続・「野鳥識別検定」の謎〜資格ビジネスを考える〜


 この文章は,Vol. 36「野鳥識別検定」の謎の続きです。
 出来たら,Vol. 36を先にお読みください。


 Vol. 36では,(財)日本野鳥の会が,今年(2001年)中に,「野鳥識別検定」を立ち上げるようだが,果たしてこのような検定が,自然保護に資することが出来るのだろうか,と言う疑問を投げかけました。
 調べてみると,自然観察や自然解説の周辺には,さまざまな資格,講習会などがどんどん作られていることがわかりました。
 自然観察関係で比較的歴史の古いのは,(財)日本自然保護協会の「自然観察指導員」でしょうか?但し,この「指導員」は,資格認定制度と言うよりも,「指導者になるための基礎的な講座&実習」であって,2泊3日の講習会の受講後には,誰でも「自然観察指導員」となり,各地の指導員連絡会などを通じて,自主的に活動を広げてゆくようになっています。講習会はあくまでも「はじめの一歩」のための講座であり,あとは「指導員」の肩書きをもらった人の意欲と努力に依存している部分も大きいようです。
 比較的新しい資格として,森林インストラクター,樹木医,ネイチャーゲーム指導員など,名前ぐらいは聞いたことのある人は多いと思います。この手の資格には,受講者にすべて資格を与え,主催団体をサポートする技術者を養成すると言う意味合いの強いものや,合格率の低い試験によって,有資格者を厳選するものまで,さまざまなものがあります。2000年よりスタートした「緑・花試験」は,試験の成績によって,5級までの「級」が認定される,階級制のある認定試験です。

 いずれの試験・資格にも言えることは,個人の資質向上の目標として,良い目標になりうると言うことだと思います。実際,「老後の楽しみ」として受験する人や,「資格取りの楽しみ」を目的にしている人も少なくないと思います。

 その一方で,こうした資格をビジネスチャンスに利用する動きもあります。

 たとえば,自然保護団体や自然観察施設などに所属しない,フリーの「プロの自然解説者」。彼らの資質の裏付けとして,こうした資格が利用されます。「プロの自然解説者」と言っても,それを明確に規定する国家資格は,今のところありません。したがって,彼らが自身を売り込むための道具として,こうした資格を肩書きとして利用するわけです。「プロの自然解説者」に自然解説を委託するのは,多くは企業です。企業もイメージアップのために彼らを利用することが多いわけですから,いろいろと肩書きがあったほうが,契約するときにも分かり易い。……と言うか,自然解説者について熟知している企業があまりにも少ないので,そのぐらいしか判断材料が無いのも事実でしょうし,自然解説の事情がわかっている人材を抱えている企業なら,自前でそう言う人を使えば済むでしょうしね。
 私も,とあるプロの自然解説者の名刺や肩書きを見せてもらったことがあるんですが,受講すればもらえる肩書きや,お金さえ払えば得られる,「○○学会会員」のようなものまで,涙ぐましいほど肩書きをずらずら並べている例とか,出てゆく場所によって「プロ・ナチュラリスト」を名乗ったり,「野鳥研究家」や「昆虫研究家」になったり,「自然愛好家」に化けたり,さまざまに肩書きを変えて活動している例も見ました。フリーで自然解説などをやる場合,売り込みの手段として,自分で自分に箔をつけるようなことをやらなければ生き残れないのか,それとも,彼らを使う立場の人間が,肩書きを要求しているのか,その辺は定かではありませんが,いずれにせよ,さまざまな肩書きが使われているわけです。……仕事上の肩書きを自分でクルクル変えるなんて,サラリーマン的な目で見ると不節操な気もしますけどね。
 いずれにせよ,肩書きを「メシの種」として使う人がいることと,その肩書きの効力が発展途上であることは想像がつきます。いずれ,プロの自然解説者を雇う企業なり,プロの自然解説を受ける人たちの目が肥えてくれば,この辺の事情は,もう少し良くなってきて,本当に実力のある人が残ってくると思います……いや,そうであって欲しいと希望します。

 自然関係の資格には,もうひとつ別ののビジネスチャンスがあります。
 それは,資格試験を受けるための「受験講座」産業。
 もちろんこれは,自然系の資格に限ったことではありませんが…。

 既に「森林インストラクター」や「緑・花試験」等の受験対策用の「攻略本」は,いくつも出ています。さらに,「受験必勝講座」みたいな,通信教育や講習会もぞくぞくと登場しています。試験そのものも,1人数千円の受験料を要求し,その一部は試験の主催団体の収益にもなっているのでしょうけど,受験講座は安いものでも1万円前後,高いものは数万円かそれ以上と言う料金設定となり,こうした「関連産業」を潤します。

 資格試験の周囲には,さまざまなビジネスが生まれるわけです。

 …となると,学校の受験のように,試験にパスするための小手先の技術が編み出されたりして,資格本来の目的とは違った方向に発展する部分も,どうしても出てくるでしょう。本来の「自然観察」とはかけ離れた場所でのビジネスではありますが,こうしたものも含め,「自然観察」がビジネスとして動き始めているのは事実です。

 どこの馬の骨かわからぬボランティアよりも,高いお金を払ってでも,肩書きのある人を選ぶ傾向は,自然観察会の現場でも感じられます。非常に端的な話,私が平日の肩書きを非公開にしてボランティアで行っている観察会や探鳥会では,ここ数年,参加者が減り続けていますが,肩書きを持った人が案内をする観察会では,着実に需要が伸びています。そう言えば,数年前,私が肩書きを公開していた自然系サイトも,自然系としてはかなり多くの支持者を集めていたことを思い出しました。
 事情のわからない「自然観察の初心者」が,どこかで観察案内をお願いするなら,たとえ肩書きの内容が十分に理解できなくても,やっぱり肩書きのある人や「プロ」を名乗る人に魅力を感じるでしょう。最近の探鳥会や観察会の参加者の動向を見ていると,基本的にボランティア運営となっている,日本野鳥の会の各地の支部で行われる探鳥会も,ちょっと岐路に差しかかっているようにも思えます。そういった意味でも,アマチュアの自然解説者にも「資格」があったほうが良い,と言う時代が来る可能性は,十分に考えられます。もし,何らかの自然系の有資格者が手弁当で,格安の費用で自然解説してくれるなら,魅力を感じる人も多いと思いますよ。

 マーケットのある場所に,ビジネスチャンスがある。これは間違いありません。自然観察も,そう言う意味では例外ではないのです。しかし,自然観察の対象は,あくまでも自然環境。自然環境こそが,このビジネスの最大の資本であり,共有財産であるわけです。いかに自然環境を食いつぶさずに,自然を愛好する人の支持を広げてゆくのか,と言った技術も,プロ,アマを問わず,重要視されてゆくべきではないでしょうか? もし,そうなったときに,十分に役立つ「資格」は何だろうか?……この辺が,将来を見越した「自然観察系の資格」を選ぶ際の,ヒントになると思います。
 どうせ資格を取るなら,10年後,20年後に生き残れる資格を取りたいでしょうから…。


(2001年04月21日記)

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