最終的に済州島にしました。

 長く厳しい終電と深夜タクシーと休日出勤の日々は過ぎ、ようやく平日に休みが取れるようになった。
 母親もこちらに来ていることだし、さて、どこかに出かけようかというとき、思い出したのは3年前の済州島である。あのときは直前に母親の体調が悪化し、直前でキャンセルしたのだった。さいわい今回は母親の体調もほぼ良好だし、今の平日ならツアー料金も安い。というわけで1月29日から2月1日までの3泊4日のフリーツアーに申し込んだのであった。
 ところがツアー料金の3分の1近い金額を追加で取られる。成田空港の使用料金、済州空港の使用料金、燃料サーチャージ料、すべてあわせて2人で2万円弱。これらの料金が、我々のような格安ツアーの貧乏人と、大名旅行の金持ちと、同じ値段というのは納得がいかない。悪平等というものではないだろうか。ファーストクラスやビジネスクラスの客は空港のラウンジも使うし、飛行機内の専有面積も広いのだから、エコノミーの倍くらい取ってもおかしくないと思うのだが。

1月29日(火)
 などと文句を言いながら29日の早朝、家を出て成田空港へ。2年前に台湾に行ったときよりも警戒は厳しくなっている。液体類は100ミリリットル以下の小瓶に入れて提出せよ、コートは脱げといろいろ指示が増えている。私がアルコール依存症治療のため持ち歩いているシアナマイドの瓶を係員は不審そうに眺めていたが、なんとかパス。母親は歯磨きチューブが手荷物に入っているためひっかかっていた。
 前回の台湾は2泊3日、しかも深夜到着早朝帰国という過酷なスケジュールで、実質1日しか遊べなかったのだが、今回は3泊4日、しかも昼到着夜帰国という優雅なスケジュールで、到着日も半日くらい、出発日は夕方まで遊べるのである。ああ、済州島っていいなあ。
 などと感動しながら乗りこんだ大韓航空機は、久しぶりに座席に液晶画面がない、イヤホンもくれないという映画無し音楽無しの飛行機だった。こんなの10年ぶりくらいだ。大韓航空機がそういうものなのか、それとも済州島という田舎の便だからそうなっているのか。機内食もしょぼい幕の内弁当で、うまくもまずくもない。

 とりあえず今回の旅の目的はふたつ。飯を食うことと、「独島はわれらの領土」Tシャツを買うこと、このふたつである。残念ながら済州島にはメイド喫茶はない。ソウルにはあるそうなんだが。
 飯はあれだ。済州島の特産物である豊富な魚介類、そして黒豚だ。そのためにガイドブックや百円ショップの旅行会話集やインターネットを探し回り、「アンニョンハセヨ」とか「カムサムハムニダ」などという言葉よりも先に、まず「カルチ」(タチウオ)「オクトム」(甘鯛)「チョンボ」(アワビ)「デジカルビ」(豚カルビ)「サムギョプサル」(三枚肉)「フエ」(刺身)「クイ」(焼き)「ネンミョン」(冷麺)などといった単語を頭にたたき込む。

 独島Tシャツは前回旅行を企画したときは人気沸騰中だったのだ。
 こんな物を買うなんて非国民め、などといういわれなき中傷を予防するためあらかじめ書いておくが、たとえばロシアで「北方4島は返さない!」というTシャツが売っていても私は買わない。択捉、国後、歯舞、色丹は日本固有の領土であると思ってはいるが、ロシア側にもヤルタ会談でのスターリンとルーズベルト、チャーチルの密約という武器があって、盗人にも三分の理くらいはあるからだ。
 しかし竹島の場合、そんな心配はない。江戸時代から竹島(当時は松島と呼ばれていた)は日本の漁場であり、李氏朝鮮との領土問題すら発生していなかったという厳然たる事実がある。鬱稜島(当時は竹島と呼ばれていた)については、長州藩と李氏朝鮮との間で交渉があったらしい。韓国人は江戸時代と現代の名称の違いから来る誤解をいまだに抱いているようだ。やがて朝鮮は日本領となったが、日本が戦争で負けて植民地をすべて手放した後でも、竹島は日本領土と国際的に認められている。
 つまり韓国の主調はトンデモであり、トンデモについて接するべき態度は、ネタとして生暖かく見守る、それに尽きる。したがって、私がネタとして独島Tシャツを買ったところでなんの問題もない。

