ちょっと気障な言い方をさせていただくならカクテルは、一人の人間のようです。
ベースとなる酒があり、それに対して加えていく酒によって甘くも辛くもなる..
澄み切った綺麗な色をした酒には、心を浄化してくれる作用があるのかもしれません。


グラスをクリックすると変化が始まります。再度クリックで変化が止まります。



Angel Eyes

紫水晶(アメジスト)の色した澄んだグラス越しの、
天使の瞳に、乾杯。


今夜はとっておきの話をしましょう。お話しする小説の題は「接続された女」です。
おっ来た来た、と思われた方は、SF通でいらっしゃる。
そう、今でも「私の好きなSF」と云うアンケートをやると、必ず上位に来ると言われる、あの、短編です。 (ハヤカワ文庫SF「愛はさだめ、さだめは死」J・ティプトリー・ジュニア著 収録※)


...どこから話し始めるのが妥当でしょうか。

主人公は二人。類い希れなる美しさと可憐さを持つ少女、デルフィ。ある日社交界に突然デビューした彼女は、地上に降りた天使の名を欲しいままにします。
もう一人の、そして本当の主人公、P.バーグ。彼女もまた多感な少女です。けれど残酷なる運命の神はバーグにこれっぽっちの美しさも与えませんでした。

デルフィは実は、人工的に培養され優良な形質のみを発現させた改良クローンでした。自分では何もできないのはもちろん、目覚めることもない何の人格もまだ植えつけられていない、白痴の天使。
ある日からバーグは、そのデルフィのボディに接続されることで、新しい人生を踏み出したのでした。

そう、そして(もちろんですが)、デルフィになったバーグは恋をします。相手が誰かはこの場合さほど重要ではありません、やはり上流階級の御曹司とでもしておきましょう。
...もうおわかりですね。バーグは恋をしたのです。けれど、相手が愛しているのは自分ではない、デルフィなのです。

そして物語は定められる運命のまま、悲劇へとなだれ込みます。..ラストシーンは、語りません。ただただ、運命に翻弄されることの悲しさと、それに精いっぱい抗おうとする恋する者の想いに、..涙し、そうして、思うのです。

..人が人らしく生きるというのはどういうことなのだろう、と。
著者J・ティプトリー・ジュニアは、作品の中で繰り返し問うています。人とは、人の心とは何か、と。バーグの肉体が死んだあとも残る想いは、(おっと失礼)その「何か」を訴えかけ、読む人の心を直接揺さぶるようなメッセージを残します。それが、この短編をただの恋愛小説を超えたものにしています。人としての尊厳とは、人が人であることがどれほど気高く、なにものにも侵されないものであることかを、...どうか感じとっていただけたら幸いです。


※収録本題名未確認です(「たったひとつの冴えたやり方」だったかもしれない)
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