概説 | 以前、「二重堀とはいっても片方は未確認。小さいらしい。江戸崎城防御土塁としては確認されているものの中で最外端にある(阿見町史)。」と書いたのですが、『阿見町史』の「戦国土塁」執筆者である大竹房雄先生にお聞きしたところ「小さいと思われた一方も奥へいくと同じくらいに大きいことがその後わかった」と教えていただきました。実際見てみると長くて大きな土塁と堀でした。 |
南東側の第一土塁と堀の断面 |
訪問記 | [2001/3/18]大竹先生に「奥へ行くと残っている」ことを教えてもらいさっそく深い藪を漕ぐつもりで行ってみましたところ、なんと「美浦村お散歩団」のために藪を刈ってくれていたかのような光景でした。しかしこの大々的な伐採はいったい何?近々湮滅!?不安を胸に作業されていた方に聞いたところではただちに湮滅することはないようでした。しかし、第一土塁のすぐ南側は圏央道へのアクセス道路が通るので一部破壊される心配はあります。 わたしとしては最初に車窓から見つけた土塁ということに加えてとても保存状態がよいので、一番好きな土塁です。 |
所在地 | 稲敷郡阿見町吉原および飯倉。新山バス停近く。 |
参考書 | 『阿見町史』、『阿見町史研究第6号』 |