 いちおう出発前に少しは済州島のことを勉強しておこうと思って、司馬遼太郎の「街道をゆく・耽羅紀行」を読み返すが、いつもの司馬遼太郎のでんで、観光に役立ちそうなことはほとんど書いていない。わずかに「韓国人へのおみやげはバナナ」という、まったく役に立ちそうもない豆知識を仕入れたのみ。

 済州島には定時通り12時半に到着。飛行時間約3時間ですな。田舎の空港のこととて、タラップで地上に降りバスに乗って空港ビルへ移動する。こんなのって、ベトナムでホーチミンからハノイへの国内線に乗ったとき以来だ。なんかタラップというと、ビートルズかボボブラジルが利用するもの、というイメージがあるんだよなあ。
 トランジットを通るといきなり電光掲示板に日本語で「鶏インフルエンザ、家畜口蹄疫の廃絶のため食肉検疫にご協力ください」のテロップが出る。日本より一人当たり消費量が多いせいか、韓国では食肉の安全にかなり配慮している印象がある。米国産牛の輸入問題でも、取り決めを勝手に破られても文句ひとつ言えないヘタレ日本政府と違って、かなり大胆に輸入禁止措置を発動するからなあ。
 空港でとりあえず3万円を両替する。260,400ウォン。
 現地の旅行会社の人に案内されてバスに乗り込む。今日は3組、7名の観光客。私以外はぜんぶおばさん以上老女以下。止まるホテルはぜんぶ違うらしい。
 済州島の天気はどんよりとした曇り。気温は7度。それよりも強風が吹きつけて寒い。南国リゾートといった雰囲気、まるでなし。ガイドさんの話によると済州島の天気予報はつねに外れるが、強風という予報だけはつねに当たるそうだ。なぜなら風が止むことがないから。済州島は「三多の島」と呼ばれ、風が多い、石が多い、女が多いところだとか。こんなところに貴重なおにゃのこが偏在しているから、日本の私にまで回ってこないのだ。しかも済州島の女は農耕から収穫から海女までやってよく働き、旦那はのほほんと遊んでいることが多いとか。まさに私やアイス牛男爵のために用意されたような島である。
 まずお約束の免税店に案内される。エルメスだとかグッチだとかバーバリーだとかカルティエだとかの本物には興味がないんだってば。パチモンなら興味があるけど。とりあえず片隅のお土産品コーナーで独島Tシャツを探したが、ない。それよりも驚くべきことに、済州島にまでキティちゃんグッズが売られていた。
 だいぶ前に私の駄文でキティちゃんの全国制覇の野望についてお話ししたことがあるが、きゃつ、猫だけにきゃっつは、すでに全国制覇を余裕でなしとげ、世界制覇に乗り出していたのだ。韓国のチマチョゴリキティちゃんとか、朝鮮人参キティちゃんとか、済州島名物のミカンキティちゃんとか、海女キティちゃんとか、タラバガニキティちゃんとか、アワビキティちゃん等々がずらりと並んでいる。きっと台湾ではカラスミキティちゃんが売られていることだろう。北京では人民服キティちゃんとか文化大革命キティちゃんが、インドネシアではガムランキティちゃんが、インドではシャクティパットキティちゃんが、ネパールではグルカ兵キティちゃんが、カンボジアでは地雷キティちゃんが、パリではフランスファイブキティちゃんが、ロシアではマトリョーシカキティちゃんが、アメリカでは自由の女神キティちゃんが、エジプトではツタンカーメンキティちゃんが、ヨハネスブルグでは軍人上がりの屈強な8人のキティちゃんが、ケニアでは部族抗争キティちゃんが、ペルーではナスカの地上絵キティちゃんが、エクアドルではガラパゴスウミキティちゃんが、ドイツではネオナチキティちゃんが、スウェーデンではフリーセックスキティちゃんが、パプアニューギニアではデング熱キティちゃんが、ポルトガルではサラザールキティちゃんが、キューバではゲバラキティちゃんが、日本海溝最深部ではダイオウグソクムシキティちゃんが売られているに違いない。奴はどんな国、どんな環境にも適応する。世界的に有名なネズミや世界的に有名な犬にはできない芸当だ。もはやキティちゃんの世界制覇は時間の問題である。ジーク・キティ。
 ここでは取り合わせの馬鹿馬鹿しさに負けて冬のソナタキティちゃんの携帯ミラーを買う。11,350ウォン。

