あてのあるようなないような旅


その1 出発まで(俗説に魅せられての巻)

 「神秘的」という言葉はどんな時に用いられるか?「神秘」は広辞苑によれば「人知でははかり知れない霊妙な秘密。普通の理論・認識を超越した事柄。ミステリー。」とある。
 人知ではかり知れないかどうかわからぬが、ここでは明言を憚られるような、その手の小説などには、女性のある部分を称するのに「秘」という字を用いる場合もある。
 例えば「秘」と「口」で「秘口」と書いて「クチ」などと読ませたりしている。これは、ある人間の片方の性の、ある器官を指している。

 「陰」という字がある。 
 この字には何かこう「え?、なになに?」と思わせるものがある。見て見たい!、と思わせるものがある。
 例えば、部・核などという字があるがこれらは、これだけでは普通の字だ。核などある意味では最も深刻な語である。
 ところが、これらの語頭に、この「陰」をつけると途端に血糖値が上昇するような単語に生まれ変わる。

 そんな心トキメク(?)字のついた地域が、なんと日本にはある。
 そう、山陰。
 山陰・・・良い響きだ・・・。サンイン。サ・ン・イ・ン。イン。

 山陰から連想される単語は、・・・ええっと・・・温泉、露天、秘湯、陰、陰部・・・オットット。いかんいかん。
 ・・・こう単語を並べて見ると、ちょっと「艶めかしい」感じがしてこないであろうか・・・。
 これなのだ。山陰の魅力は・・・オットットどうも違う方向に行こうとしていますな。
 
 旅に行く時、人は何をしに行くか。観光地で遊興する旅、のんびりと保養する旅、あての無い旅、いろいろあることと思うが、僕にとって山陰の旅とは・・・それは「神秘」に誘われる旅といえよう。ちょっと大げさであるが。
 なぜなら、なぜ山陰か?というのが良くわからないからである。なぜ山陰か?ということがわからないということが、「人知でははかり知れない霊妙な」理由だからである。

 どうもうまく丸め込んでいるような気がしないでも無いが、簡単に言ってしまえば、やはり「陰」ということは、「神秘」に繋がっていくと思われ、そこにモテナイ独身エトランゼ(僕のこと)は惹かれていってしまうのである。

 とにかく僕にとって山陰は神秘的と言ったら神秘的なの!(何、力んでんだよ・・・)。

   *   *   *

 今回の山陰の旅第一目標は島根県松江を拠点にして、恵曇というところまで行ってみる、ということである。
 そこに行って商売をしようだとか、発掘調査をしようだとか、綺麗な女性を見つけようだとかいう確固たるものは何も無い。
 何をしようというわけでもなく、只行ってみたいというだけである。

 ところでまず恵曇って何?と思われた方も多いことであろう。
 それは無理も無いことだと思う。その不可解な気持ちお察しする。

 ということでなぜ恵曇なのかということを次に述べることにする。

 まず恵曇は「えとも」と読む。
 知っている方はわかると思うが、松江から北側を望むと山が立ちはだかっている。
 山陰地方は概して北側に日本海があるイメージなので、僕のような太平洋側で暮らしていた素人には、松江も北に日本海が望めそうに思ってしまうが、実際は北には山があるので、一般的山陰イメージとは若干異なる。
 僕はこれまで2度ほど松江を訪れたが、その際一度あの山の向こうに行ってみたいと思っていた。
 恵曇は位置的には、大体松江市の北部にあり、ちょうどその山の向こう側の日本海に接している。
 正式には島根県八束郡鹿島町の恵曇である。

 これで恵曇が松江の北側にあることで行ってみたい理由が少しお分かりいただけたかと思う。
 しかしこれだけでは、じゃあ他の地では無く、なぜ恵曇なんだ?という理由にはなっていない。

 これについては、機会があればいずれどこかでご説明しよう・・・。ん?今しないと結局いつになってもしねえじゃねえかって?
 コホン・・・そうですか・・・じゃ、今します。

 なぜ恵曇かというポイントは、この「えとも」という発音にある。

 僕は古代史に結構興味があり、神話に纏わる逸話も多いこの出雲地方には以前から少なからず興味を抱いていた。
 以前読んだとある本に「出雲」という地名の由来を述べたものがあった。
 大分以前のことで、その本も既に手元に無く、うろ覚えで、尚且つ俗説なので何分記述の不明瞭さ・不正確さもある荒唐無稽な論述をお許しいただきたいが、簡単に言うとこんなようなことであった。

 前提として、その本ではかつての出雲地方に外国から、言ってしまうと聖書に出て来る「エサウ=エドム」の建国した中東の古の国「エドム」の人達の末裔が流れてきたという説が展開されていた。
 その「エドム」が訛りに訛って「エドム---->イズモ」になったという説なのである(ギリシャ風には「エドム=イドマヤ」らしい)。

 ロマン大好きの僕としても、さすがにこれはいささかコジツケすぎはしないか、オヤジギャグの領域を脱しないのではないかと思った。
 実際の単語の発音の問題もあると思うし、まあ面白話の一つだと思って当初は流していた。

 ところが大分たったある日、出雲近辺の地図を見ていた時に、この「恵曇(エトモ)」という地名がバーンと目に入ってきた。
 何ーーー?、エトモーーーー?。
 僕は即、いつぞやの俗説を思い出した。
 「エドム---->イズモ」も何となくそれっぽいかもしれぬが、、「エドム---->エトモ」も、あながち全然遠くも無さそうでは無いか。
 出雲地方に「エドム」に全然遠い名前しか無い、というのでは無く、結構それっぽい地名が実際に存在している、というのも何かあるのでは無いかと思わせるものが十分あった。
 しかも恵曇は日本海側にあり、大陸から外人が流れ着くには、絶好のロケーションのようにも思える。
 実際のところ資料によると「恵曇」の地名は、出雲風土記の一節に恵曇の浜が「絵も言われぬ鞆(とも:弓具の一種)のように美しい」とあったところからきているらしいが(全てあやふやにて御免)、「エドム---->エトモ」だってあり得ないことではなさそうである。

 こうなると俄然俗説もあながち全ておとぎ話では無いかもしれなくなる。

 こうして僕の中では、一躍「恵曇」がクローズアップされてきた。
 恵曇が松江の北側の山に隠された神秘の地、悠久の昔異国の人が流れ着いた地・・・
 そう考えると、何かワクワクしてきて、これは一度行ってみるしかあるまい、そう思ったわけである。

 別に謎を解くなどという大それた事をしなくても良い。とにかく一度恵曇に行ってみたい、そういうなぜか強烈な思いが湧いてきたわけである。

続く。

●上記レポートを読む場合の推奨BGM
                  ミルトン・ナシメント:「ファゼンダ(農場)」(「ジェライス(Geraes)EMI TOCP-50286」収録) 



その2
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