シングルレンズの実用性を考える (現在進行中)
いまさらシングルレンズ?
17世紀初頭に発明,実用化された屈折望遠鏡は,当然のことながらシングルレンズでした。ガリレオ,ケプラーの時代はもちろん,18世紀末に2枚のレンズを合わせて色収差を抑える「色消しレンズ」が発明されるまでの百数十年間,シングルレンズによる屈折望遠鏡が使われていたわけです。
シングルレンズ時代の屈折望遠鏡は,色収差との戦いの歳月でもあったようです。今でもおもちゃの望遠鏡で,対物レンズの口径を絞ると像がシャープになる,と言った話がありますが(実際,学研の科学の付録の屈折望遠鏡はシングルレンズで,口径を絞ることの効果が本に記載されています),「口径を絞る」=「Fを大きく取る」ことで,色収差を軽減できることは,300年以上前のシングルレンズ望遠鏡全盛期の時代にも,良く知られていたようです。より大きい口径で,色収差を避けるには,思い切り焦点距離を伸ばす必要があり,ヘベリウスの「空気望遠鏡」のような,口径10〜20cm程度で焦点距離が数十mと言った,長大な望遠鏡が作られました。「空気望遠鏡」とは,対物レンズが鏡筒を作るにはあまりにも長大な焦点距離を持っていたために,対物レンズと遮光環だけを持った,開放型の構造を持った望遠鏡として製作されたものです。しかし実際のところ,焦点距離10mを越える望遠鏡の操作は,想像を絶する難しさだったと思われます。
逆に言えば,小さなシングルレンズなら,それほどFを大きく取らなくても,そこそこに色収差を抑えることが可能である,とも言えます。
そこで,ふと考えたのです。どの程度の口径とF値を選べば,実用的なシングルレンズ望遠鏡として成立するか?ちょっと興味が湧いてきました。
私より年代が上の天文オヤジ,失礼,元天文少年なら,少年時代に直径3cmぐらいのシングルレンズとか,お古の老眼鏡などを利用して,望遠鏡を作り,月のクレータに感動した経験をお持ちの方も少なくないと思います。
また,伊能忠敬が測量に利用していた望遠鏡も,岩橋善兵衛の手によるもので,レンズも善兵衛自らが磨いたシングルレンズを用いたものでした。この望遠鏡は最大外径8cm,伸縮式の鏡筒を最大に伸ばすと165cmぐらい,とのことですから,リレーレンズに拠る正立光学系の長さを考慮しても,口径3〜4cm,焦点距離1mを少し超えるぐらいのスペックだったと思われます。
このぐらいのスペックが,小型のシングルレンズ望遠鏡の,最も使いやすい寸法ではないかと思います。
そんなこんなを踏まえて,実験です。
レンズはどうする?
