科学院の白雪姫

 むかしむかし、平壌の北の小さな村に、貧しくはありますが革命精神と指導者様への奉仕精神ではだれにも負けない、りっぱな農民一家が住んでいました。貧しいながらも、指導者様が配慮してくだされる配給で生活には困らなかったのですが、あとつぎがいないのが一家の悩みでした。
 ある冬のこと、おくさんは雪がつもる中、いっしょうけんめいに配給の炭を納屋に運んでいました。炭を入れたむしろに針がささっていたのでしょうか、それがおくさんの指をつつき、おくさんは、
「あっ、痛い」
 といって思わずむしろを落としました。その拍子にむしろの中から炭がいくつかこぼれ、指からは血が一滴こぼれました。まっ白な雪の上にこぼれた赤い血と黒い炭がなんともきれいだったので、おくさんは思わず、
「ああ、帝国主義に毒されない、雪のように純白な心と、血のようにまっかに燃える革命精神を持ち、炭のように黒く堅い心で資本家どもを叩きつぶす、そんな子供がわたしにもあったら、今よりももっと指導者様に貢献できるのにねえ」
 と、つぶやきました。
 ところが、「自分の運命を開拓する力は人民自身にある」との指導者様のおしえ通り、願いはかなって、おくさんはやがてかわいい娘を産みました。娘は雪のように純白な心で、血のようにまっかな革命精神に燃え、炭のように黒く堅い心で資本主義を憎んでおりましたので、おくさんは娘を「白雪姫」と名づけました。「姫」というのはかわいい娘にたいする愛称のようなもので、奴隷制社会にいまも存在する王制だとか天皇制だとか男系皇統だとかいう反動的でけがらわしいものとはなんのかかわりもありませんから、誤解しませんように。

 やがて白雪姫はりっぱに育ち、かわいらしいだけでなく、たいそう賢く、また革命精神にも富んでいましたので、人民班長や共同農場管理委員長や党書記など、だれからも愛されました。やがて地区党委員会でその賢さや革命精神がたいそう優れていると評価され、出身成分も農民階層とりっぱでしたので、恵山の第一高等中学校に入学を認められ、そこで科学英才教育を受けることになりました。「お受験」などとたわけた習慣のある腐敗した資本主義社会とちがって、わが国は指導者様のおぼしめしにより、貧しくても無料でじゅうぶんな教育がうけられるのです。
 第一高等中学校でも優秀な成績をおさめた白雪姫は、平壌理科大学へすすみ、そこでもりっぱな研究をおこない、ついに朝鮮民主主義人民共和国科学院に迎えられ、科学技術を通して人民大衆を幸せにすること、社会主義革命を実現することを目指してゆきました。

 ところがその科学院には、怖ろしい階級敵が魔の手を伸ばしていたのです。
 その敵とは黄長Y。偉大な金日成首領様がお考えになった主体思想をひろめると称して、実は主体思想をねじ曲げて資本主義的に頽廃化させようという、怖ろしいたくらみを抱いていました。また首領様をうまくだまくらかして金正日指導者様の先生になりすまし、指導者様を操って人民の共和国を自分の思うがままに動かし、最終的にはこの国を南鮮に売りとばしてしまおうと考えていました。
 共和国科学院にはいった白雪姫は、原子力の平和利用を研究する部門に配属されました。そこでりっぱな業績をあげているのを見た黄長Yは、こう思いました。
「あの白雪姫という女は危険だ。このままだとあいつ、原子力発電所を完成させてしまうし、核爆弾だって作ってしまう。そうなったらこの国は、最先端の科学技術をもった軍事強国になって、南鮮はおろか、イルポンをも圧倒してしまう。それじゃ、この国を南鮮に売りとばして自分だけいい思いをしようという、俺のたくらみがだめになってしまう」
 そこで黄長Yは、白雪姫の研究を妨害しようと、いろいろな作戦をたてました。

 まず黄長Yは、白雪姫を虚栄で堕落させてやろうと、きれいな櫛をロシアから密輸してきました。そして変装しておばあさんに化け、櫛をもって白雪姫の研究室を訪れました。
「白雪姫さん白雪姫さん、私はよいおばあさんですよ。おやおや、白雪姫さんはそんなに若くてかわいいのに、髪の毛がばさばさじゃありませんか。櫛をあげます。この櫛で髪をとかせば、黒くてつややかな髪になって、白雪姫さんがいっそう美しくなるでしょう」
 しかし白雪姫は、にべもなく断りました。
「そのようにうわべの美しさを追求することは、資本主義的です。わたしは独善的に自分の美しさを求めるより、この国を美しくしたいのです」

