願名寺遺構

概説 願名寺は、弘安3(1280)年、一遍がこの地を訪れたところ、帰依するものが多くあり、草庵を結んで阿弥陀仏を安置したのが始まりと伝えられる。城館の伝承はないが、類似する遺構があるのでとりあげる。遺構としては、本堂の背後、西側の墓地との境に低い土塁状のものがあり、そのすぐ西北、短い谷が食い込む直上あたりには土塁と空堀状の施設がセットになって認められる。[『牛久市史 原始古代中世』より]
本堂裏側の土塁
その他の写真
訪問記[2004/04/19]『牛久市史 原始古代中世』の図では描かれていないが、本堂南側の畑の縁とその東側への延長線上も土塁の残りだと思われる。またこれも『牛久市史 原始古代中世』では取り上げられていないが、願名寺の北西200mには城館または物見台的な遺構である辺田城(仮称)が存在するのでこれとの関連も考える必要がありそうだ。
所在地牛久市奥原町
参考書『牛久市史 原始古代中世』