特集 〈人間の再発見〉の夜明け前に

Before the Dawn of the Rediscovery of Man

はじめに

榊 令

 〈人間の再発見〉−−それは、コードウェイナー・スミスの未来宇宙史における一大エポックです。一九六一年ファンタジイ・アンド・サイエンス・フィクション(F&SF)誌に発表された「アルファ・ラルファ大通り」においてはじめて姿をあらわしたこの一大事業は、その後のさまざまな物語をまきこんで広がっていきました。その中には、唯一の長篇『ノーストリリア』もあります。
 ところで、スミスはきちょうめんな作家でした。フィクション関連の書簡や草稿、原稿は、年ごとに製本されあるいはファイルされ、多くに日付が記録されていました。これらのうち散逸をまぬがれたものが、カンザス大学のケネス・スペンサー研究図書館に所蔵されています。おかげでわたしたちは、スミスの執筆活動の軌跡を、ある程度まで追跡することができます。
 それらの資料をひもとくと、〈人間の再発見〉の登場は唐突です。「アルファ・ラルファ大通り」の発表原稿が書かれるまで、はっきり〈人間の再発見〉につながる構想は現れていません。
 一方、発表作品において〈人間の再発見〉時代を背景に語られるさまざまな人物や事物に物語−−猫娘ク・メル、下級民、ノーストリリアこと惑星オールド・ノース・オーストラリア、そこの出身で宇宙一の大金持ちになった若者とその地球訪問、地球港(アースポート)、ティードリンカー、長官(ロード)ジェストコースト、イ・テレケリ、その他−−の多くは、比較的早くから、造型や構想が草稿で準備されていました。
 〈人間の再発見〉は、これらの造型や構想を修正し、また変貌させました。

 では、〈人間の再発見〉以前にはどんな世界や物語があったか?−−スミスが残したさまざまな草稿を訳出することによって、それを再構成する試みが、この特集です。
 本特集でお目にかけるのは、“正史”とはならなかったもうひとつのスミス宇宙です。人名や固有名詞などは発表作品に登場するものに通じるかもしれません、しかし発表作品で語られる“正史”とは適合しない、あるいは作品として完結することがなかった、それゆえに正当なものではない−−そんな宇宙です。
 とはいえ、これらもまた作家スミスの所産でした。そして、これらの草稿は、発表作品と相互作用しながら書かれてきました。草稿には、発表作品にいたるまでに切り捨てられたもの−−発表作品で描かれなかったもの、変更修正されたもの−−が残されています。草稿をひもとき、発表作品の背景や成り立ちを考えてみるのも、一興でしょう。

 本特集の配列は、原稿の執筆年代順になっています。
 まず「第一部 『星を欲しがる馬鹿』」で紹介するのは、初期の長篇草稿『星を欲しがる馬鹿』と、関連する草稿断片です。この草稿は、最終的に発表長篇『ノーストリリア』に結実しました。
 続く「第二部 〈人間の再発見〉前」では、『星を欲しがる馬鹿』関連以外の、「アルファ・ラルファ大通り」より前に書かれた草稿断片を紹介します。
 最後の「第三部 〈人間の再発見〉後」では、「アルファ・ラルファ大通り」以後に書かれた草稿を紹介します。
この他に、資料として、解説と年譜をつけました。

 なお、本特集で訳出した草稿については、本誌前号(10号)訳載のジョン・J・ピアス「秘められたコードウェイナー・スミスの宝脈」が論考を行なっています。
 並行して読み進めていただけると、さらなる理解の助けになるかもしれません。

 さあ、もうひとつのスミス宇宙へようこそ……

一九九六年九月


[『アルファ・ラルファ大通り』翻訳リストへ戻る]
Copyright (C) 1996 Rei Sakaki (榊 令)

1997年9月 HTML化