第1章 眞白き塔(2)




 重厚な板壁の会議室に、王弟オド大司教、ロバート卿、ユーステス
伯、オズバーン親衛隊長、ヒュー卿、ユ伯ロバート候などの重臣がず
らりと着席していた。

 王冠を頭にしたウィリアム王が現れると、一同は一斉に起立し、深
深と一礼した。一夜にして王の風格が備わっていた。

「皆のもの、昨日の戴冠式は大儀であった。諸卿に厚く礼をいいたい。
しかしながら戴冠したとはいえ、この国を完全に征服したわけではな
い。第一歩を踏み出しただけだ。むしろこれからが胸突き八丁の苦し
い局面となろう。終わりなき戦いになるやもしれぬ。一日も早く国内を
平定するには、どうしたらよいか。まず諸卿の忌憚のない意見を聞き
たい」
 王は全員の顔を見回した。



 王弟オド大司教が口を開いた。聖職者というよりも戦の好きな僧衣
を纏った武将である。

「兄者、いや失礼、王の申される通り、戴冠式は終わったが、アング
ロサクソンの貴族・郷士達はあちこちに無傷でい生き残っている。奴
等がエドガー王子などの王統を担いで、連携したらことだな」

 国民から親しみをもってエドガー・ザ・エセリングと呼ばれていた孤
児の王子は、アングロサクソンの誇るアルフレッド大王の再来と畏敬
されていたエドマンド・アイアンサイド剛勇王の孫である。

エセリングとは、アングロサクソン語では「高貴な血筋」という意味で
あり、王位継承権のある直系王子や、王の兄弟だけに尊称された。

ハロルド王がヘイスティングの戦いで落命した後、一時はアングロサ
クソン貴族に擁立されて、王冠のない王位についていた時期がある。
しかし、バーカムステッドの丘でウィリアム公に降伏し、恭順を誓って
いた。だが、たとえ無力な少年といえども油断はできなかった。

「その通り」
 と、ユ伯ロバート候が相槌をうち、自説を述べ始めた。ノルマンディー
では豪胆無比の大貴族として知られており、ウィリアム公の檄に大軍
団を率いて参戦し、武勲を立てていたから、発言に重みがあった。

「特にモルカール伯のヨーク城や、エドウィン伯の居城チェスターには、
ヘスティングの戦いに参加しなかった無傷の大軍団が温存されている。
これらの軍団が動けぬように、戴冠式に参列した両伯爵をはじめ主だ
ったサクソン貴族達を、しばらく我らの手の内に抑えておいた方がよい
と思うが、どうじゃろう、諸候」
「いっそのこと彼等をここで処刑してしまったら、一気に片ずくのではな
いか」
 との荒っぽい意見もでた。

「主だった者を今殺すのは簡単だが、それでは国中が火に油を注ぐよ
うな騒ぎになりはせぬか」
「戦いとは食うか食われるかよ。力が正義だ。倒せる時には、謀略でも
何でもよい、敵を倒すべきだ」
「いや、それではヴァイキングと変わりない。我らは騎士よ。それに我ら
が盟主ウィリアム公は、今はキングだ。王らしく治めた方がよい」

「王道や騎士道を持ち出すにはまだ早い。明日は襲われるやもしれぬ
土地にいるのだ。優しさや憐れみは我らには禁物よ」
「それでは殺戮者ではないか。我らはこの国を統治しなければならぬ
のだ」
「待て待て、喧嘩口論の場合ではないぞ」
 と、オズバーン親衛隊長が血気盛んな若い貴族を宥めた。

 それまで黙って意見を聴いていたウィリアム王が、斜め後ろに控えて
立っている側臣ウォルター卿に声を掛けた。
「ウォルター、お前の意見はどうか」



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