・電子投票と民主主義の未来 (2004/6/12: 『e・Gov』 2004年8月号に部分掲載

電子投票への注目が高まっている。
その現状と問題点、及び電子投票の遥かな延長線として未来に想定される直接民主制
等について考察してみたい。

◆ 日本の現状
電子投票の我が国での現状については、ジャーナリストの佐々木俊尚氏が的確に纏め
ている。以下氏の著述から引用したい。

「日本を最先端のIT国家に生まれ変わらせようという政府のe-Japan計画。IT業界に
とっても、e-Japanにからむさまざまな施策は大きなビジネスチャンスとして注目さ
れている。その中でも、政府が主体となって巨費を投じようとしているのが『電子政
府・電子自治体』だ。昨年、世間を騒がせた住民基本台帳ネットワークシステム(住
基ネット)もこの大プロジェクトの一環である。

◇政府のe-Japan計画と電子投票
 電子政府・自治体計画の中核となるのは、政府や地方自治体への届け出、申請をイ
ンターネットを使ってワンストップで行えるようにしようという電子申請だ。この分
野は中央省庁ではすでに2002年からスタートしており、自治体も2007年に開始するこ
とが決まっている。計画には巨額の国家予算、自治体予算が投入される。2002年度か
ら05年度までに創出される電子政府・自治体の市場規模は、約2兆5000億円に達する
という試算もあるほどだ。

すでにビジネスの前哨戦は、活発に始まっている。たとえば『電子投票』がそうだ。
紙の投票用紙で行われていた投票を、液晶画面で候補者の名前をタッチすることで投
票を行うシステムに変更するというものだ。民主主義の根幹に関わる大きな制度変更
であるといえる。2000年に地方選挙電子投票特例法が制定され、現在は地方選挙に
限って導入することが可能になっている。2000年6月に岡山県新見市の市長選・市議
選で国内で初めて導入されたのを皮切りに、これまで7自治体で実施された。2004年
は参院選があって対応に追われるため、実施する自治体は少ないとみられているが、
2005年には数百の自治体が実施するとみられている。再来年は『電子投票元年』にな
るというのが、業界関係者の読みだ。自治体での実施が軌道に乗ってくれば、国政選
挙への導入も視野に入ってくる。(後略)」
(PC View > Solution 電子投票――今後の展望と現状の課題(前編)
http://info1.nttpc.info/Solution/031218/より)

◆海外状況
それでは、海外での電子投票の導入状況はどうかというと、これもまた情報通信総合
研究所の社会公共システム研究グループの松原徳和氏が丹念な調査をされているの
で、それを抜粋して引用したい。

「[米国]
2.米国で利用されている機器と制度
 米国で利用されている機器にはいくつかのタイプがある。

◇米国での選挙の投票手段 投票手段 特徴
・Paper ballot: いわゆる自署式の投票形式。
Mechanical lever machine: ボードに候補者名、政党名が印刷されており、それぞ
れの欄に設けられた小レバーを、選挙人が選択して倒す。全ての選挙についての選択
が終了したら、当該選挙人の投票を確定するための大レバーを倒す。それにより、各
候補者の得票数が加算される。
・Punch cards: カード(投票用紙)に記された各候補者に対応する穴(パンチ)を
開けることにより、候補者を選択する。
・Mark sense: カード(投票用紙)に記された各候補者に対応する欄を選択して塗
りつぶすことにより、候補者を選択する。
・Direct recording electronic: ボタンやタッチパネルに表示された各候補者に対
して、投票者が直接機器を操作することにより、候補者を選択する。

 米国は連邦政府のもと、各州政府が独立した行政体を運営している。選挙運営につ
いても同様であり、投票時に利用する方式は、各州、各郡が独自に方式を採用・決定
してきた。一方で、技術革新が進み、投票システムも複雑化してくると、各州や地方
選挙当局が機器を導入する際の採用条件や調達のための統一的な基準を策定する必要
性が生じてきた。1990年1月には、コンピュータを利用した、パンチカード、マーク
シート、及び直接記録方式による投票方式による投票システムの標準化のガイドライ
ンである『Voting System Standards(投票システムの標準化)』が、連邦選挙管理
委員会(FEC)により策定された。また、2002年には動向の変化を踏まえて、この基
準が見直され、通信回線の利用に関する条項や、導入時の検査基準等を盛り込んだ新
しい基準が策定された。

[ベルギー]
2. 機器の特徴
 ベルギーの電子投票は、タッチペンを利用している。また記録媒体としては、フ
ロッピーディスクを利用しているが、バックアップとして投票者ひとりずつの投票内
要を磁気カードに記録している。

