「頼朝」創作ノート2

2001年6月〜

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06/01
昨日と今日と、連続して文化庁の会議に出席。昨日の会議は午後だったが本日の会議は午前中で、夜型人間のわたしとしてはつらいところだが、午前中に会議が終わると、仕事をする時間がたっぷりあるので嬉しい。いま、伊豆に流された門覚が頼朝と語らっているところ。同席者は頼朝の側近の安達盛長と、怪しの人物の梶原景時。梶原景時は、「炎の女帝」の藤原鎌足を少し卑しくしたような人物で、割合カッコイイ人物ばかり出てくるこの作品では、醜悪な人物ということになっている。
「天神」(いまだ出版されていない幻の作品)では紀長谷雄が、三枚目を演じていたが、その種の人物が主人公のそばにいると、ユーモアが出る。この作品では、門覚も三枚目なのだが、道化のような存在として梶原景時を使っていこうと思う。
ということで今日は仕事がはかどったと思っていたのだが、「ウェスカの結婚式」のゲラが届いた。このあとスケジュールが混んでいるので、このゲラは早急に片づけないといけない。ということで「頼朝」はしばらく中断することになる。このノートも、しばらく中断する。

06/04
「ウェスカの結婚式」の校正完了。これはユーモアエッセーのつもりで書き始めたのだが、いくぶん重い私小説になった部分もある。しかし読んで楽しいところもあるので、読者には負担はかけない。昨年9月の長男の結婚式の様子を描いた作品だが、ちょうど校正を終えて、明後日、ブリュッセルへ行くことになっている。去年の9月以来、長男とは会っていない。7月には王立音楽院を卒業することになっている。今後のことなどを話し合うのだが、むろんいかに生きるかは息子の自由だから、ただ話を聞くだけだ。
「頼朝」は4章の途中で中断することになる。72ページ(1ページは健康用紙3枚)あるので、200枚は越えている。一ヶ月でこれだけ書いたのだから、いいペースだ。文芸家協会の理事会を欠席するので、報告書を書いて書記局に送った。いま、協会の仕事も大変なのだが、文芸著作権保護同盟との話し合いは終わっているので、あとは書記局に任せればいい。

06/05
いよいよ明日、出発。資料は頼朝関連が2冊、行きの飛行機で読む本一冊、帰りの飛行機は「頼朝」のこれまでの草稿をプリントしたものを読む。さて、これまでの4章半ばまでの作品について、いま感じていることを書く。まだ源平の合戦は始まっていない。だが、源平盛衰記ではないのだから、戦などはどうでもいいのだ。頼朝の少年時代はうまく書けたと思う。西行と門覚を活躍させたので、主役はこの二人という感じになっているが、頼朝一人ではもたないので、書き手としてのささやかな工夫である。
女性があんまり出てこない。頼朝の初体験は青墓宿の女郎ということにした。歴史的資料はまったくないので想像である。その次は、伊東の八重姫。これは歴史的事実であり、千鶴丸という子供もいたらしい。この子供を殺されたことが、頼朝の精神の大きな傷となる。そこから性格が少し暗くなるというプロセスを説得力をもって描けるかどうか。ということは、4章の半ばの頼朝は、やや明るい感じで描かないといけない。どうしても戦を起こさなければならないというプレッシャーよりも、このままのんびり暮らしていてもいいという諦めのまじったやや自嘲的な、それゆえに肩の力の抜けた感じがほしい。
どんどん書いていきたいところだが、旅行だ。わたしは旅行嫌いである。旅行嫌いの人間が旅行に行くとどうなるかは、「ウェスカの結婚式」を読んでいただきたい。

06/06
ブリュッセルに向けて出発。長男の自宅へ。ふだんはソファーになっているエキストラのダブルベッドに寝る。カーテンのついていない部屋なので落ち着かない。息子と奥さんのエレーナは質素に暮らしているようだ。

06/22
ブリュッセルを中心に、ブダペスト、ウィーン、プラハなどにも回り、ようやく帰国。長い旅だ。帰りの飛行機の中で、「頼朝」のプリントを読む。よく書けている。とくに門覚と西行のキャラクターがいい。感動して、涙が流れたりする。頼朝が笛を吹くシーンもいい。戦場もそれなりに描けている。4章の半ばまで、まったく問題がない。このペースで9章くらい書けば、完成だ。4章の終わりには、長男千鶴丸の死を描く。これが頼朝の精神に大きな影響をもたらすことになる。
今回の旅行で最も感動したのは、ベートーヴェン・コンクールのファイナルを見られたこと。3人の若い演奏家が別々のコンチェルトを弾いた。ベートーヴェンのコンチェルトを一夜に三曲聴けるというのは、ふつうは考えられないことだ。
今回の旅行で最もスリリングだったのは、長男の運転する車に乗ったこと。いまこうして日本に帰ってこられたことが不思議だ。

