作家の所産にはさまざまなものがあります−−出版作品、未発表原稿、アイデアメモ、設定資料、草稿など。
それらのうち、わたしたち読者が享受することを許されているものはどれでしょうか? 出版作品? 出版作品には二面性があります−−編集者の厳しい査読をくぐりぬけ、読者に提供するに足ると認められて世に出たもの。一方、編集者や読者の嗜好あるいは時代の要求など、さまざまな妥協の結果として世に出ることを許されたもの。
読者の関心も様々です−−出版作品を読むだけで十分という読者もいれば、作家が生み出した登場人物や設定、概念などを自分なりに再加工したり展開させようとする読者もいます。またあるいは、未発表原稿なども含めてとことんその作家の所産にこだわりたいという読者もいます。いろいろな楽しみ方があります。
しかし、どんな楽しみ方も、作家が作りだしたもの−−登場人物、設定、背景世界、何であれ、読者が魅力を見いだしたもの−−があってはじめて成り立つのではないでしょうか。
筆者は、アメリカはカンザス大学で、コードウェイナー・スミスの未発表原稿やノートなどを直接手にとって読む機会をもちました。ぜいたくな体験でした。
そして、これら、出版作品(と商業出版の翻訳作品)に注目している限り知ることがかなわないかもしれないスミスの所産を、紹介することができればと思いたちました。その第一弾がこの特集です。
このようにほじくりかえされるのは、作家本人にとっては迷惑なことかもしれません。このような作業を無粋と感じる読者もいるかもしれません。ほじくっている本人にとっても悩ましいところです−−ほじくりかえしたいのは作家が作り出した世界なのか、作家本人なのか、それとも他の何かなのか? そもそも、作家が執筆した言語ならぬ日本語で紹介することで、どれほどのものが伝えられるのか? それでもあえて、やれるところまでやってみたいと考えています。
本特集では、特集タイトルの通り、〈暗黒時代〉−−補完機構以前の時代を描いたものと考えられるスミスの未発表原稿やノートを選んで、訳出しました。また、末尾には、資料として解説をつけました。
作品の配列は、スミスの未来史上適当と思われる順序に従っています。
今後、左に示す作品や断片なども紹介していければと思っています。
でも今は、この特集をお楽しみいただけますことを!
一九九四年六月
1997年9月 HTML化