一盃館

概説 法輪寺(向石毛城)の北東約250mのところに一盃館と呼ばれている場所があり、地元では「平政基」の館跡とされている。[『石下町史』より]
 良持公向石下に本拠館を構えるに際し館正門北方のこの地に豊田本郷の総鎮守社として遷座させたものと伝えられている。この神社前方一帯の地は豊田武夫の集合場所とされ将門公に率いられる郎党郷党の寄場で戦勝祈願の後出陣したるところと云う。「香取大明神の説明板より」
香取大明神前からの遠望
その他の写真
訪問記[2003/04/14]『石下町史』の「法輪寺の北東約250mのところ」という記述だけを頼りに行ってみた。手前の畑は堀のようだし、その向こう側の宅地が館跡らしく見えた。
所在地結城郡石下町向石下。香取大明神の南東200m付近と思われる。
参考書『石下町史』