「青い目/西行U」創作ノート3

2009年6月

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06/01
著作権関係の協議会に出席。帰って仕事。

06/02
サントリー小ホールで武蔵野音楽大学プロデュースのコンサート。「メンデルスゾーンの歴史音楽会」というテーマなので、メンデルスゾーン協会理事長としては行かないわけにいかない。実は同大学の機関誌に文章を書いて、メンデルスゾーン協会の活動を紹介したら、招待状をいただいた。学生たちの演奏なのだが、メンデルスゾーンと、ヘンデル、ハイドンの音楽を対比させた構成が秀逸で、わかりやすく楽しいコンサートになった。こうした企画力が演奏会を充実させることを実感した。サントリーホールに行くのは実に久しぶりだ。多忙のため音楽会に行く機会が少なくなった。まあ、仕方がない。実際に多忙なのだから。

06/03
文藝家協会理事会。今回から地下の会議室。いままで使わせてもらっていた6回の会議室は、家主の文春の意向で使えなくなった。フロアの全体を改装して貸し出すということらしい。書記局のあるフロアも改装の予定で立ち退きを要請されている。文春の経営が傾いているわけでもないのだろうが、経営がシビアになってきたということだろう。世の中の趨勢だから仕方のないことだが、何となく文学そのものの行き詰まりと相関関係があるような気もする。わたし自身は、「マルクスの逆襲」が1カ月たたないうちに増刷が決まったので元気が出ている。

06/04
大学。武藏境からの道路も慣れてきた。帰りも歩くつもりだったが、バスが来たので乗ってしまった。本日は妻が留守なので一人。一人は静かだなあと思う。

06/05
運転免許の更新。世田谷警察署まで歩いていく。警察署は三軒茶屋の少し先だから、いつもの散歩コースより短いくらいの距離。道路を歩きながら、世田谷警察署で更新するのは何回目かと考えた。昔は三年に一度だったが、だいぶ前から五年に一度となった。五年に一度でも、この三宿に二十年以上住んでいるから、四回は更新したことになる。昔は写真が必要だった。用意した写真がまずいと言われ、近くの警察OBの代書屋で写真を撮ったことがある。いまは写真は要らない。呼び出しのハガキと、いまもっている免許証と、あとはお金。今回は4ケタの暗証番号を2つ用意しろと言われた。これを機械に打ちこむと、レシートみたいな紙に印字される。あとは目の検査。これは問題ない。わたしは近視ではないし、もう老眼だが、老眼は関係ない。今回から「中型」になった。これは「中型」という新ジャンルができたので、免許保持者は既得権で「中型免許」になったのだ。わたしは二十代の後半に免許を取得したのだが、同じ世代で二十歳前後に免許をとった人々は、自動二輪の免許が自動的にもらえたはずである。中型のトラックなどを運転することはないだろうが。昔、友人が引っ越しで借りたトラックを、どういう経緯だったか、わたしがレンタカー屋まで返しにいったことがある。それがトラックを運転した唯一の体験。自宅に帰ると妻がいた。わたしの一人きりの時間は意外と短かった。

06/06
土曜日。「いちご同盟」46版届く。夏休みの前には必ず増刷がある。何ともありがたいささやかな夏のボーナスである。今日はサッカーを見るぞ。野球は相手がダルビッシュなので見ないようにしていたのだが、いつのまにか逆転していた。
さて、サッカー。調子よく先取点をとったが、その後、攻められっぱなし。サッカーというスポーツがメンタルなものだということがよくわかった。気持が守りに入ると守りっぱなしになる。それでもよく守りきった。アメリカンフットボールでも、時として大逆転劇が起こる。フットボールはゴールの枠がなく、どこにもちこんでも得点になるから、守りきるということが難しい。その点、サッカーは枠があるので、守りに集中できる。しかしバーに当たったのもあったので、勝てたのは幸運といえるかもしれない。これで日本はワールドカップ出場を決めたが、つづいてオーストラリアと韓国も出場を決めた。時間差で日本が一番乗りだった。本番のワールドカップは来年六月。締切のある仕事は入れないようにしよう。

06/07
日曜日。のんびりとすごす。

06/08
メンデルスゾーン協会運営委員会。機関誌の発送。それだけ。

06/09
本日は公用なし。「青い目」。9章に入っている。次は最終章。ようやくゴールが見えてきた。最終章はややアラスジふうにテンポを速める。これはいつものこと。エンディングの直前はスピードを早めた方がいい。何とか今週末くらいに草稿を仕上げたい。

