“未来からのホットライン”ジェームズ・P・ホーガン (創元SF)
小説を読んでいると、途中まで読んでおおよその結末が判ることがあります。
そして、その通りの結末を迎えて「なぁんだ、やっぱりそれだけか」と思う場合と
「うんうん、やっぱりそうなったか、よしよし(^_^)」となる場合があります。
この“未来からのホットライン”は後者です。同じホーガンの“創世記機械”
は僕にとっては前者であまり好きではないのですが…。
うーん、どこら辺で差がつくのだろう。
この話は、タイトルを見ればだいたい判る通り、「時間もの」です。
ただし、通信が送れるだけです。
老科学者がそれを発見し、その仲間たちとその性質を調べています。
そして、それとは全然関係ない、とある物理実験施設で行なわれた実験が、
最早とりかえしのつかない事態を起こしてしまったことが判明。
何がまずいのかをその実験が始まる前に知らせることができれば…。
しかし、そうすると今流れているこの時間はどうなるのか?
大丈夫です。
最後には「よしよし(^_^)」という結果が待っています。
“2001年宇宙の旅”アーサー・C・クラーク (ハヤカワSF)
月面から発掘された巨大な黒いモノリス。
人類は、それと同じものが地球上に現れ、
絶滅への道にあった人類の祖先を知性の道へと導いたことを知らない。
月のモノリスは太陽の光を浴びると、土星の方向へと信号を送った。
その信号の先を調査するため、宇宙船ディスカバリー号が建造され、
人間たちとコンピュータ (HAL9000) を積んで出発する。
言わずと知れた名作。映画のほうも、SF映画の最高傑作とも評されています。
ちなみに映画と小説はほぼ同時進行で作られたそうです。
ディスカバリーの目的地が違ったりしますが^^;
(当時の特撮技術で土星の良い映像ができなかったかららしいです。
その辺りの話は“メイキング・オブ・〜”
で読めます)。
大筋は、人類の進化について、細かいところでは HAL9000
はいったいどうしてしまったのか、というところが主要なところです。
映画ではかなり難解ですが、小説ではかなり説明されています。
小説と映画、どちらが先でも良いでしょう。
“ファウンデーション・シリーズ (1〜3)”アイザック・アシモフ (ハヤカワSF, 創元SF)
銀河の中心近くにある首都トランターを要とし、
銀河帝国は栄華を極め、それは永遠に続くかのように見えていた。
しかし、帝国の没落とそれに続く暗黒時代を、
統計的な数学を応用し人間の社会の動きを解析する
「心理歴史学」によって予言した男がいた。
その名はハリ・セルダン。
帝国の没落などという物騒なことを言うセルダンとその仲間を、
皇帝(の代理人)は銀河の辺境の星ターミナス(テルミナス)へと追い遣るが、
それも心理歴史学を活用し、暗黒時代の長さを短くしようという
「セルダン計画」の一部であった。
…やがて帝国は衰退して行き、
ターミナスのファウンデーションと呼ばれる勢力が台頭して行った。
「セルダン計画」はこのまま順調に進むのか?
アシモフの名声を確かなものにしたとも言える壮大な未来の歴史ドラマです。
年代を追って短〜中篇のエピソードが積み重ねられていきます。
2巻め“ファウンデーションと帝国”の後半“ザ・ミュール”
からは謎解きの要素も強くなってきます。
読み始めればどんどんとのめり込めることでしょう。
“ファウンデーション・シリーズ (4, 5)”アイザック・アシモフ (ハヤカワSF, 早川書房)
3巻め“第二ファウンデーション”が執筆されてからかなりの間があいて、
“ファウンデーション・シリーズ”が帰ってきました。
“ロボットもの”との統一という野心と共に。
4巻め“ファウンデーションの彼方へ”では“ロボットもの”でもない長編、
“永遠の終り”すら「伝説」として取り込もうとしています。
そして「直感能力者」と言う点で“神々自身”
さえも絡めようとしていると見るのは僕の穿った見方でしょうか^^;。
なお、書かれた年代があいているせいもあるのか、
設定が微妙に変わっているところもあるように思います。
5巻め“ファウンデーションと地球”。
まだ“鋼鉄都市”の系統を
“ロボットと帝国”まで読んでいない人は、
これを読む前にそちらを読みましょう。
さて、“〜と地球”という名のとおり、
“〜彼方へ”でやり残した地球探索の話です。
この結末、僕はなんか納得は行かないんですが、説得はされてしまいました^^;。
この続きを書かずしてアシモフが亡くなってしまったことを悲しく思います。
(6, 7巻はセルダンの若い頃〜ファウンデーション設立までの話)