図鑑に人生幸朗

「どないなっとるねん最近の図鑑は!」
「お前、いきなり怒って、どないしてん」
「まあ皆さん聞いて下さい」
「大先輩のマネすなや」
「飽食の時代とよう言うた。最近の日本人は、食うことばっかり考えて、わしゃ情けない」
「何があってん」
「図鑑を見まして」
「ええこっちゃないか。たまには勉強せな。牧野植物図鑑か、相模湾後鰓類図譜か」
「いいや、『あいうえお いきもの図鑑』」
「お前には似合いやな」
「それがな、まあ読んでくれや」
「ええと、なになに……『さんま。ダツ目サンマ科。体長約40センチ。細長くて銀色のからだをしている。日本をふくむ太平洋を群れをなしておよぐ。焼いてしょう油をかけ、大根おろしといっしょに食べるととてもおいしい』。別におかしいとこないやないか」
「それでな、ここも読んでくれ」
「厄介な奴やな。……『イネ。日本をふくむアジア全域で栽培する。実を脱穀して食用とする』。その通りやないか」
「許せんっ!」
「うわぁ、でっかい声出しやがって。どこが許せんねん」
「ええか、お米と言えばお百姓さんが一年間汗水垂らして作ったもんや。作るのに八十八の手間がかかるさかい米と書く」
「それがどうした」
「さらにお米と言えば日本の心や。ふるさと創生や。日本の国体や」
「最後のほう、ちょっとヤバいぞ」
「日本人の主食や。ステープル・フードや。ステープル言うたかって、ホッチキス食うてんのんと違うぞ」
「そういう間違い方すんのは、お前だけじゃ」
「しかるにそのありがたいお米を単に『食用』とは何事や。さんまは『とてもおいしい』でお米は『食用』かい。ほなご飯は不味いんか! パンおじさんかワレは! アメリカの回し者か! ケンタッキーおじさんか! もう一度川に放り込むぞ!」
「今年は放り込まれへんやろうな」
「さらに許せんことがある。同じまぐろでも、ほんまぐろは『おいしい』で、きはだまぐろは『とてもおいしい』、びんちょうまぐろは『食用』や。この差をきっちり説明せんかい!」
「お前はどれも食える身分ちゃうねんから、ええやないか」
「いちばん許せんのは、わしが好きな鰻が、『食用』としか書かれてへんことじゃ」
「なんや、私怨かいな」
「わし、抗議しよう思うねん。抗議文どこへ出したらいいか、教えてくれんか」
「そら、鰻だけに、『行く先は鰻に聞いとくれ』」


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