06/10
豊洲の東京ガスの展示館で、大宅映子、西田小夜子の両氏と、パネルディスカッション。「団塊の世代」の底力というテーマ。まあ、高齢者問題。語り慣れたテーマであるし、大宅さんが司会なので、時計を気にする必要がなく、楽しく話しているうちに、あっという間に時間がたった。いつも映画はお台場で観るのだが、豊洲に来るのは初めて。妻に車で送ってもらう。そのまま妻は「ららぽーと」に行ったので、歩いてそちらに向かう。どこにでもあるような商業施設だが、海に面しているところがいい。軽くビールを飲んで帰る。夜中、「青い目」は最終章の直前で、やや停滞。ここは全体の中で最も重要な部分なので、じっくりと考えたい。

06/11
大学。この大学にもだいぶ慣れてきた。学生たちも熱心に話を聞いてくれる。
ところで突然だが、「西行」のノートにきりかえる。「西行」の続篇だから、いまは「西行U」と呼んでいるこの作品には、タイトルが必要だ。前作が「月に恋する」だった。続篇としては、三部作として、あとの二つは「風にたなびく」「花のもとにて」といったものを考えていたのだが、これでは中身がわからない。いまふと、中里介山のことを考えていて、介山の「大菩薩峠」の中に、こんな文章があることに気づいた。
 いつの世に永き眠りの夢さめて驚くことのあらんとすらん――と西行法師が歌っている。誰か来たって、この無明長夜の眠りをさます者はないか……かれは、天上、人間、地獄、餓鬼、畜生に向って、呼びかけているかとも見られる。
これはいい文章だ。で、「無明長夜」というタイトルでいきたい。すべては無明の長い闇の夜だというスタンスで、源平盛衰の世を描く。スピード感が必要だ。

06/12
著作権関係の打ち合わせ。このところこの種の打ち合わせが多い。正式な会合ではなく、秘密の談合といった感じ。以前はこのページに、誰と何をしたかをちゃんと書いていたのだが、するとこのページを読んでいる人がいて、影響が出るようになった。だからここに詳細を書くわけにはいかないのだ。さて、「青い目」は最終章。最終章のタイトルを決めて、これで目次ができると思って最初からタイトルをチェックしたら、何と、全部で10章あると思っていたのが、9章しかなかった。どこかで1つぬけたのだ。1つの章が少しずつ長くなっていたので、全体の分量が10章ぶんに近づいてきたので、まったく気づかなかった。まあ、9章でもかまわない。とにかく最終章だ。

06/13
土曜日。今週もけっこう忙しかった。ようやく週末だ。「青い目」は最終章。ここからはテンポを速めて一気にエンディングに突入する。いい感じで進行している。

06/14
日曜日。散歩。何事もなし。スピードが上がっている。どんな作品でも最後はラストスパートという感じでスピードが上がる。それまでは材料をどんな順番で出すかということで、手探りで進むのだが、ゴールが見えてくると、材料はもはや数少なくなっているので、一気に放出するだけだ。この時期が、書き手にとっては一番幸福な時間なのだが、うまく着地できるかという、不安もある。たぶんうまくいくだろうという楽観を頼りに、とにかくゴールに向かっている。

06/15
月曜日。文化庁で会議。「青い目」かなり進んだ。ゴールがはっきり見えてきたが、まだエンディング前の重要なシーンが残っている。

06/16
自宅でインタビュー。それから教育NPOとの定期協議。疲れた。

06/17
美術家連盟で追求権についての勉強会。それからニューオータニで未来塾という経営者の親睦会で講演。夜中は仕事。

06/18
大学。何となくほっとする。この大学に慣れてきたということか。昨日は知らないところに行くという仕事が2件あった。「春のソナタ」のファンです、という女性とであったり、わたしがファンであった女優さんと出会ったり、充実した一日であったが、少し疲れが残った。一期一会の出会いみたいなもので、初対面の人と会うと緊張感がある。その点、大学の仕事は、また来週という気軽な乗りで対応できる。ようやく前期の半分が終わっただけだが、もうずっと以前からこの大学にいるような気分になっている。

