店長だというその中年男は、香織の向かいに無造作に腰かけると、テーブルに履歴書を放り出した。
「経験者って言うから面接に来てもらったんだけど……アレだろ、この星影亭ってのはコスプレ喫茶だろ。ウチは真面目な純喫茶なんだよなあ。風俗の人は困るんだよ」
「風俗なんかじゃありません! コスプレ喫茶だってちゃんとした喫茶店です!」
香織は反論した。
「でも、網タイツとか穿くだろ?」
「穿くこともあります……」
「お尻にぼんぼりとかつけるだろ?」
「たまにはつけます……」
「肩とかむきだしだろ?」
「装甲とかで隠すこともあります……」
「セーラー服を着たりするんだろ?」
「でも普通のセーラー服じゃありません。透明です……」
「その恰好でお客さんの前に出るんだろ?」
「そうです……」
「……風俗じゃねぇか」
コスプレ喫茶に勤めていたことが、再就職にこんなに不利だなんて知らなかった……。
それまで勤めていた「星影亭」を辞めたときは、香織は自信満々だった。
コスプレの趣味を通して数多くの特技を持っているから、なんにでもなれると思っていた。
なのに喫茶店をはじめ、どこへ行っても断られるなんて……。
洋裁店。
「あなた、確かに針さばきや断裁は上手いわね。でもなんというか、センスが……だいぶ違うのよね。どうしてそんなところにウレタンを縫いつけたりするわけ? どうしてそんな原色やぴかぴかの派手な生地ばかり使うわけ?」
ファンシーショップ。
「わたしたち、みんなトレーナー着てるでしょ? あなたみたいな恰好だと、商品のぬいぐるみより目立っちゃうのよ。子供がぬいぐるみじゃなく、あなたになついちゃったら、全然売れないのよ」
Webデザイン事務所。
「うーん、たしかにhtml知識は充分だし、flashやjavaもできるし、フォトショップもイラストレイターも使えるし、技術はいいんだけど、ウチは企業ホームページ作成が主なんだよなあ。そんなファンシーな素材ばっか使われても困るんだよなあ」
あたし、駄目なのかしら。
夕暮れの公園のベンチにひとり座り、香織は紅く染まりかけた空を見上げた。
世間の目が、こんなに冷たかったなんて……。
あちきの仕事は……いや、いや、あたしの仕事は……
香織は大きく首を振り、コスプレ時代の言葉遣いを捨てきれない自分を呪った。
せっかくコスプレから足を洗ってやりなおそうとしたのに……
ああ。ああ。
香織は大きくため息をついた。
いっそメイド喫茶に身を落とそうかしら……。
「あなた、いま許しがたいことを言ったわね」
積み上げてあった落ち葉の山の中から、がさりと出現した女性は、つかつかと歩み寄ると、香織に指をつきつけた。
「ま、真弓……!」
落ち葉になかば覆われたメイド服に身を包んでいたのは、たしかに香織のライバル、メイド喫茶「おしおき」の真弓であった。
「由緒正しいメイドがまねっこのコスプレと比べられるだけでも不愉快なのに、メイド喫茶に身を落とすですって?! ふん、コスプレの下賤な臭いがしみついたあなたが、格調高いメイド喫茶に入れてもらえるわけないじゃないの」
他人から見ると同じようなものにしか見えないが、メイド喫茶とコスプレ喫茶は、昔から仲が悪いのだ。同じようなものだから、なおさら仲が悪いのかもしれない。
「身を落とすといってなにが悪いのよ。奴隷まがいのメイドのどこが格調なのよ。この下人、使用人、女中、下働き、屋内奴隷、湯沸かし奴隷!」
「言ったわね! お客様に尽くします、楽しんでもらいますという精神で、あたしたちはメイド服を着ているのよ。ちゃんとポリシーとバックボーンがあるのよ。あんたらみたいに、魔法使いだかエスパーだか宇宙兵士だか知らないけど、ありもしない物語のありえない恰好して喜んでるだけのバカとは違うのよ。あたしたちは歴史的に正しいものを身にまとっているんですからね」
「歴史的が笑わせるわね。いつもいつもいつもいつも同じメイド服ばっかり着てて、臭くならないの? このワンパターン! 十八世紀に退行してないで、ちっとは現代に生きてみたらどうなのこの時代錯誤!」
「ふん、あんたの生きているのは現代じゃなくって、二次元ファンタジーの妄想空間じゃないの! 偉そうに言うんじゃないわよ、このチンケSFご都合ロマンチック! たまには人真似をやめて、自分のちっぽけな頭で考えたデザインをしたらどうなの?!」
プロレスファンと格闘技ファンの論争にも似た、レベルの低い誹謗中傷合戦は、いつまでも続くのであった。
(続く……のか?)
この文章作成については「めいど喫茶のつくりかた」(プロジェクトMSG)を参考にさせていただきました。
プロジェクトMSGならびにこの本を見せてくれた徳田さんに感謝します。