(→「博物館で遊ぼう!」の先頭へ)
(→前のページへ)
(→次のページへ)
(→Home)

 Chapter 41 「カリスマ」はいらない(未定稿)

41−1 「人作り」の模索


 2006年も,あわただしくお正月を迎えた。
 博物館の活動のほうも拡大中で,だんだん,手が回らなくなっている。私が忙しくなったのも1つの理由だが,もっと大きな理由は,イベントの数も担い手も,どんどん増えてきているためだ。アウトドアのイベントは大体把握しているが,室内イベントを全て網羅するほど把握できていない。……もっとも,私が市民スタッフの活動を全てを把握して,全てのイベントに顔を出す必要も無いのだから,活動が拡大すれば,こうなるのは当然の成り行きなのであり,喜ばしいことでもあるのだが……。

 この時期になって,「市民スタッフ研修会」に出席できないことが増えてきた。
 研修会は,「人作り」の中核であり,我孫子市の「市民スタッフ制度」でも開催が義務付けられているものであるが,事実上の企画言いだしっぺが顔を出せないのは非常に心苦しい。昨年5月に市民スタッフの公募をした段階で,今年度分の6回の研修会のテーマの割り振りとプログラムの原案を学芸員に提案していたのだが,それがそのまま改変も推敲もされずに学芸員の手元で生き残って使われているのも心苦しいところだが(苦笑),今のところ,その原案を元にレジュメを作っておけば,研修会は私が出なくても楽に開催できる。ただ,この原案は,野外での観察会事業の運営を主目的にしたプログラムなので,室内イベントや調査研究活動などの展開によっては,別の研修プログラムが必要になることは,間違いない。

 1月のテーマは,地域の自然の特性を活かし,我孫子らしさ,我孫子の自然の特徴が見えるような観察案内について考えてみることと,アウトドアに出てからの下見会では,「一芸名人」のすすめと題して,観察会中に小ネタを入れることを提案し,小ネタの研究。2月は,自然保護をどうやって伝えるか,白鳥への餌付けによって起こっている問題をネタに事例研究をして,アウトドアでは,子供を惹きつけるような「見せ方」「演出」の工夫について。このテーマ設定は,既に次年度の活動計画を見込んだ内容だ。

 結局,1月の研修会は出席できたが,2月は欠席。

 研修会の司会は,基本的には学芸員にやってもらう(「市民スタッフ研修」は本来,市の職員が教える側に立つべきなのだ)ので,あえて私が前に出る必要は無いのだが,これまで,学芸員よりも私のほうが観察会のノウハウがあると言う理由で出しゃばっていたが,研修会の担い手も,学芸員に返還したいと思う。将来的には,「先輩」の市民スタッフが新しい市民スタッフに教えたり,市民スタッフ同士で勉強会を開くような形も,考えてゆきたいところだ。

 「市民スタッフ研修」は,「人作り」の中核的な活動であるだけに,今後,さまざまな形を工夫して,「人作り」に力を入れてゆければ,と思う。

41−2 誰もが主役になれるときを


 定例探鳥会「てがたん」も,この4月で2年経過する。
 「てがたん」の1年目は,定例イベントの形を作り,市民に定着させることに腐心した。
 2年目となる2005年度は,「市民スタッフ」を加え,定例探鳥会を自然解説の研鑽の場として,また,新しい試みを行うためのアンテナショップ的な使い方をしたり,さまざまな形で,スタッフの「ホームグラウンド」として活用してゆく方向を模索した。

 3年目には,何を考えているか。
 より,市民が参加しやすいイベントへと,手直しをしてゆく計画である。
 予約不要,毎月第二土曜午前10時スタートと言うスタイルは,思い立ったらすぐに参加できるイベントを目指した設定だった。しかし,3年目ともなると,マンネリ化との戦いが始まる。「いつでも参加できる」が,「いつ参加しても同じ」と言うことにならないよう,工夫が必要になってきた。
 「マンネリ化対策」として,私が打ち出した作戦が,「中身の見える観察会」。
 「てがたん」は,定例探鳥会と名乗っているが,同じ場所で鳥を眺めているだけではない。花や虫など,季節に合わせ,そのときに最も「旬」なものを紹介し,「博物館の野外展示」としての機能を果たすように工夫を凝らしている。毎月参加しても,毎回,中身が違うのだが,現在の開催告知では,その「中身」が良く見えない。
 そこで,毎回サブテーマを設定し,それにまつわるエピソードの紹介や小実験などをいくつか,「小ネタ」として,探鳥会の時間中に行おうと言う計画だ。そして,この「小ネタ」を,市民スタッフが1つずつ担当する。スタッフは「一芸名人」になれば良く,準備もそんなに負担にならない。そして,小ネタを披露するときは,観察会の「主役」の座につく。こうした形で,観察会にメリハリを持たせ,いろいろな人が共同作業をして観察会を作り上げてゆくスタイルにする。そして,このサブテーマを,開催告知にも出してしまう。