06/26
三宿に戻って数日が経過。わたしはふだんヨーロッパ時間で生活している。つまり日本では夜型だが、そのままヨーロッパに行って昼型の生活をすれば時差ボケはまったくなく、帰ってきた時も、そのまま夜型に移行すれば問題はない。ということで、元気に仕事を続けている。半月、留守にしていたので、メールやファクスがたまっていた。手紙類の中で、タイムアウトの用件もあるが、とにかく必要な作業を一つ一つ片づけて、ようやく落ち着いた。
今回の旅行にはデジカメをもっていた。出発の直前に購入したので、使い方がよくわからなかったが、ふつうに撮ることはできたので、別売の64メガのスマートメディアが満杯になった。で、これをパソコンに取り入れるのに、多少手間取った。ソフトを別の領域に入れようとしたがうまくいかなかった。ウィンドウズと同じ領域に入れる必要があるようだ。このことでつまづいて、USBドライバーが作動しなかったりもしたのだが、何とか動くようになった。しかしこれではパソコンの初心者ならギブアップしてしまうだろう。まったくパソコンというものは疲れる。
さて、「頼朝」である。旅に出る前に4章の半ばでストップして、三週間の空白があったのだが、順調に前進している。もう少しで4章が終わる。予定ではこれで半分だが、やや不安もある。当初の構想では、頼朝と政子が出会うところから話を始めようと思っていたのだが、やっぱり頼朝の少年時代が必要だろうと思い返して、門覚、西行などを登場させているうちに、4章まで来てしまった。この最後のところでようやく、政子が登場する。ということは、ここから先は、話を半分くらいに縮めないといけない。まあ、書き下ろしの作品だから、少しくらいボリュームが増えてもいいのだが、原稿料をもらえるわけではないから、たくさん書いても何のメリットもない。長くなると完成が遅れるし、本がぶあつくなって売れ行きがわるいというデメリットばかりだ。
5章からは、いよいよ源平の合戦となる。頼朝が主人公だから、義経が活躍するシーンはすべて伝聞である。小説としては面白くないが、テンポよく語っていけばいいだろう。皆がよく知っているシーンをくどくど書いても仕方がない。それにしても、日本は暑い。ブダペストに着いた日が30度あって、二度とハンガリーには行かないぞ、と思った以外は、おおむね涼しかった。ブリュッセルは寒かった。日本の夏は耐え難い。まだクーラーをつけずに頑張っている。一度、クーラーを動かすと、クーラーなしでは気持ちがわるくなるから、なるべく動かさないようにしている。

06/27
集英社の編集者来訪。会社の組織変更で、これまでの「学芸」が「ノンフィクション」に変わるとのこと。去年『清盛』を書いた時は歴史評伝といった感じでスタートしたので、「学芸」で出したのだが、結果としては、やや理屈っぽいものになってしまった。今回はセクションにかかわらず、エンターテインメントの小説を書くつもりで書いている。本というものは、とりあえず読んで面白くないと話にならない。その中で、いい文章を書きたいとは思っている。ある種の格調の高い文章を確立するのが、自分の言ってみれば使命みたいなものだと考えている。何のためのどういう使命かはわからないが、読みやすさだけを追求すると、教養の低い若い読者におもねることになる。いずれ円周率を3だと習った子供たちが大人になるが、そういう子供を相手にすると作品のレベルが下がる。団塊の世代だけで充分に営業的に成立するはずだから、その意味ではかたくなにレベルを維持したいと考えている。
ただし本が売れないと次の本が出せないので、つねに綱渡りの状態だ。立ち止まったら落下するような状態であるから、最善を尽くして面白いものを書き続けるしかない。『頼朝』は4章のラストで、少し考え込んでいる。5章から時間の速度が上がるというか、源平の合戦が始まって密度が高まるので、4章の終わりに必要な説明をつめこんでしまいたい。作品全体の半分まで来たので、ここまで読んできた読者は、もう読むのを途中で止めることはないだろう。なるべく簡潔に、状況を説明して次に進みたい。