06/19
会議二件。主にグーグル問題。この問題はまだまだ尾を曳く。

06/20
土曜日だが、今週はまだ仕事がある。東京歯科大学で講演。懇親会にも参加。ふだんとは違う人々と交流できるのは楽しい。

06/21
日曜日。ようやく休み。「青い目」いよいよ大詰め。明け方、サッカーを見ているうちに、草稿完成。予定どおりのエンディング。それだけに意外性はないが、達成感はある。それよりも、サッカーの方がすごい。ブラジル対イタリア。イタリアはエジプトに負けているので、ブラジルに勝つしかない。ところがはやばやと失点。ところが同時に試合が行われているエジプトがアメリカに失点。こうなるとブラジル以外の3チームが並んで得失点差ということになる。イタリアはさらに失点、そしてオウンゴール、これでエジプトが有利かと思ったら、アメリカが3点目を入れた。アメリカはブラジルに0対3、イタリアに0対2で負けているので、たとえエジプトに勝っても得失点差で上回ることはないと思われていたのが、これでわからなくなった。得失点差が同点だと、どうなるの? 直接対決の勝敗か、総得点の多い方か。よくわからない。わたしは孫が3人スペインにいるので、スペインを応援している。イタリアが2位だと準決勝でスペインと当たる。どちらかというと、アメリカと当たりたい。アメリカにもう1点とってほしい。でなければブラジルにもう1点。いまロスタイム。さてどうなるのか。

06/22
またウィークデーが始まった。今週もそこそこにハードだが、少しはましだ。本日は著作権情報センターの総会。ただ参加するだけでいい会議。だが、参加した人々と必要な談合ができたので意義があった。自宅に帰って、「青い目」をプリント。読むのが楽しみ。ところで、会議の間に、これからの予定について考えた。いまのところ次の仕事は、「西行」の続篇。その次に新書一冊、それから「在原業平」。たぶんその次が「白痴」になる。一つの仕事を二ヵ月と考えている。三ヶ月かかっていたのでは先に進めない。だが必要以上のプレッシャーをかけたくないので、ベストを尽くすということだけ決めておいて、締切は設定しない。四十代半ばで体調を崩した時から、自分のペースで仕事をするということを、基本としている。高齢者になりつつあるので、この基本をさらに守りたい。

06/23
本日は自宅で打ち合わせ。ついでに著作権についての打ち合わせも。著作権に関する問題は今年がピークなのではないかと思う。しかしここを乗り切れば、いくつかの問題が一挙に解決する可能性があるとわたしは楽観している。楽観していないとやってられないということもあるが。いまは「青い目の王子」のプリントを読み返す作業。とりあえず担当編集者にメールを出す。締切なし催促なしということで、自分のペースで書いているのだが、突然に原稿を送ると編集者がびっくりするので、心の準備のため。「星の王子さま」は第8版が出たが、「海の王子」は初版のまま。しかしこういうものは、3冊くらいシリーズを並べないと効果が出ないので、めげずに書き続けたい。

06/24
「読書人」の対談。ドストエフスキーの翻訳者、亀山郁夫さんと対談。そもそもわたしが「新釈罪と罰」を書こうと思ったのは、亀山さんの「カラマーゾフ」が多くの読者を得たことがきっかけだ。わたしは亀山訳の「罪と罰」第一巻が出たのを確認してから、小説を書き始めた。少しこちらのペースが早くて、第三巻が出るのは来月とのことだが、それにあわせての対談の企画。とにかく、担当編集者と校正者の他に、わたしの小説を読んでいただいたのは亀山さんが最初なので、いささか緊張して出かけたのだが、好意的に読んでいただけたし、ドストエフスキーを読み込んでいる人だけに通じる楽しい会話ができた。紙面に出るのはごく一部だが、充実した話ができた。次につながる情報交換ができたと思う。さて、いまは「青い目の王子」の仕上げの段階。紙にプリントした草稿を読み返しているが、うまくいっている。問題はエンディングだ。戦争に勝って終わりといった凡庸なファンタジーとはまったく反対に、わたしの主人公はけっして戦わない人物だから、それで読者にカタルシスを与えるのは至難のわざだ。その難しいことに挑んでいるので、とにかく仕上げないといけない。「罪と罰」は4ヵ月かかったが、この「青い目」は3ヵ月かかっている。それだけ難しいことに挑んでいるということだ。