 「中身の見える観察会」と,誰もが主役になれる「担い手の分散」を,同時に実現させようと言う目論見だ。参加する側にしてみれば,「今月はこんなことをやるから参加してみようかな」と言う参加動機を作ることになるし,スタッフ側としては,より多くのスタッフに自然解説をする機会を与えることが出来る。

 その試行を,さっそく,2月の「てがたん」で行った。
 サブテーマは「冬の生き物,春の生き物をさがそう」。
 まず,博物館前の田んぼの北斜面と南斜面で,地上1.5mの気温と地表すれすれの気温を比較し,陽だまりの効果を確かめる。北斜面では地上1.5mの気温より地表の気温がやや下回ったが,南斜面では地表の気温は10℃以上高くなっていた。そして,その暖かい空気のあるゾーンに,ホトケノザやオオイヌノフグリの花が咲き,ナナホシテントウが動いていた。
 次に,ロゼットの解剖。ロゼット型になって冬をすごしている植物を1つ失敬し,茎が無いことを確認して,葉が何枚ついているのか,調べてみた。
 さらに,簡易COD検査キットを使って,手賀沼の水質検査。カモに餌付けをしている場所と,餌付けの行われていない場所のCODを比較し,餌付け場所のCODが異常に高いことを確認してもらった。
 そして,1月から「定点観察」をしているハンノキ。1月には赤いつぼみが目立ったハンノキ。2月には,黄色い花粉をたくさん飛ばしていた。スギもこの時期に花粉を飛ばすのだが,この時期の花には風媒花が多い。風媒花の特徴や,風媒花と季節の関係などを解説して,続きは来月に。この「定点観察」ネタは,他にも何種類か計画中だ。毎月,同じ場所を観察する定例イベントならではの,時間軸を活用した観察だ。

 これらの「小ネタ」を,複数の市民スタッフで分担した。
 人前で喋るのは,どうしても勇気が要る。でも,総合司会進行は学芸員がやってくれているので,自分の持ちネタを披露するときだけ,人の前に出る勇気があれば,意外とすんなり,自然解説を仕切ることが出来る。これをきっかけに,ネタをどんどん増やして,自然観察の楽しみやちょっとした知識を人に伝えることの面白さを,多くのスタッフに経験してもらえれば,今後のイベント展開にも弾みがつく。もちろん,道案内専門の人,参加者の話し相手を中心に動く人の存在を否定するものではない。人前に立つのが苦手な人だっているし,観察会の運営には,さまざまな役割分担がある。さまざまな役割を用意すれば,どこかに,自分に適した役割が見つかる可能性が上がるし,将来的に観察会の企画やメイン司会担当に適した人を見つけるチャンスも拡大する。

 今回も私はサブ担当。後方支援に徹した。

41−3 「カリスマ」を作らない


 鳥の博物館主催の自然観察会を始めよう,と言う計画をスタートさせてから,まもなく丸3年。この3年間に,私の立場や行動も,少しずつ変化してきた。
 最初の1年間は,とにかく,観察会事業を軌道に乗せることが目標だった。子どもから大人まで楽しめる観察テーマ,観察会スターとの前年から本格的に始まった「総合的な学習の時間」にも対応すべく,子ども達の「調べ学習」に適合するような観察内容の工夫,そして,学芸員の観察会に対する考え方の方向付けと自然解説のスキルアップ。ほとんどの観察会で,自然解説の中心に立って,観察会作りをリードしてきた。
 2年目は,観察会の市民へのさらなる浸透と,今後の「担い手作り」などのための活動拠点として,定例探鳥会をセットアップ。それと並行して,体験学習室での科学工作イベントを中心とした,室内イベントの拡充。これで,市民向けイベント事業の大まかな枠組みが形になった。
 そして3年目には,「市民スタッフ」の導入により,「担い手作り」とイベント事業の拡充が本格的に始まった。