 空港からいちばん近い我々の宿舎、ラマダプラザホテル済州に2時半ごろ到着。他の客は済州市中心部のKALホテルと、南端にある新羅ホテルらしい。ガイドさんに明日のツアーを勧められ、母親の体調もいいようなのでお願いする。三食付きでひとり13,000円。
 このホテルは5ムクゲ(韓国ではホテルのグレードを星でなくムクゲの花で表す)の、済州市では最高クラスの高級リゾートホテルなのだが、前年の台風で1階が床上浸水を起こし、その復旧がまだ終わっていない。3時チェックインとのことなので、ラウンジでウェルカムドリンク(無料)を飲んで時間を潰す。
 ホテルのロビーにいまだにクリスマスツリーが飾られている。ガイドさんに聞いたら、韓国では正月を旧暦で祝う(2月6日ごろ)ので、それまではクリスマスの飾りを残すのだという。たぶんクリスマスは外来風習なので新暦だから、たっぷり2ヶ月以上はお役に立てるわけだ。日本より有効利用できてるなあ。
 3時過ぎにようやくホテルの部屋へ。たしかに広いし海が見える最高のロケーションだしシーツにシミなんかないし絨毯に血なんかついてないし、いい部屋なんだが、どうにも腑に落ちない点がふたつある。ひとつはベッドルームとバスルームの間に窓があって、それを開けておけばベッドから排尿シーンすら見学することが可能な構造になっていること。もうひとつはシャワールームとバスタブが完全に分離され、シャワーを浴びながらバスタブにお湯を溜める、またはシャワーで使用後のバスタブを洗い流すという行動が不可能になっていること。しかもシャワールームの扉が完全に閉まらず、しぶきが床に飛び散る。
 韓国は日本に近いせいか、台湾やタイほど狂おしい日本語に出会うことは稀だが、それでもホテルのトイレのウォシュレット使用説明書には、「体刑に応じてノズルの位置を調節します」などと書いてある。ノズルから鞭とか出てきてお尻百叩きの刑とか執行される妄想に悩まされて鬱になる。
 韓国のホテルではシャンプーや歯ブラシ歯磨き、髭剃りなど置いていないか、置いていても有料だと聞いていたが、このホテルは有料組だった。市価の3倍くらいの値段でミニバーに備えてある。韓国では日本よりもエコロジー配慮が進んでいて、ホテルの使い捨てアメニティの撤廃もそうだが、スーパーやコンビニでもレジ袋はいちおう備えているが持参の袋につめこむ客のほうが圧倒的に多いし、リサイクルも活発に行われている。使用済み古紙再生やペットボトルの再生もそうだが、なかには人間→糞尿→コヤシ→蟯虫の卵→野菜→キムチ→人間、など、韓国独自のエコサイクルも行われている。

ラマダホテル 変な構造

 とりあえず一休みしてから、隣にあるEマートへ買い出しに出かける。まあいってみれば郊外量販店で、家具電機製品書籍文具玩具衣料食料なんでも揃う便利な店。難をつけるとしたら、食料が大量買い出し客用に5本1パックなどになっているものが多く、ヨーグルト1個だけとかお茶1本だけとかが買いにくい点であろうか。ここでも独島Tシャツを探したが見つからず。水とかミカンとかヨーグルトとかお菓子とか買う。バナナも売っていて1本100ウォン程度だったので、司馬遼太郎の豆知識がもう役に立たないことだけは確認できた。玩具コーナーでヌンチャクだと思って買ったものは、遊び方皆目不明のスゴロクのようなものであった。総計10,560ウォン。海産物やミカンや豚肉などの特産品を除けば、物価は日本とだいたい同じくらいかな。
 Eマートの屋上に上がってみたら千ウォンショップがあった。とはいってもダイソーなどと同じように、千ウォン以上のものも売っている。そこで日本語会話入門(1,500ウォン)と、日本のより一回り小さい韓国紙幣のサイズに合った札入れ(5,000ウォン)を買う。
 帰りにコンビニに寄ってインスタントコーヒーやらお茶やらを買う。総計3,600ウォン。
 かつて日本では十六茶戦争というものがあって、アサヒ飲料が「十六茶」を発売して大ヒットすると、負けじと大阪のサンガリアが「二十一茶」を発売し、おいどんも戦でごわすとばかりに九州某メーカーが「二十四茶」を発売するというインフレ競争が巻き起こったのだが、韓国では戦争の爪痕がまだ残っているらしく、「十六茶」の隣に「十七茶」というのが並んでいた。

