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 Chapter 46 降板宣言(未定稿)

46−1 主役交代を始める


 夏休みの観察会と言えば,「セミの羽化」。もう,すっかり「定番」になってしまったような印象だ。相変わらず参加予約の出足も早く,今年もこの観察会が一番人気となりそうだ。

 そんな中,私は,7月第1土曜の「てがたん」下見&スタッフ打ち合わせ会で,早々に「降板宣言」をした。

 市民スタッフにとっても,セミの観察会は2回目。私も,いつまでもメイン司会に立ってマンネリ化を推進するより,少しずつ後ろに下がり,より多くのスタッフに,メイン司会を経験してもらうようにしたい,と言う目論見があっての「降板宣言」である。「セミの羽化」観察会は,参加者の食いつきが良い。しかも,セミの羽化する様子を見せるだけの,ピンポイントの観察だから,あまり多くの予備知識が無くても出来る。レクチャー20分,観察1時間(+休憩と移動の時間)で,合計1時間半と言うコンパクトなプログラム。セミの羽化の姿が観察できれば,多少のレクチャーの失敗なんか,すぐに帳消しになってしまう。「司会の初心者」にとっても,取り組みやすい観察会だと言える。もちろん,私も完全に逃亡するのではなく,下見に出たり裏方やサブ担当はするつもりだ。

 観察会のメイン司会は,たとえ相手が数人だったとしても,見ず知らずの人たちに向けて,情報を的確に伝えなければならないのだから,やはり緊張度は高い。しかし,こればかりは,経験してみないと,どんなものだか分からないし,自然解説者として自立するためには避けて通れない課題だ。鳥の博物館主催の観察会の中で,そのハードルが最も低いと思われるのが,この「セミの羽化」観察会なのだ。
 観察会のプログラムは前年踏襲。レクチャーの部分を,司会担当の個性や,本人の伝えたいことに合わせて,アレンジすることにした。司会は未経験者2人で担当。2人体制は正解だと思う。いざとなれば司会者同士で漫才も出来るし(笑)。

 博物館の事業は走り続けている。イベントの担い手を育てることも大切なのだが,学芸員も,なかなか時間が取れない。必然的に,イベントを作りながら,スタッフが成長してゆくようなシステムが必要となってくる。サブ担当では得られない経験をする場面を,少しずつ,作ってゆくことも必要だ。

46−2 逃げた「昨年の主役」は……


 私がメイン司会を降りた理由は,実はもうひとつある。
 「セミの羽化」観察会は,7月末か8月第一週の,花火大会の無いほうの土曜日に決めている。この日程が決まった時点で,既に観察会本番の前日,松戸でセミの羽化観察会の講師を予定に入れていたのだ。こちらは1人で約50人を相手に,司会,スライドショー,野外での解説,全部こなす必要がある。ノウハウの蓄積はあって,プログラムを立てるのが楽であるものの,体力的にはきつい。実際,松戸の翌日,我孫子での観察会の日は,喉が痛くてしんどかった。

46−3 今年はセミが遅い


 今年は梅雨時の気温が低かった。5月の気温が高かったせいか,ニイニイゼミやヒグラシは順調に6月末頃から鳴き始めたが,アブラゼミがなかなか出てこない。「セミの羽化」観察会の本当の主役である,アブラゼミの羽化が遅れている。日本のセミは,春〜初夏の頃の気温の積算量によって,羽化の時期が左右されるらしい。6月の低温が,アブラゼミの羽化に待ったをかけてしまった形だ。
 観察会本番の4日前に行った下見会では,アブラゼミの幼虫は数匹しか見つからなかった。でも,ゼロではない。過去3回,もう,本当に「そこいらじゅうで羽化している」と言う状態だったことを考えると,かなり寂しいが,しかたがない。観察会が実施可能だと言うことが分かっただけでも,良しとしなければならない。

 我孫子での観察会の前日,7月28日に松戸で行った観察会では,ミンミンゼミ,アブラゼミ,ニイニイゼミと,3種類のセミの羽化を見ることが出来た。松戸でこのぐらいの状況なら,我孫子も大丈夫だろう。

 翌29日。夏としては涼しい曇天。梅雨が明けたような,明けないような,変な日々である。この気温で,セミが羽化してくれるのか,心配になる。メイン司会ではないので,観察会開始ギリギリまで,セミの幼虫を探す。土の中から外の様子をうかがっている幼虫を発見。とりあえず,安心した。

 例年通り,超満員のレクチャールーム。学芸員の挨拶の後,スタッフ紹介。その後のスライドショーの解説は,私ではない。私とは違う切り口で話を展開する。やはり,人が変われば,伝える話も変わる。観察会はサイエンスの情報を提供する場なので,基本的な情報は変えようが無いが,視点を変えれば,いろいろな切り口で,いろいろな演出が出来る。これならもう,「マンネリ」とは言われないはずだ。

