しつこく花粉症

 相も変わらず花粉症である。朝、鼻が詰まって呼吸困難で目が覚める。ねぼけながら薬を飲む。副作用で眠くなる。とろとろとまどろむ。また鼻が詰まって目覚める。甜茶(アレルギーに薬効があるとされる、ほのかに甘い茶)を飲む。点鼻薬を差す。また眠くなる。鼻が詰まる。顔を洗って鼻うがい(鼻から水を吸って口から吐き出す。痛い)を行う。飯を食う。酒を呑む。充血して鼻が詰まる。薬を飲む。眠くなる。こんな具合でどうにもならない。

 花粉症に対する根本的な治療はまだない。スギやヒノキの花粉のない、北極地方か熱帯地方に転地するしかないらしい。花粉を感じる鼻腔の敏感な部分をレーザーで焼くという乱暴な療法があるらしいが、どうにも気が進まない。なんだか嗅覚が失われてしまいそうだ。それにレーザーというのは、私の年代だと「殺人レーザー」という連想が働いて、物騒なもの、ひとごろしの道具、と感じてしまう。だから、男性誌などで見かける「レーザーメスで痛くない手術」にも心を動かせたことがない。いや、もともと治療の必要なんかないんだけど。ちなみにあの業界では、レーザーメスはもう流行遅れらしい。いや、詳しく読んだわけではないのだけど。
 レーザーといえば奇想天外な治療法を提唱した人がいる。超小型レーザーとセンサーを携帯し、センサーが花粉を検知すると、その方向にレーザーが発射され、人体に届く前に花粉を焼却する。四方八方にレーザーが乱射され、さぞかし美しかろう。やや危険が伴うが。ちなみにこの装置を提案した人は、散布前の花粉すべてにナノマシンを装着し、自由にコントロールできるようにすれば、花粉症を防ぐ装置にもなれば、嫌いな奴に花粉を送り込んで苦しませることもできる、と述べた。誰が発案したか、だいたいわかるだろうと思う。

 遙か昔、一億年くらい昔の中生代、まだ被子植物はなかった。花を咲かせ、その花粉を昆虫や鳥が運ぶ植物はいなかった。陸上は、スギやヒノキと同じように花粉を大量に散布し、風に乗せて受粉させる裸子植物が支配していた。その散布シーンをCGなどで見せられると、鼻がむず痒くなってしまう。平原のすべてが黄色く染まるような、否、空漠たる空間のすべてが黄色で満たされるような量の花粉が散布されているのだ。
 そのころ生きていた恐竜は花粉症にならなかったのだろうか。恐竜はかなり進化していた。中にはハドロサウルスのように、鼻腔が頭蓋骨の中をうねうねと長躯伸びている奴もいた。嗅覚を敏感にするためらしいが、こいつが花粉症になったら、さぞかし苦しむことだろう。ひょっとすると、恐竜は花粉症で滅んだのかもしれない。
 いやむしろ、花粉症で苦しむとしたら、やはり哺乳類の方か。とすると、中生代のあいだ哺乳類が支配的になれなかったのは、花粉症で苦しんでいたせいだ、という説はどうだろう。中生代末、白亜紀の頃、被子植物が発生し、やがて陸上を支配した。裸子植物は衰え、わずかに小型化したものや、植物遷移のごく一部を受け持つものだけが生き延びた。裸子植物の胞子による花粉症から解放された哺乳類は、やがて数を増やし、さまざまな種を産み出し、恐竜を圧倒する。花粉進化論である。
 やがて地球は温暖化し、ふたたび裸子植物が優勢となる。そのおびただしい花粉量により、ほぼ全人類が花粉症となる。世界の生産性は著しく低下する。人類の勢威はおとろえ、やがて他の動物に取って代わられる。われわれ哺乳類は、花粉に支配されているのだ。


戻る                   次へ