06/28
文化庁と文芸家協会のダブルヘッダー。暑い。ブリュッセルは寒かった、などと愚痴をいってもしようがない。しかし上着を着て街を歩くのは大変だ。さて、『頼朝』4章、完了。ちょうど半分というところか。これからいよいよ源平の合戦が始まる。テンポよく進行したい。


07/02
突然、一太郎は動かなくなった。いま打っているこのデスクトップのパソコンではなく、膝に抱いてるソニーのバイオ。短い文書はいいのだが、長い文書を読み込めなくなった。『頼朝』は300枚近くになっているので、当然、読み込めない。読み込めないと作業ができない。いろいろと試みるうちに、フロッピーにコピーしてから読み込むと読み込めることが判明したが、そうすると保存やバックアップの度にフロッピーがキリキリと音を立てるのが気になるし、永遠にこれではやってられない。一太郎のプログラムが壊れたかと思い、削除とインストールをやってみたいが直らない。やれやれ。で、いまどうやっているかというと、ワードで打っている。
このワードは去年パソコンを買った時に入っていたもの。パソコンを買う時は、ワードが入っているものを買い、一太郎をインストールすることにしている。一太郎は長らく買い換えていないので、一太郎8という古いもので、マウスの真ん中のボタンに反応しない。バイオに入っていたワードは最新のもので、タッチパッドのふちに触れるとスクロールする。去年まで、大学が支給してくれたウィンドウズ3.1にワードとATOKが入っているというへんなものを使っていたので、ワードの画面で変換だけ一太郎という環境には慣れている。幸い最新のワードは一太郎文書をフリガナ付きで読み込める。逆はできない。最新の一太郎があればできるのだろうが。古い文書はこのデスクトップの一太郎で読めばいいのだが、ラップトップの作業はこれからワードということになる。まあ、メールにはりついてくる文書は100パーセントがワードだから、このままワードで押し通そうと思う。 ATOKはキーの配置を憶えこませているので、当分、手放せない。というのは、昔はワープロ専用機を使っていたので、最初に一太郎を使い始めた時、それまでの東芝ルポのキー配置に近いような設定をしたので、たとえばスペースキーの左側の「無変換」は平仮名、右側の「変換」は片仮名になるようになっている。この設定がけっこうめんどうなので、一太郎を買い換える気にはならない。最新のワードはふりがなをつけるのが簡単だということが判明した。プリントしてみると、何か見難い感じもするけれど、長編はフロッピー、短篇はメールにはりつけて送るから、プリントすることはめったにない。
それにしても、なぜ一太郎が壊れたのか、不思議だ。一太郎に詳しい人がいたら教えてください。

07/04
ワードを使うとファンが回りっぱなしでうるさいと思ったのだが、オプションを少しいじると音がやんだ。しかし理由はわからない。そういうところが怖い。第5章が終わった。石橋山の闘いが終わり、あとは上昇するだけ。義経が出てくるところまで書いて、そこから一挙に時間をとばしたい。義経の活躍は読者も知っているだろうから割愛する。源平合戦と一番面白いところが出てこないわけだが、頼朝が主人公なのだから仕方がない。

07/06
前日は学研の編集者と三宿で飲む。当面の仕事は、『新アスカ伝説』というファンタジーのシリーズを始めることだが、角川春樹事務所の業務縮小によって、完成したのにペンディングになっていた書き下ろし文庫の作品を、学研M文庫で出すことになった。『天神』というタイトルで創作ノートを書いていた作品である。編集者との協議で、『天神菅原道真』というタイトルに決めた。9月に出る予定。昨今の不況で、出版社がつぶれたり、業務を縮小するのはよくあることだが、完成した作品がすぐに出ないというのは、初めての体験だ。昔、『海燕』に書いた短篇連作『鹿の王』が版元の福武から出なかったので、河出書房から出したことはあったが、書き下ろしが出なくなったのにはびっくりした。こういうことがあると不安になる。本が出たあとお金が入らないということは以前にもあった。こちらとしては本さえ出ればいいので、お金はどうでもいいのだが(その頃は本がよく売れていたので悠然としていた)

