つがある。

これらを踏まえ、新世界秩序に関しての在るべき長期的なシナリオの一つとして、
今のところ筆者に考え得るのは、次のようなものである。
(1)  国連改革を進める事により、その機能と正統性を高め権威の主体とする。
  また、各国からの数%程度の軍事力供出により、緊急展開のための国連常設部
  隊等を創り、権威を一定の実力により裏打ちする。
(2)  アメリカが国力の低下と共にアジアから軍隊を引き始める事に対し、その空白
  を埋めるために、アジアの安全保障機構を組むと共に、中心的役割は経済力等
  に応じて主に日本が担うべきである。
(3)  同じくアメリカに代り、イギリス、オーストラリア、シンガポール、台湾、日
  本、カナダ等の同じ海洋国家が連合する事により、中国、ロシア、インド、E
  U諸国等の押さえとなり、パワーバランスを実現させると共に、シーレーンを
  確保する。
(4)  アメリカは、軍事、経済分野において、唯一の超大国からの緩やかな退位はす
  るが、相当期間、文化・文明力(ソフトパワー)の基軸国としての影響力と名
  誉を保ち続けることを通じ、自らのプライドを満たすようすべきである。
  また、基軸通貨からのドルの退位は、国際協調の中で安定した受け皿が用意さ
  れた上で行なわれるべきである。
(5)  秩序ある多極化への移行は、正当な過程を経ての新たなリーダーの出現を否定
  するものではない。

これらが成り立つためには、アメリカが先ずイラク・中東で、国際協調路線を取る
事が前提となる。
その単独行動、暴走を許せば、ドロ沼化から世界がカオス状態になりかねない。
特に、本来は日本を含む、大国と言われる各国には、国益を確保しながらも、アメ
リカという、衰退の予感にのた打ち回る巨大なリヴァイアサンを国際社会の善き住
人たらしむべく誘導する義務がある。

世界は今、自らの運命を決する歴史の岐路に立つ。

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・フセイン後の新世界秩序 −イラク・中東を巡る3つのシナリオとその後− (2004/1/13: 短縮版)

昨年12月14日、イラクのフセイン元大統領が、ディクリート近郊で拘束された。
これにより、中東の歴史が一駒進んだとは言える。
筆者は今後考えられるシナリオを、以下の3つのパターンに単純化してみた。

◆シナリオ1:国際協調・安定化
アメリカ、フランス、ロシア間等の同意に基づく新しい国連安保理決議により、石
油の国連管理等を前提とした、現在の米英による暫定占領当局(CPA)による軍
政とは確たる一線を引いた形の復興スキームが造られ、国際協調によりテロは沈静
化しイラクは復興する。
イラクは安定的な民主主義国となり、周辺諸国が影響され中東全体が緩やかに民主
化されて行く。

◆シナリオ2:アメリカ暴走・ドロ沼化
イラクのテロは収まらず、アメリカは、国際協調でなく一国主義で武力により一気
に中東を民主化、親米化する道を選ぶ。
テロリストの供給源であるとして、シリア等を、核兵器開発の野望を捨て切ってい
ない事を理由にイランを攻撃する。
限定核攻撃を行う可能性もある。
しかし、テロの激化により、アメリカはベトナムを上回る解決の糸口のないドロ沼
に入り込む。
世界は、秩序無き多極化となり、極度に不安定となる。

◆シナリオ3:アメリカ単独行動・安定化
アメリカが単独行動をするのは上記と同じだが、暴走とまでは行かず、これまでと
異なり暫定統治、復興を軍政下ながら巧みに行い、イラクのテロを取り敢えず沈静
化させる。
6月のイラク国民への統治権移譲も、アメリカの影響力を残すような形で行う。
カダフィ大佐のリビアのように、周辺中東諸国はアメリカの軍事力の前に従順にな
り親米化され、やがて民主化も進んで行き安定化される。

アメリカと言う国は、国内で様々な勢力が強烈なパワーで拮抗し合い、多面性を持
ち、その向かう方向が読み難い国である。
従って、アメリカが暴走し始める可能性も相当程度ある。
しかし、常識的に見れば、国際協調派と単独行動派が妥協しあって、何とか新しい
国連安保理決議にまで漕ぎ着ける可能性の方が高いのではないか。
だが、そのような形での新しい国連安保理決議は、再び骨抜きにされかねず、実際
にイラク・中東が安定化する保証はどこにもない。

冷戦後、経済でも一人勝ちして全能感に支配されるアメリカは、いわば自分の姿を
映し出す鏡のない世界にいる。
しかし、それが永続的なものでない事に気付き始めたエリート層は、片や国際協調
派となり、片や一極支配の完成を目論む勢力となった。

アメリカの衰退、と言うよりもEU、中国、アジア、ロシア等が分裂の可能性や各
種の問題を抱えながらも、全体としては長期的に成長して行く事によるアメリカの
相対的衰退は避けられない。
アメリカの一極支配の目論みは、時計の針を逆に回す行為であるが故に失敗する。

従って、今後の新しい世界秩序とは、即ち「秩序ある多極化への移行」の事となり、
それは、アメリカの唯一の超大国からの緩やかな退位を意味する。

これをソフトランディングさせるためには、国連の一定の軍事力を伴う権威強化と、
新しいパワーバランスをデザインし実現させる長く険しい作業が必要になるが、こ
のままアメリカの単独行動、暴走を許せば、ドロ沼化から世界がカオス状態になり
かねない。
特に、本来は日本を含む、大国と言われる各国には、この巨大なリヴァイアサンを
国際社会の善き住人たらしむべく誘導する義務がある。

世界は今、自らの運命を決する歴史の岐路に立つ。

 

                       以上

http://www.asahi-net.or.jp/~EW7K-STU/#提言

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