よくわからん玩具 十七茶

 またしばらく休んでから、近所に夕飯を食いに出かける。ホテルの前の通りは通称「刺身通り」と呼ばれるくらい刺身店が並んでいるが、ネットでそこそこ有名だった「海女」という店にはいる。日本語のメニューと、たどたどしい日本語が通じる。とりあえず「カルチ!フエ!」と連呼して太刀魚の刺身を頼む。一緒に鯖の刺身も頼む。あと魚介のチゲも頼む。
 するとなんとしたことだろう、頼んでもいないチヂミが運ばれてくる。頼んでもいないイカ刺しのキムチあえみたいなのが運ばれてくる。頼んでもいない生牡蠣が運ばれてくる。頼んでもいないサンマ塩焼きまで運ばれてくる。
 これはきっと、日本語がよくわからなかったふりをして勝手に料理を出し、ボッタクるつもりだ、とそれまでの旅行経験が私に囁く。顔をこわばらせながら店のおばさんに問いただすと、「さんびす、さんびす」とつげ義春漫画の登場人物のようなことを言う。
 どうやら全部、いわゆるつきだしに類するものであったようだ。しかしなんだ、韓国料理にはつきだしが何皿もついてくるというのは知ってはいたが、本場の味と言われている大久保の韓国料理店でさえ、小鉢にナムルとかキムチとかピーナッツとか、その程度のものだった。それが大皿にチヂミだもんなあ、殻付き生牡蠣だもんなあ。

つきだし1 つきだし2
これ全部つきだし。

 やがて注文した料理が運ばれてきたが、太刀魚も鯖も大皿山盛り。こちらでは刺身は、春雨を敷いた上に並べるのがしきたりらしい。太刀魚は淡泊な白身で、ちょっとヒラメに似ている。鯖は脂がのっててこりこりしてうまい。海鮮チゲはスープが絶品。そらそうだろな、カニ、エビ、シャコ、アサリ、ムール貝、ホタテ貝といった各種海の幸でダシを取っているんだから。

刺身

 あとはおとなしく宿に帰って風呂入って寝る。あの窓は閉めておいたことはいうまでもない。

1月30日(水)
 きょうはオプションツアーの日。8時20分にロビーに迎えに来てもらい、バスに乗り込む。きのうKALホテルに泊まった年増女性2人組がすでに乗っていた。すぐ近くのアワビ屋でアワビ粥の朝食。こちらのアワビ粥は小振りのアワビを切り刻んで全部放り込むらしく、肝で緑っぽい色をしている。この店でもチヂミがつきだしで出てきた。

アワビ粥
アワビ粥以外は全部つきだし。

 朝食を終えてからバスで1時間ほど走り、最北端の済州市から最南端の中文リゾートへ。ここできのう新羅ホテルに泊まった老女3人組を拾い、そこからバスでまた1時間ほど疾走。最東端にあるオールインハウスが最初の観光。
 オールインハウスとは広島のブラウン監督に関係があるのかと思ったがそうではなく、「ビョン様」ことイビョンホンが主演した「オールイン」という映画のロケ地兼記念館であるらしい。私ら以外の2組はどちらも韓流めあてであるらしく、「映画と一緒だわ!」「あのシーンで出てきたルーレットよ!」などと感激していたが、私には、はあ銅像があるなあ。スチール写真があるなあ。なんか賞もらったらしいなあ、という阿呆のような感想しか出てこない。だいたいビョン様って、中日のイビョンギュのことだと思ってたもんなあ。
 中の展示を見てなんとなく映画のあらすじがわかったような気がした。たぶん主人公のビョン様は、ヒロインをライバルと奪い合ったあげく、最後にルーレット勝負でカタをつけようとしたが惨敗。一文無しになったビョン様にヒロインが「あたし……何もなくても、あなたがいればいいの」と寄り添いハッピーエンド、という感じの話らしい。
 それにしても日本の観光地にしかないと思いこんでいた、あの顔穴あき記念写真ボードがここにもあったことに驚いた。そこで本当に写真を撮っている人がいたことにも驚いた。