07/02
このところ文化庁や文芸家協会の仕事で時間をとられた。それでも作業は着々と進んでいる。第6章完了。4章までは頼朝の少年時代から丹念に描いてきたので、ドラマ性があったが、5章と6章は戦争の記述なので、ややテンポが速くなっている。そのぶん人物に深みがない感じもするが、このあたりから急に登場人物が増えてくるので、いたしかたない。すべての人物を丹念に描くと、電話帳みたいな本になってしまう。
全体を8章と考えているので、6/8ということになる。これは約分できる。3/4である。まだあと7月は半分あるので、今月中にゴールインできるだろう。来年の出版を考えているのでべつに急ぐ必要はない。だが、次の仕事に取り組む段取りがあるので、いちおう7月中に完成させておきたい。ここから先も登場人物が多いので、交通整理みたいなことになるだろう。登場人物は多いけれども、前半でキャラクターを書き込んだ門覚と西行、および少年時代の学友たちはしっかりと描き、その他の人物は簡略に書く。そのあたりのコントラストで時間の流れに緩急をつけたい。 何日か前に長男から電話があり、ブリュッセル王立音楽院の卒業が決まったようだ。留学してもちゃんと卒業する学生は少ないらしい。フランス語による音楽史の口頭試問というのが難関だったようだが無事クリアーした。次男はすでに就職しているので、これで扶養家族はいなくなった。青色申告をしているので妻は従業員である。
いや、扶養家族はまだいた。老犬リュウノスケは14歳の誕生日を迎えた。全然元気

07/16
第7章完了。全体を8章と考えていたのでいよいよ最終章に入るわけだが、まだ源平の合戦が始まっていない。宇治川の合戦に向けて出陣したところだ。いくら何でもあと60枚で源平合戦が収まるわけはないので、少し長くなるだろう。8章のあとにやや短めの終章をつけるか。その程度にはしたい。とにかくいまはゴールめがけて疾走している。

07/18
昨日、8章の半ばまで書いていて、ゴールが見えてきたという実感を得た。長編を書いていると、こういう瞬間が必ずやってくる。遠泳をやって背の立たないところを泳いできて、浜が近くなって、もうここなら背が立つ、と思う、そんな感じに似ている。今回、そういう実感を得たのは、源平の戦争を年表風に、起こった出来事と日付を羅列しているうちに、壇ノ浦まで来て、もう書くことがなくなったからだ。といっても、書くべきことはある。これはずっと前から考えていた、エンディングにつらなるいくつかのシーンがある。主要な登場人物で生きているキャラクターは、最後に一度、カーテンコールのようなかたちで登場させなければならない。人物の人数によって、おのずとシーンの数も決まってくるし、そういうのは必然的なものだから、もはや恣意的にシーンを書いていくことはない。要するに、エンディングにつながるそれらのシーン以外には、もはや書くべきことはないという実感を得たということだ。
むろん、これからが大変だということもできる。例えば西行が最後に流鏑馬(ヤブサメと読んでください)をやるシーン。69歳の老人がどうやって流鏑馬をやるのかとか、決め台詞が必要だとか、難題はあるが、そういうのは書く楽しみでもある。文覚も出したいが、これは実朝が生まれた直後に出して、実朝とセットで描く。曾我兄弟の仇討ちのシーンが必要だが、そこで政子と範頼もいっしょに描ける。そして後白河法皇との対面。つまり、西行、実朝、曾我兄弟、後白河と、4つのシーンと、あとは死ぬところ。義経の首を見るところも必要か。まあ、それくらいだ。毎日、一つのシーンを書いていっても、一週間で完成する。めでたい。

