・米国の「中東強制民主化」の行方 (2003/3/16: 竹村健一『これだけメール』 2003/3/21 VOL.215掲載

アメリカによるイラク攻撃が、いよいよ秒読み段階に入った。
恐らく、武力行使容認の安保理新決議を経ないでイギリス等少数の同盟国と近日
中に単独攻撃を開始するだろうと言われている。

ここに来て、アメリカの意図はイラクが保有すると言われる大量破壊兵器の破壊
に留まらずフセイン政権の打倒とイラクの民主化にあるとブッシュ大統領自身の
口から語られるようになった。
もともとイラクによる当面の大量破壊兵器の使用、テロ組織への横流し等の危険
性は疑問視されてきた。

そして、フセイン政権打倒とイラクの民主化の次には、中東諸国全体の民主化が
企図されている。
アメリカは、政治的手段や経済制裁等により周辺諸国政府に民主化を迫り、聞き
入れられない時には、武力による圧力や場合によっては謀略的手段等も用い政権
転覆を図るだろう。
進んでは、その延長線上に他のイスラム諸国、極東を含む地球規模の強制民主化
も視野に入っているようだ。

元来、アメリカの支配層を占めるアングロサクソン的、ピューリタン的思想では、
「本来あるべき姿」に向かい強制的手段を用いてもこれを実現させる事が正義と
される傾向がある。
「第2次大戦の早期終結を図るため」、日本へ原爆投下をした発想もこの延長に
あるのかもしれない。
特に現在ブッシュ政権の中枢を形成するネオ・コンサバティブと呼ばれる勢力で
はこの傾向が先鋭的に打ち出されている。

一方、それ以外の東洋、アラブ、ヨーロッパ大陸等では、目的よりも手段の正否
が重視される傾向がある。
両者には、根底に根本的な思想の違いがある。

さて、こうしたアメリカによる「中東強制民主化」は果して正義であろうか。
先ず、安保理新決議を経ないでの予防戦争、政権転覆の内政干渉等は、国連憲章、
国際法違反である。
この強行は、従来の国際社会を形作っていた国連による秩序を破壊し、「世界に
自由と民主主義を実現させるためなら国際社会の同意なしに他国への武力行使を
辞さない。」という原理に基いたアメリカによる新しい秩序の建設の企てを意味
する。

これは、少なくとも従来的な意味での正義ではなく、世界の多くの人々に受け入
れられるものではない。
しかし、時代が大きく変動する時には、既存の秩序を破壊し新しい秩序を建設す
る事が正義とされる場合がある。
そして、それは最終的には歴史によって審判される。

次に、この「中東強制民主化」は成功するだろうか。
今回のブッシュ政権によるイラク攻撃には、大量破壊兵器の破壊、フセイン政権
の打倒とイラクの民主化の他に、来年秋の大統領選での再選、父ブッシュの復讐、
軍需とイラク復興による景気刺激、中東の石油支配及びこれによるアメリカによ
る世界支配の完成、イスラエルの要請への配慮、ファミリーと自陣営の石油利権
等の目的があるとされている。
これらはそれぞれ重なり合い、強弱は在りながら全体としてやはり恣意的要素が
強いといえるだろう。

歴史を俯瞰すれば、アレキサンダーや信長、ナポレオン等のように時代を進歩さ
せた実績と戦争による殺戮と流血の両方を残して行った英雄達は、その時代には
「悪魔」と呼ばれる度合いが高いが、時代が下ると共にその実績を評価される傾
向がある。

さて、アメリカがこれらの英雄のように新時代を切り開き、世界に自由と民主化
をもたらす事により、その後の繁栄と調和を実現できるだろうか。

イラク攻撃とそれに続く「中東強制民主化」は、その強制的手段と恣意性のため
に中東諸国とイスラム世界に激しい反米感情を呼び起こし、全世界にテロの蔓延
をもたらす可能性が高い。
それは、今回アメリカの提唱した思い付き的なパレスチナ和平案等で収まるもの
ではない。
第5次中東戦争、第3次世界大戦を招く可能性もある。

あるいは、中東諸国とイスラム世界に起こる反米感情の一層の燃え上がりが民族
ナショナリズムの急激な勃興に繋がり、それにより近代化、民主化が実現される
ナポレオン戦争のようなパラドックスが起こるかもしれない。
革命により幾つかの王朝が倒される事もあろう。

ともかく、アメリカがイラク単独攻撃を行った場合、世界に新しい状況をもたら
す事は確かだ。
まだ各国の外交努力の余地はゼロではないが、攻撃が行われた場合は可能な限り
アメリカの恣意性を掣肘し、世界を無秩序と暗黒に陥らせない別の努力が必要と
されるだろう。

 

                       以上

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