 屋外に出てセミの幼虫を探し始めたら,メイン司会もサブも関係ない。結局,20匹ぐらい幼虫を見つけた。羽化数の多かった昨年よりも,「持って帰りたい」と言う要求が強いのには,少々参った。希少性を感じてしまったかな?
 捕獲してしまうと,観察会の時間中に羽化途中の姿が見られないので,我慢我慢。
 無事に,真っ白なアブラゼミが翅を伸ばす様子を観察することが出来た。子ども達よりも親のほうが感動している様子。熱心にビデオを撮っているお父さんも居た。

46−4 「鳴く虫」は難しい


 夏休みにはもうひとつ,単発の観察会がある。「鳴く虫観察会」だ。夕涼みをしながら,コオロギやキリギリスの仲間の声を聞く,優雅な観察会。昨年は9月第1週に開催したが,夏休み時期にやって欲しいと言う希望もあったので,今年は8月最終週。親子での参加予約も多く,予約のほうも難なく定員に達した。
 この観察会も,私は「逃亡」。企画会議と下見とパンフレット作りだけの参加。
 「鳴く虫」は,テーマが絞り込まれているので,一見,観察会を作りやすそうに見えるが,これがなかなかの難物。虫の声を識別するのは,意外と大変なのだ。しかも,声の観察中は,虫の姿はほとんど観察できない。耳だけの観察は,子どもが飽きやすい。
 我孫子にはコオロギやキリギリスの仲間だけで,20種類以上の「鳴く虫」がいる。これを一気に覚えるのは,非常に困難。担当スタッフも,十分に声の識別が出来ていないのが現状だ。そこで,家の近所でも良く鳴いている種類に絞り込んで解説し,代表的な数種類の声を,しっかり聞こうと言う形にした。帰宅後,すぐに使える知識を提供する,と言うやり方は,地域に根ざした観察会ならではのテーマ設定だ。自宅の庭で鳴いているコオロギの名前が1つでも2つでも分かるようになれば,毎晩,ちょっと得した気分にもなれる。

 子どもを飽きさせず,大人も満足する,多彩な仕掛けを盛り込むのも,忘れてはいない。
 まず,明るいうちに集合し,博物館の周りで虫取り。鳴く虫の姿を先に観察してしまう。虫取りは子どもの活躍の場だったのだが,最近では,「元昆虫少年」たちのほうが元気かも知れない。虫に触れない子に無理強いしてはいけない。触る勇気がなくても,間近で生身のコオロギを見る機会なんて,滅多に無いだろう。
 次に,多目的ホールでスライドショーと音声データを使って,鳴き声観察の「予習」。このときに,さきほど捕獲した虫たちをケースに入れて部屋に置いておくと,鳴き出す虫が必ずいる。鳴きだしたら,本物の声を観察すればいい。虫の鳴く姿が観察できるのも良い点だ。

 キリギリス類や一部のコオロギ類については,出している音の周波数が高くて,どうしても高齢者が聞き取りにくいと言う問題もある。学芸員が「周波数チェッカー」をダウンロードして,スライドショーの途中で,どの程度の高さの音まで聞こえているか,各自,チェックしてもらうと言う趣向もあったが,年配の方には「厳しい現実を思い知らされる」と言う一面もあり,演出用素材としては,高齢者の混ざっている聴衆向きではなかったような……。
 実際の観察時には,高音の聞き取れない人のための補助と,虫の声の周波数を「見せる」目的で,バットディテクター(超音波変換機)を使っている。周波数を落として聴く機械だから,本当の音ではないのだが,虫の声のリズムなどは把握しやすくなる。ウマオイの声を紹介するときなどに,活躍してくれる。バットディテクターを虫の声の観察に使うアイデアは,この「虫の声」観察会シリーズのスタート当初に私が提案したもの。最初は,キリギリス類の出している音の高さを見てもらうのが第一の目的だったが,今では,高音の聞き取りにくい人のための装備として欠かせない。観察会の「ユニバーサルデザイン」を考える上でも,こうした細かい配慮は,今後,ますます必要度を増してゆくことと思う。
 もちろん,アブラコウモリの声もしっかり観察できる(これが本来の使い方なのだが…)。

 家の近所でも聞こえる基本種を徹底的に聞くことで,担当者の負担も軽くなり,参加者にとっては,家に帰ってすぐに使える,実践的な情報を手に入れることとなった。


 担当者が変われば,観察会の雰囲気も変わる。
 担当した人それぞれに,得たものもあり,反省点もあり。……それで良いのだ。

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