07/22
第8章完了。少し長くなったが、終章を別立てにするほどでもないので、第8章で終わり。ということは、草稿完成である。スタートしたのが5月の第2週からで、7月の第3週で終わったから、2カ月半ということになるが、途中、半月ほど旅行に出ていたから、実質的には2カ月ぴったりで書き上げたことになる。まあ、500枚近い作品なので、いいペースで進んだと思う。
ラストシーンはあんまり盛り上がらなかった。落馬して死ぬんだもの。これが史実らしいから嘘は書けない。しかし、焦点を前半部の少年時代においたので、青春小説になったと思う。それと、『三田誠広の法華経入門』を書いた後遺症(?)があって、法華経が出てくるけれども、深くはいないが彩りとしてはよかったと思う。
歴史小説はしばらく休憩。来年、『後白河』を書く。これは間違いなくライフワークになる作品だが、この『頼朝』が売れないと、版元が出してくれないかもしれない。『清盛』も売れ残っているようなので、志のある人は買ってください。
ついでに書いておくと、現在のシステムでは、本の印税は印刷して出版した段階で著者に支払われるので、売れ行きに関係なく、著者にはお金が入ってくる。もとろん、飛ぶように売れると二刷、三刷と増刷されるので、それだけお金が入ってくるのだが、初版が売れ残っても、著者に金を返せとはいってこない。出版社がリスクを背負うことになる。
しかし、売れない本を出し続けると、取り次ぎのコンピュータにカウントされているので、その作者の本を出そうという出版社がなくなるのである。というわけで、売れない作家は本が出なくなり、飢え死にすることになる。やれやれ。というわけで、『頼朝』は売れてくれないと困るのである。
さて、次は『ビッグバンと生命の謎』だ。いまごろなぜこんなものを書くかというと、一昨年出した『アインシュタインの謎を解く』が増刷されているのであります。いまは出版不況でありまして、本が増刷される作家は、売り手市場でありまして、突然態度がでかくなる。次も何か宇宙ものを、という編集部の要請に応えて、宇宙の始まりと知性の誕生について、つまるところ「私とは何か」という問題について、軽く論じることになる。
なぜかはわからないが、とにかく前の本が増刷になって続編の注文が来たのだから、元気いっぱいで本を書くことになる。ふだん小説を書くときは、売れない本を出していただいてすいません、と卑屈になっていることが多い。
ということで、この創作ノートも終わりかな。7月いっぱいはまだ何か書くことがあるだろう。草稿ができた『頼朝』もプリントして読み返すので、感想もわいてくるだろう。8月は「ビッグバン創作ノート」ということになるのかな。変なタイトルだけど、まあ、仕方がない。プリントを読み返しながら、今後の展開なども考えてみたい。

07/25
昨日から草稿のプリントを読み返している。途中まで一太郎で書いて、途中で一太郎が不調になったためワードに読み込ませて作業を続けてきた。最新のワードの使い方でまだよくわかっていない部分はあるが、大きな支障はないと思っていた。確かに大きな支障はないが、フリガナの付け方で、完璧な互換性がないことが判明して、チェツクに多少手間がかかっている。問題はそれくらいで、大きな直しはない。いま半分くらいまで読んだところだ。このあたりまでは旅行に出る前に書いて、帰りの飛行機の中で読み返して、一度、チェックしてあるのだが、それにしては直しが多い。後半を書いてみて、少し認識に変化が出た部分があるためだが、それは調整可能な範囲なので、ここまで順調に進んできた。今月中には完成するだろう。
並行して、『ビッグバンと生命の謎』のための準備を進めている。が、頭がうまく回らない。まだ「頼朝モード」になっているせいだろう。この前の作品『アインシュタインの謎を解く』の最後の部分を読み返してみたいが、こんな難しいものをよく書いたなという気がするばかりで、ここからさらに先へ進めるのかという気がする。本をかくまえというのはそういうもので、書いているうちに、何を書くべきかがわかってくるものだ。本格的に前進するのは8月になってからになるだろう。

07/31
プリントした草稿のチェックが昨日、ようやく終わった。一週間以上かかったことになるが、文化庁とか文芸家協会の仕事があって、時間をとられた。けっこう直しが多かったことも確かだが。今日から入力を始めたのだが、ルビの設定に手間取っている。このノートにも書いたように、なぜか一太郎が使えなくなってしまって、それまでのぶんをワードで読み込ませて作業を続けているのだが、漢字一文字にルビをふったところが何やらおかしい。それを画面で修正して直ったと思っていたら、プリントするともっとおかしくなっている。これは作業に使っているワードが最新版であるのに対し、プリンターをつないであるデスクトップのパソコンに入っているワードが2年前のものだからだ。その証拠に、デスクトップのワードでルビを修正しようとすると、作業そのものができない。
で、ラップトップのワードでいろいろなルビの付け方をして、それをプリントするとどうなるかを実験してみた。漢字2字以上の場合は均等割付で問題ないのだが、一字の場合は中央割付にするとよいようだ。ということで、ルビの付け方に注意が必要なので、そちらに気をとられてしまう。ルビは結局、印刷所への入稿には関係ないみたいなのだけれど、プリントしたものが読みにくいと、編集者も、ルビを入力する人も困るだろうから、やはり最善を尽くしたい。で、7月も終わりだが、あと少し、このノートを続けることにする。

08/01
草稿チェックの入力終わる。完成。
次は「ビッグバン」ノートに移る。


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