ブランデンブルグの交響楽

 西暦弐千弐年、という数字に如何なる意味や有らん。年月は敢えて問ふ莫かれ。年月は百代の過客にして往き交ふ年も又旅人なり。流れ行く年月を掴むは泡沫の如し。ただ露と置き露と消え行くのみ。

 喩ひ金襴の衣を纏ふとも。喩ひ架空の庭園に宿すとも。余が欲望は満たされる事無し。余が衝動は収まる事無し。増してや糞掃の衣を纏ひ。四壁無き陋屋に棲む身なれば。その存在意義は何処。その意図的糊塗は何故。
 などと書いてみた。

 余が身を苛むのは富貴権勢に対する飽く事なき野望でもなければ、美女香姫に対する烈々たる欲情でもない。平たく言えば口腹の欲なり。而してそれが達すること能わぬのは何故。索漠たる余が嚢中に一枚の黄銭無し。第四十三回ペルシモス公会議できりしたんに利子を許可して以来、黄銭は僧侶の専有物となり。余は僧侶にあらず。荒野を流離う一介の処士なり。天馬空を往く朗々たる寒士なり。余は美味佳肴などの贅沢は望まぬ。残杯冷炙も嬉々として受けん。然し余の元には冷炙は愚か水葱の羮すら無し。かげろふの如く春野にたゆたふて若菜摘まんと望むも、近所に野無し。季節は春で無し。余に娘無し。若菜は福岡のコーチで無し。望み無し。
 などと書いてみた。

 余は空しき望みを抱いて家中を彷徨う。われこそは引き籠もりのロビンソン・クルーソー、我が家のオデュッセイアなり。我が身を欲望に苛まれた余に取っては、襖は白亜の断崖絶壁なり。板間は椰子陰のひとつだに無き砂漠なり。襤褸を纏いてよろぼう余を救う犬無し。原住民無し。余はテキイラの瓶を片手に墨西哥の砂漠に消えた天涯孤独のビアースならん。
「などと書いてみたんだろ?」「うるさいよ!」

 白壁の空庫有り。中は空漠にて徒に冷々たり。空しき期待と思ひながらも、余は何者かに取り憑かれたかの如き熱意を持って発掘作業を施行せり。前人未踏の奥地へと踏み込んだ余は、そこでハワード・カーターも予想だにしなかったであろう古代文明のオーパーツ、我々が知りもせずまた知りたくもない知的存在を物語るアカシックレコード、かつて絢爛たる文明を誇った時代の潮垂れた影を発見したのである。
「ボケとツッコミってのは弁証法と唯物論的弁証法の関係なんだよね」「今更何を言ってるんだ」

 余は嘗て植物で有った物の残骸を瞥見した。まだ植物の名残を部分的に残しながらも、それは大部分を菌類に冒され、おぞましく変貌していた。ぬらぬらする表面に厭わしく盛り上がる蟲瘤からゴボゴボと音を立てんばかりに腐汁滴る、なかば液状化したどろどろの暗黒色の物体は、その香りを遮るものが無かったら即座に嘔吐に値する物であったろう。正に天与のポリオレフィン。炭素と水素のコンバージョン。そしてこいつはムタチオン。ふと想った。こんな詩を。詩を。詩を。以下引用。


ぽきりと曲げた、
へし折った、
目の前に置いて、
ちょん切った、
水で洗って、
運んでいって、
こんがり焼いて、
食ってしまった。

――まだ子供のころ、彼はよく聞かされていたのだ、
「油でいためて塩胡椒を振れば、食えないものはないよ」と。
 
     (「恥を知る貧乏人」グザヴィエ・フォルヌレ、渋澤龍彦訳を若干改変)

 やっと満足できたというのに、この気持ちはなんだろう。甘いような、せつないような、全身を輝く湖水のさざ波に揺られているような感じというか、胸の奥から叫びだしたいような気持ちというか……もしかして、恋?

 ロオマ皇帝は立って死なねばならぬとウェスパシアヌスは語って死んだ。フラヴィウス朝の運命はその言葉を裏切った。長子のティトゥスは疫病に倒れ、次子のドミティアヌスは凶弾に倒れた。その運命が余のもとにも訪れんといふのか。我が腹中に敵あり、さらば闘わんと腹かっさばいて果てたのは丹羽長秀であったのか。ああ呪われて然るべし、懶惰の無為の元にも出虫の餐を貪れる時にもわれとわが身を苦しめる絢爛たる内なる殿堂よ! ああ蒼穹の大地よ、ああ悠々たる人世よ、誰がわれとわが身のほどを知らん。いざ行かん雪見に転ぶその日まで。いや、しかし、……もはや限界だ。幕を引け! 幕を引け! 悲劇は終わった! 次の幕は喜劇として始まるのだ!


要約
 金がないので冷蔵庫の奥にあった野菜を炒めて食ったらお腹をこわした。

縛り
1. ナルシスティックに専門用語や横文字を駆使する。
2.自身の創作的表現を用いてさらに難解に見せ掛ける。
3.自分で書いている文章を自分でも理解していない。
4.意味が理解されたら負け。

「勝手に一人雑文祭」より

 その縛りを勝手に一部改変追加してみました。
 3.自分だけでわかっているつもりになること。
 5.四十字以内で平易に言い直せる内容であること。
 6.できれば引用文や故事成語、固有名詞にいくつか間違いがあると望ましい。
 7.文語調や旧仮名遣いや旧字体を気の向いたときに混ぜるとなほ心地良し。
 8.ついでに「かげろう雑文祭」にも参加できたら一石二鳥でハッピー。
 よーするに適当。


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