第3部 薊(あざみ)の国

第9章 大脱走(2)

前頁より




「もうすぐ夜が明けます。だが警備のノルマン兵士たちを、全員縛り付
けておきましたから、ウィリアム王が脱走を知るには時間が掛かるで
しょう。多分王が気がついた時には、皆様はフランダース(現在のオラ
ンダ・ベルギー)の沖にいるでしょう。王子たちが何処に消えたかと面
食らっても、行方は当分の間ウィリアム軍には分かりますまい。ホホホ。
ではよい船旅を!」
 再び端麗な白衣の姿にもどった妖精の女王クリスティーナが微笑ん
だ。

「王子よ、時が来るまでハンガリーでのんびりお過ごしください。ウィリ
アム王はまもなく地団太踏んで悔しがるだろうよ」
古武士ゴスパトリック卿はしてやったりという顔つきで愉快そうに大笑
した。エドガー王子一家も久方ぶりに心からかろやかに笑った。



 夜明け前にテームズの河口から一隻の大船が錨を揚げ、北海へと
船出した。
岸辺には陸路北へ旅立つゴスパトリック卿と妖精の女王の一行が、馬
上で手を振る姿が見えた。
 舷側では安堵したエドガー・ザ・エセリング王子と母アガサが、卿と妖
精の女王に幾度も感謝の言葉を述べていた。

 しかし、船長と水夫たちは朝日の射さぬ空の厚い雲を気にしていた。



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