◇ベルギーの電子投票概要 項目 概要
方式(名称) タッチペン方式
・有権者規模(年) 7,343,466人(1999年)
・利用実績 1994年から利用
・利用範囲 1999年選挙時、325万人が利用
・電子機器導入の決定主体 導入には同一小郡内(2〜3市町村で構成)の全議会での可
決が必要
・値段 投票装置一式 55,000BF (約18万円)
・電子投票箱 65,000BF (約22万円)
・投票情報の記録 フロッピーディスク、及び磁気カード
・投票情報の担保 磁気カードによる保存
・ 開票所への送致 フロッピーディスクの送致」
(情報通信総合研究所 レポート > 電子投票のすべて >海外事例について
http://www.icr.co.jp/newsletter/report_social/s2002EV005.htmlより)

◆問題点と直接民主制
このように、先進的な国に続き、日本でも決して遅くないペースで電子投票が広がる
趨勢である。

電子投票のメリットとしては、投開票作業の省力化による行政コストの削減が最も大
きいものである。最近は抑制されつつあるとは言え自治体職員への高額な特別手当を
支給した人海戦術は膨大なコストが掛かって来た。
また、開票集計作業の迅速化により投票締切り後数十分以下という短時間で確実な当
落が確定するメリットがある。これにより、有権者の選挙への関心が高まり投票率の
UPに繋がる事も期待出来る。

一方、問題点としては、佐々木、松原両氏も指摘するように、有権者及び職員の不慣
れによる操作ミス、機器・ソフト自体の誤作動、機器導入時の初期コスト、投票用紙
という物理的記録の残らない電子投票の信頼性等が挙げられる。

筆者は、しかしこれらの問題点も試行錯誤を繰り返しながら、機器の機能・性能の向
上、ノウハウの蓄積、有権者の慣れ、運営ルールの確立等によりやがて克服されて行
くものと考える。

さてその上で、電子投票の進化の先には、本人確認の電子化、自宅PC上でのイン
ターネット投票、進んでは直接民主制が視野に入って来ると予想する。

自宅PC上での投票以降は、それまでの機器・運営のインフラ的な側面とは別により
本質的な問題を孕む。
自宅PC上で投票が出来れば、例えばポテトチップを摘まみメロドラマを見ながら投
票する事も可能となる。これによりわざわざ会場に足を運び、秘密投票ながら衆人に
監視されつつ行う投票というどこか畏まった神聖な行為がより刹那的な好き嫌いの感
情だけで行なわれる事は、容易に予想出来る。
また、直接投票は更に衆愚制への道を開きかねない。

しかし、これらについても筆者は比較的楽観している。
やや唐突だが、これまでの世界史を鳥瞰すれば、社会は大雑把に言えば原始共産制、
封建制、絶対王制、立憲君主制、民主制へと進んで来たと言える。
19世紀の哲学者ヘーゲルは、これについて「世界史は自由を目的とした絶対精神の
自己展開である」と捉えた。
筆者の言葉で言い換えれば、「歴史の進むベクトルは、人々の認識力の拡大とそれを
可能ならしめる国家社会の建設である」となる。

この観点から、自宅PC上での投票は人々の時間と行動の自由度を増す。また、直接
民主制は、人々に社会に対してより主体性を迫るものであるので、方向として妥当な
ものと考える。

しかしながら、幾つかの条件や工夫は必要である。
自宅PC上での投票には、画面上で各候補者の氏名と登録された公約を結び付ける等
簡単なクイズを用意し、正解になるまで投票出来ない等々のより選挙に対しての本質
的な関門を用意する事により、投票行為に一定のクオリティを保つ事も考えられる。

また、直接民主制の導入は、選挙による議会と並存させ議会にて議論を十分に行った
上で、その3/5以上の同意がある議題に限り投票日を決めてインターネット上の国
民投票に掛ける等々、仕組みを考えつつ民度の成熟に応じて部分的に行えば良い。し
かしながら、これらの事が実際に導入されるのは、まだ長い年月が掛かる未来の話で
はあろう。

PC等の電子機器やインターネットの発達により、情報量やコミュニケーションの拡
大が起こった。
そのマイナスの反映として、新しい形の犯罪が増加したり、政治のポピュリズムや特
定個人のバッシングがこれまで考えられないような激しさで広がるようになった。
しかしそのプラス面として、情報が多様になり人類の精神の自由度は確実に増した。
筆者も政治経済や国際情勢についての意見を載せるホームページやメールマガジンを
持っている。
これらの玉石混交の様々な意見や中には誹謗中傷に近い言論もあるが、これらもやが
て淘汰されて行くだろう。

ギリシャ・アテネの民主制は奴隷制度による市民の時間的自由の上に乗りながら、歴
史に一つの精華を示した。
すこし話しがそれたが、電子機器やインターネットの発達を様々な工夫により民主主
義の発展に結び付ける事は可能な事であるし、我々が実現して行くべき事だと思われ
る。

 

                       以上

http://www.asahi-net.or.jp/~EW7K-STU/#提言

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