オールインハウス 記念撮影

 次はオールインハウスの近くにある城山日出峰へ。ここから初日の出を見るのが、まあ日本でいう富士のご来光みたいな名物らしい。正月でなくてもいいらしく、毎日の日の出時刻を書いたボードが立てられていた。夏だったらこのへんで海女が潜ったり観光客にアワビやサザエを売りつけたりしているらしいが、この寒さでは当然なし。バス停の前にちょっと店があって、そこで茹でたウミニナとかトウモロコシとか、水槽にアワビ、トコブシ、ナマコ、ホヤを入れて売っていた。ウミニナをちょっと貰って食うと、ほどよい塩気がいい感じ。酒のつまみにはよさそうだなあ、チェッ。

 そこからバスで30分ほど内陸に移動し、城邑民族村へ。ここは係員がガイドする決まりだそうで、係員に従って見物する。かつて済州島は「三多」の他に「三無」というのもあったそうで、それは、「泥棒がいない、乞食がいない、門がない」だそうな。家の入り口には門の代わりに、3本の丸太を立てかける台があって、3本立てかけてあったら中に住民がいる、2本立てかけて1本寝かせてたら外出してるがすぐに戻る、1本だけ立ってたら子供の留守番しかいない、全部寝かせてたらみんな外へ出てしばらく帰らない、という合図だったそうな。
 かつての済州島の民家は強風に耐えるよう丈を低く、屋根の傾斜もゆるやかにしており、ちょっと対馬の民家に似ている。対馬との違いといえば、屋根が吹き飛ばされるのを防ぐため、対馬では石を置いていたが済州島では紐で縛りつけてるところか。
 かつて済州島で使われていた便所にも案内される。屋外の単なる穴ぼこで、穴の底には黒豚が飼われている。ここでウンコをすると黒豚が寄ってきて食べるという仕組み。ここでも韓国独特のエコシステムで、人間→ウンコ→黒豚→食肉→人間、というサイクルが機能していた。今はやっていないのでご安心くださいと言うが、なに、遠慮することなくどんどんやったらいい。
 立てかけてある棒は、用便中に豚が寄ってきてチンポコを食いちぎるのを防ぐためだとか。
 ここまでを係員がやたら駆け足で案内するので、なにか魂胆があってのことに違いないと推理していたら、案の定、最後に案内された部屋は五味茶とかいう果実のペーストと、馬の骨の粉の販売所であった。さいわい老女3人組が馬の骨も五味茶も景気よく購入してくれたので、こっちに追及が来ることなく逃げ延びることができた。

家の門代わり 民家 トイレと黒豚

 ここで昼食。甘鯛、太刀魚、鯖の中から好きなものが選べる焼き魚定食。私は太刀魚、母親は甘鯛を選んだ。むろんつきだしのチヂミはついてくる。
 昼食後、サングムブリ噴火口へ向かう。噴火口というから暖かいのだと思っていたら、バスがどんどん坂を登って高度が上がるにつれ雪景色となり、到着したところは雪国であった。ここは温暖植物から高山植物まで約400種の植物が自生しているそうだが、私の目には雪しか見えない。
 雪道を滑らないように、強風に負けないように歩いていき、ようやく火口にたどり着くと、そこは強風吹きすさぶ厳寒の世界であった。休火山だもんなあ。前に噴火したの富士山より昔だもんなあ。こんな寒さ、網走に旅行に行ったとき以来だ。とにかく寒くてたまらなかった。

サングムブリ噴火口

 次なる名所は万丈窟。世界最長の溶岩性洞窟だそうだ。全長13キロを誇り、溶岩柱だとか亀岩だとかの奇妙な溶岩のオブジェが見られるという話だったが、昨年の台風の際に洞窟の入り口から4キロのところが水没し、さらに入り口から1キロ以降の照明設備が壊れ、いまだに復旧の見込みが立っていない。というわけで、われわれは入り口だけ見てさよなら。
 せめて写真でもと思ったが、今回デジカメ代わりに持参した携帯電話、ストロボがついていないのをすっかり忘れていた。暗闇の中では無力である。