 次の一手は,どうするか。
 博物館のイベント作りの中心を「市民スタッフ」にシフトし,「市民が語り,伝え,受け手となる市民も楽しむ」と言うスタイルを定着させる方向で,プロデュースしてゆくことが,次の目標だ。
 学芸員の数は限られている。学芸員が主体になってイベント運営をしていると,すぐにマンパワーの限界に達してしまう。また,少人数の中から生まれるアイデアよりも,たくさんのスタッフが,各自の得意分野を生かした多彩なアイデアを出し合い,それを1つ1つ具現化してゆければ,より多彩なイベントを作ることが出来るし,イベントの本数も増やせる。

 その中で特に気をつけているのが,「カリスマ」を作らないこと。
 鳥の博物館のイベントは,送り手も受け手も「市民が主役」であることを,強く推したい。

 日本には,いろいろなスタイルの自然保護団体や自然観察会を行う組織が存在する。特にローカルの自然保護団体では,超人的な活動を見せる人がコアになり,その賛同者が周辺を固めたような組織が少なくない。また,その筋の「有名人」をトップに据えた組織も見られるが,有名人のネームバリューによって,組織の宣伝力は期待できるし,人を集める力もあるが,やはり,カリスマ的人物の名前に頼った組織運営は,人材が育ちにくい面もあり,組織的には弱いと言うのが私の印象だ。
 鳥の博物館は市の公共施設である。開館時には,ネームバリューのある館長を据えていたが,今はそういう時代ではない。スタッフも,市の職員である以上,異動がある。どんな組織であっても,長い目で見れば,人が変わり,体制が変わってゆく。役所も例外ではない。
 このような組織で,どうやって,コンセプトを継承し,事業を継続し,盛り立ててゆくかを考えた場合,いろいろな人が出入りしながら,なるべく多くの人の手によって,組織を動かしてゆくのが最も有利である。もし,博物館のイベント事業が,1人の超人的な担い手によって多くを賄っているような運営をしていたら,どうなるだろう?その人が居なくなったら,いきなり事業が成り立たなくなるかも知れないし,事業の幅もあまり広げられないだろう。
 理想としては,市民のための博物館を市民が作り,運営するスタイル。学芸員は,「博物館のプロ」として,市民の舵取り役を担う。職員数の少ない,小さな博物館であるほど,市民の参加による運営によって,博物館事業を支えるようにするべきではないだろうか。

 博物館に「カリスマ」の存在は不要なのだ。

 私が少しずつ,観察会のメイン担当からサブ担当に下がっている理由の1つが,「カリスマ」にならないための方策なのである。「カリスマ」や超人的な担い手がいると,どうしても,その人に頼ってしまって,人材が育たない。博物館のイベント事業を始めたときから,この事業がある程度軌道に乗ってきたら,後ろに下がって,後方支援に回るぞと,学芸員に宣言していたのも,こうした将来展望があったからこそ出てきた話なのだ。……後方支援だって,大切な役目だ。「プロデューサー」とか「スーパーバイザー」とか名乗れば,ちょっとカッコいいかも知れないが,要は裏方であるが。全てから手を引くわけではない。観察会に出るときは,「市民スタッフ」の一員として動けば良いだけのこと。もちろん,何か困ったときには,すぐに支援するし,そういう安心感を他のスタッフに与えるように出来れば,私の役目は十分に果たせていると思う。

 とりあえずの目標として,出来るだけ多くのスタッフが,観察会や室内イベントの参加者に,名前と顔を覚えてもらえるようにしたい。「先生」と呼ばれるより,「○○さん」と呼ばれるようになって欲しい。こうした,人と人との距離の近さも,「カリスマ」を立てない観察会のメリットの1つだ。そして,「○○のことなら**さんに聞こう」とか,「△△のイベントの担当が××さんだから遊びに行こうかな」と言った,いろいろなスタッフの魅力で人が集まるような形も,面白いのではないかと思う。ここまで市民とのパイプを太くするには,スタッフ1人1人の人柄や能力も試されることになるが,これは決して無理難題ではないはずだ。

(→「博物館で遊ぼう!」の先頭へ)
(→前のページへ)
(→次のページへ)
(→Home)