06/25
大学。武蔵境から往復とも歩く。大学の前には広い道路があるのだが、その中央に千川上水がある。暑い日だったが、上水のそばはひんやりとしている。サッカーは明け方のはずだが中継ではなくビデオを一日遅れで夜中に放送する。夕刊で結果が目に入ってしまった。何と、スペインがアメリカに負けてしまったではないか。油断なのか。疲労なのか。アメリカの選手はいかにもタフな感じだ。それにしてもアメリカはイタリアに0対2、ブラジルに0対3で負けて、トーナメント進出の可能性が絶たれたと思われていたのに、エジプトに3対0で勝って、エジプトに負け、ブラジルに0対3で負けたイタリアと、得失点差で並び、すると得点の多い方が勝ちというルールでぎりぎりで進出したのに、何と、決勝戦だ。このまま優勝してしまうのではないか。

06/26
季節はずれの墓参り。わたしがこの日しかあいていなかった。四人兄弟全員が集まる。10年ぶりくらいだ。今度会うのはいつか。母の遺骨を墓に入れる。

06/27
土曜日。コーラス。楽しい飲み会。自宅に帰ると、四日市の孫が来ていた。父親の次男が会社の仕事で忙しく、一週間ほど孫から解放してやりたいとのことで、まあ、とにかく孫と対面できるのは嬉しい。とはいえ、わたしが自宅に帰った時は、すでに孫は寝ていたので、対面は明日だが、嫁さんと少し話をしたので、何となく孫と対面する心のに準備ができた。「青い目」のチェック。慎重に進めている。この作品は、たとえば、あらすじだけを紹介すると、そんな作品は不可能だろうと、たいていの人は言うだろうと思われるような、アクロバティックな仕掛けになっている。これを児童文学でどう書くかというのが、最大のテーマであるが、やってみるしかない、というのがわたしのスタンスである。ドストエフスキーの「罪と罰」を、べつの登場人物を主人公にしてい小説を書く、といった試みだって、たいていの人が難しいと言うだろう。でも、できてしまったし、本が出た。やってできないことはないのだ。この「青い目」も、草稿はできている。読み返して大丈夫だったらオーケーだ。しかし、読み返しながら、少しスリルを感じている。だめかもしれないという気持がほんのわずかだがある。全体の70パーセントのところまで読み返して、ここまではうまくいっているのだが、ここから先がスリリングだ。さて、どうなるか。明日には結論が出るだろう。

06/28
日曜日。いつもの時間に起きたら、すでに孫は外出していた。夕方、ようやく帰ってきたが、わたしのことは少し警戒していた。すぐに慣れたのだが。孫と遊んで面白いのは最初の5分間だけだ。「青い目」のチェックは、いちばん重要なところにさしかかっている。まあ、今日は夕方まで仕事ができたし、夜中も使える。とにかく一刻も早くゴールに到達したい。

06/29
月曜日。ウィークデーになったが今日は公用がない。今月は多忙で、こういう休日がほとんどなかった。とはいえ孫がいるからのんびりもできない。幸い、夕方は妻が嫁さんを買い物につれていってくれた。こちらは北沢川を散歩。日曜が雨だったので、散歩も久しぶり。「青い目」エンディングの直前。ここの王妃の心理が難しい。説明しすぎてもいけない。ここをクリアすると、ゴールが見えてくる。

06/30
午前中文化庁の会議。虎ノ門パストラル。ここは久しぶりだ。妻に車で送ってもらう。ここは坂の上なので車で玄関まで送ってもらうと楽だ。いったん自宅に帰る。孫と少し遊ぶ。嫁さんの実家に向かう孫を送る。それから如水会館。某編集者の「中仕切りの会」。定年退職だが引き続き同じ会社でフリーエディターとして仕事を続けるとのこと。彼はわたしと同年同月生まれなので、定年と聞くと、わたしも「中仕切り」をしたくなる。しかしそのわたしも去年から厚生年金をもらっている。厚生年金はサラリーマンをやめると60歳から(64歳になるまでは減額される)もらえる。さて、宴会には長く会っていない懐かしい人や、このあいだ会ったちょっと懐かしい人や、初対面の人がいて、人見知りするわたしは少し疲れた。「青い目」は困難なところを越した。エンディング直前。いい感じだ。まぎれもなく「名作」になると確信している。


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