...おぉい、ジャズ屋が何を突然、と言われそうですが、近頃クラシックを聞きに行く機会がありまして。この間聞いたのは、マーラーの交響曲第1番「Titan(巨人)」でした。 クラシックファンの方もいらっしゃると思うので門外漢があれこれ言うのは控えたいところですが、…ちょっとだけ、御辛抱を。 気が付いたら、旅の途中にありました。 重厚にして華やかな、そしてどことなくエキゾチックな旋律、刻むリズム、圧倒的に押し寄せる金管と打楽器の波、目まぐるしく受け渡され手渡されていく主題...。 演奏が始まってしばらくたつと、絵が見えてきます。 それは、絵画の前に立ってしばらく見ていると、やがて絵が語り始めるのと同じように、小説を読み進めて行くうちにその世界が現実ととって変わり始めるのと同じように、やってきます。 マーラーの音楽は、異国への旅でした。 大河を下り、石造りの街並みを抜け、壮麗な古城の広間に立ち、…遠くで聞こえる騎馬のひづめの音、外国語で交される人々の声、市場のさんざめき。 旅に出ると人は、たった一人、見知らぬ土地の石壁の連なる向こうに、自分の心を見ます。懐かしい昔と見えない未来が同時に訪れる場所でもう一人の自分と向き合うのです。ほとばしる歓喜も、胸に迫るさびしさも、そこにはありました。 腹に響く低音で弾かれる旋律、弦のピチカート、木管のそれぞれの音色、銅鑼(どら)が打ち鳴らされ、フルオーケストラが信じられない程の音量でうねり、そして、ラクダの背に揺られるように小舟で河を下るように奴隷たちの担ぐ輿に乗ったように、周囲の風景が流れ、風が耳もとでうなり、沈む夕日を見、さらに遥かな空の向こうに思いを馳せ、… あっと言う間の時間でした。 音楽がまだ音楽だけで人々を魅了していた頃、…クラシック音楽には、現在のポップスには稀薄になってしまった魔力が秘められている、と思いました。 あの本の話もしておきましょう。 グレッグ・ベア「無限コンチェルト」(ハヤカワ文庫SF)は、その魔力によって構築された世界の物語です。 この話は、ぜひご一読を、と言うにとどめておきましょう。 ところで、メンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」を聞いた時だったのですが、ソリストが最初のテーマを弾き終わってオーケストラに受け渡した瞬間、反射的に手を叩きそうになって冷や汗をかきました…だからジャズ屋は下品だの何だの言われるんですねぇ。(ジャズでは、ソロが終わったら拍手するのです) |