 最後の名所は太王四神記のロケ地。これは「ヨン様」ことペヨンジュン主演だそうだ。日本でも放送中らしいが見たことないし、入場料は各自払うとのことだしやめようとしたら、1時間は停車してるとのことで、まあせめて歴史の話だし、オールインよりはわかりやすいだろ、と8,000ウォン払って入場。私だってペヨンジュンの名前くらいは知ってるし、ヨコジュンとの区別だってつく。ちっちゃければヨコジュン。
 中にはセットに使われる王宮だとか神殿だとか横町長屋だとかいろんな舞台が並んでいる。老女の一人は瓦を触って、「あら本物だわ。これ金かけてるわね。チャングムのはゴムを使ってたのに」などとのたまう。なにしろ済州島だけで5回目という韓流マニアだから、やたらにくわしい。
 物語の背景は中国でいう五胡十六国の時代。三国志の150年ほど後、四世紀のなかばごろですな。日本では三世紀の邪馬台国と五世紀の大和朝廷の間の「謎の四世紀」と呼ばれている時代ですな。それにしても王宮かどこかのセットに貼ってあった地図、後秦を思いっきり「後進」と書き間違えていたぞ。ドラマ見てる人がいたら確認してみてください。
 ストーリーは高句麗のナントカ王のナントカ王子がヨン様の役で、玄武、白虎、朱雀、青龍の4つの玉を手に入れた者が朝鮮王になれるという伝説により玉を持つ者を味方にすべくヨン様がさまようという、八犬伝と水滸伝をこきまぜたような話らしい。
 それに王位を狙って戦いを挑むライバルと、ヨン様を愛するヒロインが当然のように絡む。どうやら2つの例から類推するに、韓流ドラマは、主人公(ヨン様もしくはビョン様)、ライバル、ヒロインの三角関係とバトルによって成り立つ比較的単純なものらしい。
 四つの玉はヨン様が怒りや悲しみといった激情に駆られたとき発動するという、イヤボーン現象のようなものであるらしい。そのためにヨン様の仲間は、ヒロインを除いてバタバタと死んでいく。ヒーロー補正とヒロイン補正がはなはだしくかかっているらしく、ヨン様は危機に陥るとイヤボーンが発生して無敵になるし、ヒロインは背中に矢が刺さっても平然と走ったりしている。
 たとえば大西科学氏の「ジョン平」シリーズは既に韓国語版が発売されているが、もしも韓国で大人気となりヨン様主演でドラマ化されるとしたら、主人公のしげる(ヨン様)はヒロインの鈴音(イ・ジア)をめぐってライバル浜野(パク・ソンミン)と魔法合戦を行い、危機一髪の際にしげるのイヤボーン現象で逆転勝利、しげると鈴音がめでたく結ばれてとっぴんぱらりのぷぅ、という脚色が行われることはほぼ間違いないと思われる。

高句麗王宮

 ここから済州市内に戻って海鮮鍋の夕食。つきだしにチヂミがついてきたことはいうまでもない。なんだか今後、金を出してチヂミを食うことは馬鹿らしいような気分になってくる。
 ホテルに戻ってからコンビニに明日の朝食を買い出しに行く。パンとか内容物不明のおにぎりとかインスタントコーヒーとかで総計5,600ウォン。

1月31日(木)
 今日はフリーなので10時ごろまでのんべんだらりと過ごす。おにぎりはどっちも辛い。
 このホテルのテレビは日本語放送はNHKひとつだが、アニメ専門のチャンネルがあって、どういうわけかクレヨンしんちゃん、あたしンち、名探偵コナン、ポケモン、忍たま乱太郎、ドラゴンボールの6番組だけを延々と放映している。
 むろんアニメチャンネルも含めてほとんどの局はまったく聞き取れない韓国語放送だが、ニュース番組でハンドボール五輪予選の結果を報道している画面を見ると、なんとなく「へ?お前ら日本のチームが韓国様に勝ってオリンピック行けるつもりでいたの?バッカでー、勝てるわけないじゃんこの身の程知らずめ」的なニュアンスが感じられる。日本人は朝から行列したり日の丸のペイントしたりの「弱いくせに盛り上がっててみじめだねーこいつら」的な映し方だったし、いざ試合が始まると韓国応援団しか映さないし、試合そのものは勝って当たり前だろとばかりに最終スコアしか出さないし。だいたいNHKではトップニュースだったのに、韓国だと「勝って当然」という感じで5番手か6番手で冷静に報道されていたし。
 そんな中で韓国の教育番組に、ちょびさいのこぞうさんからパクったようなキャラが出ていたので報告しときます。

こぞうもどき

 10時過ぎにようやく出発。ホテルから三姓穴へタクシーで2,600ウォン。タクシーは初乗り料金が1800ウォン、しばらく走ると100ウォンずつ上がっていく。三姓穴入場料ひとり2,500ウォン。
 三姓穴とは済州人の祖先である三人の神人が地中から現れたという伝説の場所で、この三人の姓である高、梁、夫の名字はいまでも多いらしい。それにしてもふつう天から降りるはずなのに地中からとは、まさかマントル一族か。