 櫛作戦に失敗した黄長Yは、こんどは金銭欲で白雪姫を堕落させてやろうと、青いパックントンや、元やドルや円をいっぱい財布につめこんで、またおばあさんに化け、白雪姫の研究室へ行きました。
「白雪姫さん白雪姫さん、まあ、あなたの研究室はなんてみすぼらしいんでしょう。ろくな実験道具もないじゃありませんか。ほら、このお金をあげましょう。このお金をもって外貨商店に行けば、試験管だってメスシリンダーだって、いやいや研究用のラジウムだってサイクロトロンだって、なんだって買えますよ」
 しかし白雪姫は、この誘惑にもきっぱりと断りました。
「いりません。私は指導者様がお与えくださったこの設備でじゅうぶんです。この研究所のこの設備で、私はもうすぐ、核分裂の制御に成功するのですから」

 白雪姫の話を聞いた黄長Yは、たいそうあわてました。
「困った困った。白雪姫はもうすぐ核を実用化してしまう。そうなれば共和国は核兵器をごっそり作って、南鮮に核攻撃を仕掛けるにちがいない。ああ、そうなったら、この国を何鮮に売りとばすという私のもくろみも水の泡だ」
 蟹は自分の甲羅に似せて穴をほる、ということわざがあります。共和国は平和主義だから、核を平和利用しようと研究しているだけなのに、けがれた資本主義国は、自分の国みたいに核兵器で戦争をしかけるものとばかり思いこんでいるのです。黄長Yもすっかり資本主義に毒されているものですから、おなじ考え方をしてしまっているのです。
「こうなったら最後の手段だ。食糧を使って、白雪姫のやつを社会的に抹殺するのだ」
 黄長Yはある夜こっそり、白雪姫の宿舎の中に、いくつもリンゴを放り込んでいきました。そして地区の党書記に、白雪姫は越境して中国からリンゴを密輸している、と密告しました。
 すっかり騙された党書記は、人民班長を動員して白雪姫を逮捕しました。白雪姫はかわいそうに、政治犯として収容所に送られてしまいました。

 収容所の独房で白雪姫は、全身みみず腫れで死んだように横たわり、折れた歯を吐き出しながら、血の涙を流してなげきました。
「ああ、ああ。指導者様のために、けがれなき心で尽くしてきたのに、なぜ私は、いわれもない罪でこの獄につながれなければならないのでしょう」
 そのとき、独房の鍵をあけ、七人の小人が入ってきました。
「ぼくたちは七人の三大革命小組。白雪姫を助けにきたんだ」
「指導者様はきみの調書を読んで、何かおかしいから、もういちど調査しろとぼくたちに指示されたんだ」
「ぼくたちの再調査で、悪いのはきみじゃなく、黄長Yだとわかったんだ」
「きみを密告した黄長Yは、悪行が指導者様にばれて、南鮮に逃亡したよ」
「さあ、もうきみの疑いは晴れた。また研究を続けられるよ」
 七人の三大革命小組のあとから、白馬に乗った王子様もやってきました。
「私は金正哲。あちきこそまぎれもない正真正銘のプリンス。さあ、あちきについてくるでありんす。おほほほほ」
 王子様はちょっと胸が大きかったり女っぽかったりして変なのですが、とにかく指導者様の後継者は後継者です。
 白雪姫はすっかり生き返った気持ちになって大喜びです。オカマ王子や七人の三大革命小組といっしょに、日本の朝鮮総連からのおくりものであるベンツに乗せられて職場に復帰しました。

 たくらみがばれた黄長Yは人民裁判をおそれて南鮮に逃げだしました。
「ちくしょう、共和国を売りとばす作戦は失敗したか。まあいい、この国で共和国の嘘ばっかりの悪口をいいふらし、民主化活動とかいって馬鹿をだまくらかして金を騙しとってやるか」
 そういって黄長Yは、嘘だらけの暴露本を書き、脱北者同志会などという組織をでっちあげて会費をだまし取ろうと、着々と悪事の準備をすすめていました。
 そのとき、ソウルに裁きの火が光りました。
 白雪姫が開発した核弾頭が、テポドンに搭載されて空を飛び、退廃の都ソウルで炸裂したのでした。
 黄長Yはその忌まわしい悪行のむくいを受け、全身がやけただれて踊るように逃げまわり、とうとう息がたえて、ばったりとたおれました。

 教訓。人民とは正義と真実をうつしだす鏡のようなものだ。指導者様はつねに人民という鏡と相談しているから、どんな偽りや陰謀もお見通しになられる。


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