第1章 眞白き塔(2)

前頁より



 ウィリアムには母方の叔父になるウォルターは、亡父の出自が鞣革
屋であるため騎士の座につかず、もっぱら側臣として王が少年の頃
から身辺を警護していた。それは庶子のウィリアムを産んだ姉の指図
であった。さらに影の集団の首領として吟遊詩人、聖職者、淫売婦、
馬喰、商人などあらゆる職業を網羅した間者の組織を統率し、的確な
情報蒐集をしていた。だが、この影の頭領であることは、騎士達も知ら
ない。

 ウォルターは、丁寧な言葉使いで答えた。

「皆様のご意見は一つ一つもっともなことばかりです。サクソンの貴族
達を領地に帰せば、臣従の方よりも反乱の方に動くことが多いでしょ
う。さりとて、ここで彼等を殺害すれば、私どもは、イングランド国内だ
けでなく、欧州の各王室から軽蔑され、治世がかえって難しくなるで
しょう。それよりも前に、このロンドンの市内にも周辺にも、彼等サクソ
ン貴族の手の者が多数潜んでいる気配がします。一斉に放火され、
夜襲を受ければ、この宮殿では不利ではないでしょうか。
昼間は大活躍する馬も、夜襲には足手纏いになりましょう。ユ伯ロバ
ート候の仰られるように、エドガー・エセリング王子、モルカール伯、エ
ドウィン伯、ウォルソーフ候、スティガンド大司教など主だった者は、王
の賓客であるとの名目をつけて、陣内に丁重に軟禁されることと、し
ばらくの間この宮殿を離れて、野営する方が安全でしょう」

「エドウィン伯やモルカール伯は分かるが、ウォルソーフ候というのは
何者だ?ウォルター」
とロバート候が訊ねた。

「先のノーサンブリアの大領主だった故シワード伯の息子で、今はノー
サンプトンの領主ですが、シワード伯の人望を引継いでおりなかなか
の要注意人物です」
と、ウォルターが彼についての情報を披瀝した。

ウォルソーフ候については後日ウォルターの懸念があたることになる。



「成る程、夜討ちをかけられては、この王宮では防ぎようがあるまい
な。よし、皆の者、よく聞くがよい。ウォルターの言うように、市内にも
周辺にも、サクソンの者どもが潜んでいるとみたほうがよい。この国
を統一するまでは、余も命が惜しい。暫くロンドンを離れることにしよ
う。しかし、いつまでも野宿というわけにはいかぬ。直ちにロンドンの
何処かに城を築こう。少なくとも安眠できる場所を作ろう」

「賛成」
「王の仰せの通りだ」
「ウォルター殿、ところで築城と野営の場所は?」

「恐れながら申し上げます。街の東側、テームズ河畔にあります古代
ローマ時代の砦の跡が、築城に絶好の場所かと思います。ノルマン
ディーとの交通も、船便が使える上に、ロンドン商人の荷物も抑えら
れます。野営地は、東北5マイル(8キロ)にある見通しのよいバーキ
ングあたりが適当かとみられます。ロンドン市民に反乱の気配があっ
も、すぐ駆けつけられます」



「いつもながらウォルター殿は物知りで、我々武人が気付かぬよい
意見具申をしてくれるものよ」
 と、諸侯が感心する。

「よし、そこに決めよう。ウォルター、直ちに築城と野営の物資の手配
にかかれ。各々がたは、兵を纏めよ」
 王は、判断も行動も迅速であった。全軍を率いてウェストミンスター
宮殿を出ると、馬首を東に向けた。



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