三姓穴

 ここでは三姓穴の由来を説明したビデオを各国語で放映しているが、それがアニメなのは時代の波か。

三姓穴アニメ 三姓穴フィギュア
 アニメの場面をフィギュアで再現するとこうなる。

 続いて隣にある自然民族博物館へ。入場料はひとり1,100ウォン。
 生物については、それほど日本と変わらない。250万年ほど前にようやく固まった火山島だから、化石といってもたいしたものはない。民族の展示はけっこう面白かった。古代の日本を思わせる風俗習慣と、中華文明から来た風俗習慣がほどよく混じり合っていた。博物館の外には溶岩で作ったオブジェがいろいろと展示されているのだが、わざわざモアイまで作って置いておく必要はあるのだろうか。

溶岩モアイ

 そこからタクシーで東門市場へ。歩いて行けない距離ではなかったが、地図を見たら道に迷うこと必至と思われたからである。それは杞憂ではなかった。タクシーは、こんな道わかんねーよ、という通りを抜けて市場へ到着。2,000ウォン。
 東門市場前は車と人でかなりごったがえしていた。

東門市場

 市場の中にはいると、同じような店がびっしり。
いちめんのみかん
いちめんのみかん
いちめんのあまだい
いちめんのあまだい
ちょっとだけあわびとかえび
いちめんのたちうお
いちめんのたちうお
 という感じで、しかも道が分岐に分岐を重ね、どちらに曲がっても同じような店。あっという間に道に迷ってしまった。
 ようやく気を取り直し、30分ほど奮闘した末、入り口に戻ることに成功。リレミト覚えとけばよかった。
 もう迷わないように入り口付近の店で甘鯛の一夜干し(10匹くらい)を10,000ウォンで購入。スルメ(8枚くらい)を10,000ウォンで購入。一口ノリを1,000ウォンで購入。
 独島Tシャツは探したが、それらしい店がどこにもなかった。

 東門市場の前に階段があり、地下街に入る。化粧品やら衣服やらの店が並んでいる。独島Tシャツが買えなかったときのために、かなりイヤなデザインのキティちゃんパジャマを買う。10,000ウォン。店員はパジャマを私の肩に当ててサイズを確かめようとしたので、必死に「違う、私じゃない。これを着せて嫌がらせしてやりたい女性がいるんだ」と否定しながら買う。違うんです。ちょっとだけダメなだけで変態じゃないんです。
 そろそろ1時過ぎたので、地下街の食堂で昼食にする。表に日本語が書いてあったので日本語が通じるかと思ったら、ぜんぜん通じなかった。料理の写真を指さして注文する。私はビビンバ、母親はカルクッスとかいうきしめんみたいなもの。全部で7,500ウォン。
 腹がふくれたら動くのがおっくうになったので、地上に出て銀行で1万円を87,070ウォンに両替し、タクシーでホテルに戻る。タクシー代1,900ウォン。意外と近かった。

 ホテルで2時間ほど寝て、7時過ぎてから夕食へ。
 最初にEマートでコチジャンや済州島名産のミカンチョコなどを買う。総計9,530ウォン。
 それから豚肉の焼き肉屋を物色したが、前日目星をつけていた店2軒は、どちらも客がおらずガランとしていたので、やむなくもう1軒の店に行く。そこはビルの看板に日本語で「おいしい黒豚」などと書いてあり、どうにもいかがわしく思えて敬遠していたのだ。
 ところがその店が当たりだった。ほぼ満員の盛況。地元の人が食いに来る安めの焼き肉屋だったらしい。とりあえず豚肉盛り合わせ(中:30,000ウォン)を頼んだら、でっかい骨付きカルビと三枚肉とロースの固まりがどーんと出てきた。焼けたら店のおじさんがハサミでちょきちょき細かく切ってくれる。それをサンチュに包んで食う。塩味だけでおいしい。あんまりおいしいんで写真撮るの忘れた。
 余裕があれば他に肉を頼もうかと思ったが、盛り合わせだけで満腹してしまったので冷麺を一杯だけ注文。4,000ウォン。
 帰りにコンビニに寄り、前日おいしいと聞いたバナナ牛乳やミカンチョコ(小)、インスタントコーヒーやパンなど買う。6,300ウォン。
 バナナ牛乳は甘み抑えめで確かにおいしかった。ミカンチョコ(小)はよくみるとEマートで買ったお土産用ミカンチョコの3分の1くらいの大きさなのに、重量は半分以上ある。値段は大が5,000ウォン、小が2,500ウォン。大はお土産用にかなり過剰包装しているらしい。

