小野崎城および小野崎向屋敷

概説 城主荒井氏は岡見氏と同じ家系より出で、戦国時代には荒井縫殿介照信が小田天庵氏治に仕え、小田氏滅亡後は下総の府川城を頼って落ち延びた。その子豊前は小野崎に帰り、砦の本丸跡に家を構えて帰農した。荒井氏の邸は味城と呼ばれるが、これは江戸時代にこの地が細川領になってから藩主に遠慮して改めたもので古くは御城と呼ばれていた。築城時期は南北朝期と思われる。[『谷田部の歴史』より抜粋]
字味城にある大きな屋敷周囲を巡る堀跡
その他の写真
  1. 字味城に残る堀と土塁
訪問記[2002/04/02]字味城にある城主の末裔と思われる屋敷はじつに広大。屋敷の周囲を土塁と堀が巡り門にも中世の雰囲気が残る
所在地つくば市小野崎字味城および字向屋敷。八坂神社が目印。神社の北西300m付近が字味城で、屋敷および藪の中に土塁や堀跡が残る。神社東側の字向屋敷にも方形の土塁があったようだが住宅地のため湮滅したもよう。字味城にある遺構を「小野崎城」、字向屋敷の遺構を「小野崎向屋敷」と分けて考えた方がよさそう。
参考書『谷田部の歴史』