友邦キャッチャー

 たぶん台湾の人は、あなたが思っているほど親切でもなければ優しくもない。

 日本人には台湾好きが多い。日本という国は過去にいろいろとやってきた関係があって、近隣諸国、中国や韓国、北朝鮮などと仲がいいとは言えない関係にあるが、台湾だけはほぼ無条件に友好的である。いわば台湾は、日本にとって近隣で唯一の友邦なのだ。うわべだけはな。
 台湾を意味する「フォルモサ」は、「麗しい島」というほどの意味だ。台湾の自然は美しい。人の心も美しい。そうだといいよな。

 あなたは台湾で、さまざまな心なごませるものに出会うことであろう。表面的には。
 たとえば、あなたはゲームセンターの前に立つ。日本とほぼ同じような光景である。店先にはずらりとクレーンゲーム、通称UFOキャッチャーという、クレーンで景品をつかみとるゲームが並んでいる。
 日本に似た光景ではあるが、よくみると微妙に違う。
 まず投入するコインは百円玉ではなく十元玉である。日本円にしてだいたい35円。安くて100円、高いと300円という日本の料金に比べると、格安といっても過言ではない。
 さらに親切なことに、各機械には、中の景品の値段が書いてある。もっともこれは親切なのではない。高価な景品は賭博とみなされ法律違反になるため、景品価格を明示するよう法で定められているのだ。
 そして最大の相違点は、クレーンの持つ爪が、日本のような2本爪でなく、3本爪であることだ。
 むろんのこと把握の安定性は、2本爪より3本爪のほうが格段によい。バイクと三輪車の事故はどちらが多いか、考えてみればおわかりのことだろう。
 クレーンの3本爪を見たあなたは、にやりとほくそ笑む。
「ふふふ。しょせんは後進国じゃ。先進国日本の2本爪で鍛えたわれわれにとっては、赤子の手をひねるようなものよ」
 それが台湾の罠だ。
 クレーンゲームをはじめたあなたは、やがて台湾の優しさの裏に隠された苦い毒薬に、もがき苦しむ自分を発見するだろう。
 老婆心ながら、あなたが台湾で堕ちる地獄の責め苦を、解説して進ぜよう。

1.操作法の罠
 日本のクレーンゲームでは、クレーンの移動はボタン操作が基本である。第1ボタンで左右、第2ボタンで前後に移動する。ところが台湾ではスティック操作が基本である。スティックを倒した方向にクレーンが移動する。斜め移動すら可能である。ボタンで鍛えたあなたのテクニックは、台湾では通用しない。
 なに、スティックの操作くらい、慣れればいいさ。私のテクニックをもってすれば簡単なことだ。あなたはそう豪語するかもしれない。
 しかし、しかしだ。実際にやってみて、あなたは愕然とするだろう。
 あなたがスティックを動かしたとたん、クレーンは猛然と移動する。そう、猛然と、である。ほとんど瞬間移動と言って過言でないスピードである。油断しているとクレーンは、たちまち事象の水平線の彼方へと去ってしまう。微妙な指先のコントロール、タイミング感覚、そういうものが通用しない世界へ。
 台湾には日本でいうところの、職人芸の練達とか、巧みの技とか、そういう小手先が通用しないのだと、思い知らされる一瞬である。

2.制限時間の罠
 百歩譲って、スティックの操作に慣れたと仮定しよう。あなたは10元硬貨を投入する。ゆっくりと呼吸をととのえ、絶妙のタイミングでスティックを動かそうと、指先に神経を集中する。
 その瞬間クレーンは猛然と開き、下がり、なにもない空間を掴み、そして戻ってくる。
 あなたは制限時間をオーバーしたのだ。
 クレーンゲームの制限時間はおよそ5秒。金を入れたらその5秒の間にクレーンを移動させないと、強制終了されてしまうのだ。
 台湾は高度成長期まっただなか。日本でいえば30年ほど前。田宮次郎が毎週、「現代は時間との戦いです」と宣言していた時期にあたる。

3.移動範囲の罠
 千歩譲って、スティックの操作にも制限時間にも慣れ、あなたはテクニックとスピードを兼ね備えた完璧超人になったとしよう。
 あなたはとある台の真ん中あたりに景品が転がっているのを見る。角度といい他の景品との配置といい、掴み取るには絶好の位置である。まるで取ってくれと頼んでいるかのようだ。あなたはおもむろにコインを投入し、そしてスピーディかつムーディにスティックを倒す。3、2、1、そしてアクション。コンマ2秒で右、そして奥へシフトダウン。
 しかしクレーンはコンマ1秒のところでストップ。そして無情にも、狙っていなかった位置で猛然と開き、下がり、なにもない空間を掴み、そして戻ってくる。
 あなたは愕然として、クレーンが止まった原因を考え、あたりを見回し、やがて機械の上部を見上げて、さらに愕然とする。
 クレーンの基部を取り付けてある左右移動バーの、起点からちょっと先のところに、Wクリップがはさんであるではないか。これではそれ以上クレーンが動かないのも道理である。道理ではあるが、ちょっと釈然としない。
 台湾は弱肉強食の世界。だました悪党でなく、だまされた馬鹿が悪いのだ。

4.最後の罠
 暗礁と激しい潮流の渦巻く、荒れ狂う海を翻弄される小舟のごときあなたは、ときにフォルモサ、麗しき島のまぼろしを見る。
 台湾のゲームセンターにも、ときに幻のごとく優しき機種が存在する。
 クレーンの操作はゆっくりして着実、制限時間なし、そしてバーにクリップはない。
 それどころではない。なんとクレーンはいちど止めても再度操作可能、おまけに、行き過ぎたら戻ることすらできるのだ。
 これで景品が掴めなかったら人間じゃない。そう、あなたは今こそ、ゆっくりと確実にクレーンを移動させ、過たずに狙いそのまま、ジャストミートな位置にクレーンを導く。そして降下。クレーンは3本の爪を開き、ゆっくりと下がり、着実に景品を掴み、そして上昇。最後に爪が再度開くのが余計だ。
 せっかく掴み取った景品を手放す、無欲なクレーンにあなたは涙する。
 そして思うのだ。台湾の人は欲がなくていいなあ。って、思うかーい!!

 結局のところ台湾のクレーンゲームで景品を掴むことはできるが、掴み取ることはできない。景品を入手するには、落下口近くにある景品にクレーンをぶつけ、衝撃で叩き落すというテクニックしかない。200元ほど浪費してしょぼい携帯ストラップしか手に入らなかった私が言うのだから、信じなさい。ほれ信じなさい。ほれ信じなさい。お前は台湾を信じなさい。ほれ信じなさい。ほれ信じなさい。


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