花火大会の夜

「続いての花火は……を創る……の企業、……がお送りする…スターマイン……」
 とぎれとぎれに遠くからアナウンスが聞こえてくる。
 見渡す限りの平面は、わずかにひと1人分が通れる通路を残し、すっかりシートに覆い尽くされている。そのシートの上には、1坪に3人の割合で、ぎっしりとひとが座っている。その集団の放つ体温の熱気で、海からのそよ風も遮断された状態だ。

 ひとつの火玉が頼りない光跡を残して昇っていく。その次の瞬間、火玉ははじけ、百の閃光を星のない夜空に散らす。閃光は照明弾のような明るさで空を照らす。
 少し遅れて、爆発の重低音が会場に響く。その音は背後の丘に跳ね返ってこだまを返す。

 その重低音に驚いた幼児がけたたましく泣きわめく。両親がどんなになだめても泣き声はやまない。
「た〜ま〜〜や〜」
 昼過ぎから陣取って酒を飲み続け、騒ぎ続けていた若者のグループは、もう花火を見る気もないくらい酔っぱらってしまったが、その1人がしゃがれた声でわめく。もうひとりが胴間声でわめく。
「か〜〜ぎ〜〜〜〜や〜〜」

 赤や青や黄色の小さな花火が、続けざまに発射される。重層的に重なり合ったまるい火花が奇妙な色合いを夜空に浮かべた刹那、ひときわ高い光跡を引いてひとつの火花が昇る。上空で激しく破裂したそれは、きらきらと輝くチャフのような光跡を無数に発した。
 球形にばらまかれたチャフがきらめきながら落ちていく頃、焼夷弾の投下のような音があたりに響く。

 その音に喜んだ子供が通路を走り回る。
 先程からシートに座っている男女は、互いに肩をもたせかけて身じろぎもせず、じっと花火を見つめている。いや、花火すら見ていないのかもしれない。

 破裂した親火花から白い子火花が蛇行してうねうねとのたくる。
 打ち上げられた火花が、まず低空で赤い火花を散らす。そこからさらに高く昇った火花は、中空で紫の火花を散らす。3段ロケットのように次々と火花を放ちながら高空に昇った火花は、そこで一段と大きな閃光をぶちまける。
 そこから奇妙な火玉が生じる。それは、赤い火玉、青い火玉、黄色い火玉の3個1組で、白い光でこの3個が棒のようにつながれている。この棒組が右に揺れたり、左に揺れたり、ゆらゆらと振れながらゆっくりと地上に降りていく。それは妙にユーモラスな風景だ。

「これで……終了いたし……皆様、混雑が……桜木町方面は……横浜……」
 アナウンスと共に、群衆はぞろぞろと大移動をはじめる。
 花火の最中には暗かった高層ホテルの窓にも、また照明がともる。
 10分もすると、人はすっかり少なくなる。
 もう少しゆっくりして混雑を避けようとする人。
 はじめての夜の公園に興奮して、芝生をころがる子供。
 残りの酒を呑んでしまおうとする集団。

 30分もすると、子供も団体もすっかり帰ってしまう。
 残っているのは2人連ればかり。
 湾岸のベンチに腰掛けたり、ふらふらと歩いたり、芝生で寝ころんだり。
 芝生で寝ころんでいるふたりには、ある法則が見出せる。
「その地域の照明の光度とふたりの間の距離は正比例する」という法則だ。
 明るい照明の下のふたりは、並んで座ったり、肩を寄せ合ったり。
 ちょっと暗いところでは、腰に手を回している。
 照明のないところや木陰では、寝ころんで堅く抱き合い、どちらがどちらの足だか分からない白いふくら脛が覗く。
 なぜか対面位で抱き合って足をもつれ合っているふたりもいる。カーマスートラの図説のようだ。
 なかには互いの距離がマイナスにまで突き進んでいるものも。

 そんな中で、たまに独りの男が歩いている。
 カメラを抱えている。
 彼はカメラを時折構え、暗いところに向く。
 ストロボは光らない。ただときどき赤外線の赤い光がちらちらする。

 花火は終わり、夜の公園の世代交代は完了する。
 


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