焦点距離の長いシングルレンズって,実は意外と見つかりにくい。
昔なら,老眼鏡の廃品でも使うところなのですが,いまどき,光学ガラス製の老眼鏡レンズなど,お目にかかれません。プラスチックレンズが当たり前の時代。しかも,中国製の安い眼鏡レンズが大量に流入しています。……ちょっと望遠鏡用途には,不安が残ります。
そこで目を付けたのが,写真用のクローズアップレンズ。クローズアップレンズには,焦点距離に応じてNo.が付いていますが,1000÷No.で,そのレンズの焦点距離が計算されます。No.1は1000mm,No.2は500mmの焦点距離を持っているわけです。
#なお,No.の後ろに"AC"が付いているのは,アクロマートレンズです。これを利用すれば,気軽に小望遠鏡が作れます。
いろいろと考えた結果,フィルターサイズ55mmのクローズアップレンズNo.1を買ってきました。カメラ量販店で1320円ナリ。このレンズの有効径はちょうど50mm。焦点距離は1000mmですから,適当に絞り環を入れれば,あれこれ実験出来るはずです。レンズはマルチコートですから,ちょっと贅沢な感じです。
この手のクローズアップレンズは,今,簡単に入手できるシングルレンズの中では,最も精度の高い部類に属するのではないかと思われます。
実験用鏡筒
鏡筒の工作です。
すぐに分解したり,工作の出来るような作りにします。
全体像です。
鏡筒本体はVU50塩ビ管で,内側に艶消し黒スプレーを吹いてあります。
対物部,接眼部共にVU50ジョイントをはめています。
対物側です。VU50ジョイントの内側に植毛紙を貼って,クローズアップレンズを押し込んでいます。クローズアップレンズは片凸レンズで,曲面のほうを前に,平面のほうが後ろになるようにセットしています。
対物絞りです。VU50管の輪切りに,黒画用紙で,直径40mm,33mm,30mmの絞り環を作って内側を遮光処理しています。
さきほどの対物セルの前に,こんな感じで押し込んで使います。レンズの直前に絞り環が入ります。
接眼部です。なるべく簡単に,既存のものがくっつくように考えています。
VU5ジョイントの中にBORGのM57/60延長筒S(7602)を押し込み,M57ネジから,いろいろなパーツを付けられるようにしています。
写真では,ミニドローチューブ,36.4mm天頂プリズム,直進ヘリコイドS,アイピースと繋いでいます。
各パーツをバラしてみました。鏡筒バンドは5cmF14屈折のものを流用しています。
見てみましょう…
さっそく,土星を見てみました。PL25mmを使って,倍率は40倍。
5cmF20の状態では,まず,どこにピントが合っているのか,良く分かりません。波長によって,ピント位置が違うので,とりあえず視感度の高い黄色近辺でピントが合う位置にしてみました。土星の本体はもちろん黄色に見えます。環も見えています。それよりずっと気になるのが,ピントの合っていない他の波長……この場合は緑〜青あたりが特に,巨大なフレアのように土星像の周辺を虹色に染めています。コントラストは非常に悪い。……なるほど,色収差って大変なのね〜,と実感します。
そんなことに感心していても,見え味が良くないものは楽しくありません。そこで,用意していた絞り環をはめて,比べてみます。
まず,40mmに絞って,F25……フレアの傾向は,あまり変わりませんが,ちょっと暗くなったかな。色収差,コントラスト共に満足の行くレベルではありません。
次に,33mmで,F30……さすがにフレアはほとんど消えますが,像も暗くなります。まだ,明るい星の周りに青い色の滲みがきつい。もう少し低倍率にしたら,実用性があるかも知れません。
さらに,30mmまで絞り,F33……あー,これなら許容できるかな。アクロマートの短焦点屈折と似たような傾向です。比較的色調もスッキリしてきました。天体観望用途なら,このぐらいまで絞らないと実用性が無いようです。
その後30mmF33で木星も見てみましたが,木星の周囲に少し色滲みが見えますが,縞が2本確認出来ました。この領域で,やっとこ「天体望遠鏡」らしくなってきました。昔の人の経験則的スペックに落ち着いたわけですね……。
今後の展開は?
とりあえず使えそうなので,月とか土星とか,撮影しやすい対象で,天体撮影を試みたいところです。撮影結果を見ていただければ,納得してもらえる部分もあるのではないかと思います。
シングルレンズ単体で,あれこれ実験した後は,レデューサーとかエクステンダーなどを利用して,収差を軽減させる方法でも考えてみようかと思います。せっかくの5cmですから,この口径をフルに使う方法が見つかれば,それに越したことはありません。
あるいは,ミニサイズの空気望遠鏡を作ってみるとか,ガリレオ,または岩橋善兵衛のレプリカみたいなものを作ってみるとか,そういう思いつきもあるんですが,実現するんでしょうか。
今後の展開に御期待ください。
また,この望遠鏡を利用したアイデア,このレンズの活用法など,思いついたら教えてください。
……で,続く