2月1日(金)
 旅行最終日。この日もだらだらと起き、だらだらと部屋でパンを食い、だらだらと荷造りする。11時過ぎにチェックアウトし、旅行鞄を預けて外に出る。
 海岸沿いにぶらぶらと歩き、吊り橋を渡ると龍頭岩。ま、よくある、龍に似てないこともないっていう奇岩だ。

龍頭岩

 母親はホテルに戻って昼食して時間を潰すというので、タクシーを拾ってラマダホテルで母親を降ろし、私は新済州にあると聞いたロッテマートへ。そこで3年前は独島Tシャツを販売していたはずなのだ。最後のチャレンジ。
 済州から新済州はさすがに遠く、しかもロッテマートはだいぶ郊外にあるらしい。タクシー代6,600ウォン。
 ロッテマートはEマートよりもさらに規模がでかく、池袋西武百貨店くらいのフロア面積で5階建て、地下1階の規模である。
 私は息せき切って衣料品売り場へ。ぐるっと見て回ったが、それらしいTシャツがない。なんかセンスの良さそうなデザインのばかりだ。
 やむなく店員に聞く。韓国でもTシャツは「ティーシャツ」で通じる。ところが「ドクト」と言っても首をかしげるだけでよくわからない様子。メモ帳に朝鮮半島を書き、済州島を書き、「チェジュト」と言うとうなずいてくれた。さらに日本を書き、「イルポン」と言うとうなずいてくれた。山陰地方の上の方に小さな島を書き、矢印をつけて、「ドクト」と言うと、「ああ、トクト」とやっと納得してくれた。
 しかしこの売り場にはないとのこと。他のフロアに電話して在庫を確かめてくれたが、やはりもう販売はしていないとのこと。嗚呼。
 このまま帰るのは悔しいので、DVD売り場で変なパソコン萌えゲームを買う。9,800ウォン。
 本屋を覗いたらどういうわけか「夢のクレヨン王国」があったので買う。1巻と2巻で17,600ウォン。

 当初の予定ではロッテマートから市街地をうろうろするつもりだったが、ロッテマートがあまりに市街地から離れているため、直接ラマダホテルに戻る。5,300ウォン。ロビーの喫茶室で母親と落ち合う。
 母親はその間にホテルのレストランでアワビの炊き込みご飯を食べたそうだ。15,000ウォンだからそんなに高くない。石焼きの器にアワビご飯が入っていて、ご飯は別な器によそい、残ったお焦げにスープを注いで飲むそうだ。
 私はコーヒーとケーキのセットで昼食とする。母親は紅茶。ぜんぶで16,940ウォン。こちらのほうがアワビ飯より高い。

 まだ1時間以上あるので、私は近所をうろつくことにする。10分くらい南下すると観徳亭という観光名所があるが、ありきたりな建物だったので入場料を払わず外から眺めるだけにする。
 観徳亭から10分ほど道路沿いに西に行くと、西門市場がある。東門市場ばっかり有名でこっちはなぜ観光客が行かないのかと思っていたが、行ったら疑問が氷解した。規模がまるでショボい。肉屋1軒、八百屋1軒、魚屋2軒、雑貨店1軒という、とても市場と呼べるようなシロモノではない。

西門市場

 ちょっとばかり道に迷ったりしながらホテルに帰り、4時に迎えのバスが到着。そこから定番の土産物屋に寄らされる。ここにも独島Tシャツはなかった。結局、母親が岩ノリ1袋を15,000ウォンで購入したのみ。
 空港で搭乗手続きをし、ガイドさんと別れるとあとは搭乗の6時15分まですることもない。暇つぶしに免税店で独島Tシャツが売ってないことを確認し、キティちゃんグッズを物色して、チマチョゴリキティちゃんと海女キティちゃんを買う。10,430ウォン。
 帰りの飛行機もやっぱり液晶画面もイヤホンもなかった。これも韓国独特のエコロジー配慮なのだろうか。機内食はコッペパンサンドと巻き寿司といなり寿司、プチトマトと唐辛子ピクルスというけったいな組み合わせ。
 予定通り搭乗時間2時間、8時半に成田空港に到着。どっとはらい。


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