本当は怖ろしい一休さん

 立川文庫の「一休禅師」や絵本の「一休さんとんち話」、またはアニメの「一休さん」を見たことがないという人は日本人では少ないだろう。
 とくにアニメの一休さんは中国やタイをはじめ、アジア全域で放映されている。世界中で十億をくだらない視聴者数を誇り、おそらく徳川家康や西郷隆盛をはるかに超え、日本の歴史上の人物では世界での知名度ナンバーワンであろうと言われている。アニメキャラとしても、ドラえもんといい勝負だろう。

 ところでこの「一休さん」、登場人物の新右衛門さんがどうにも情けない、という感想を抱く人が多い。
 たしかにこの蜷川新右衛門さん、かなり情けない。
 寺社奉行まで勤め、三代将軍足利義満の懐刀として信頼が深い(実際には、六代義教に仕えたらしい)りっぱな武士でありながら、いつも町人の桔梗屋や小娘の弥生の悪だくみに騙され、半泣きになりながら、「一休さん、なんとかしてほしいでござ〜る」と小僧の智恵を拝借する始末である。これでは小娘の小夜ちゃんにまで馬鹿にされてもしかたなかろう。武士らしい立派なところがまるでないではないか。
 実は、この新右衛門さんの情けなさにこそ、このアニメの真実が隠されているのだ。

 ここで「一休さん」の主要登場人物をおさらいしてみよう。
 まず「将軍さま」こと足利義満。いわずと知れた天下の将軍である。その武力で楠や結城や北畠の守る南朝を粉砕して南北朝時代を終焉させ、山名や大内や土岐などの大名を叩いて将軍独裁を確立し、明との貿易で得たその富力で金閣寺や花の御所を建てた。まさに政治、経済、文化にわたるすべての中心であり、独裁者である。
 征夷大将軍になったのは当然として、その後は内大臣、左大臣と進み、太政大臣にまでなった。つまり、臣下としては最高位である。
 そして「准三宮」の待遇も受けている。これはおおまかに言ってしまえば、天皇の嫁、母親、祖母に準じる扱いという意味で、要は天皇一族とみなしますよ、ということ。じっさい、かれの母親は順徳天皇の血を引いている。
 もうちょっとのところで天皇になりそこなった義満だったが、むろんその権力は天皇をはるかにしのいでいる。義満は同い年の後円融天皇の妻のところに夜這いに行ったことがある。このときも、後円融天皇は義満に文句をつけることができず、悔しがって自殺未遂したという。この事件が、また一休さんの出生の秘密に絡んでくるのである。

 桔梗屋さんはむろん架空の人物だが、当時の足利義満のまわりに大勢いたであろう豪商の集合名詞のようなものだろう。
 大名や天皇を圧した足利義満の富力の源泉といえば、貿易である。当時の中国、明は準鎖国政策をとっており、将軍家以外との貿易を認めていなかった。独占だったわけだ。当然、その利益は莫大なものであった。
 実際の貿易は、船単位に将軍から豪商へ請け負われたものと考えられている。つまり商人は、船と乗組員と積み荷を用意し、航海や明での貿易を行い、その利潤の一部を除く残りを将軍に献上する、という形で、将軍は名前だけ貸して大儲けだったわけだ。
 しかし利潤の一部とはいえ、莫大なものだった。そしてまた豪商の、多量の乗組員を雇い、統率し、危険な航海を行うこの実行力は、そこらの大名にまさるものがあったろう。
 まだ武士と商人ははっきりと分離していない時代である。いってみれば桔梗屋は、今の日本にたとえると、三井コンツェルンの総帥と大蔵大臣と師団長を兼ねそなえたようなものだ。

 そして一休さん。いわずと知れた主人公である。
 一休さんのいる安国寺は、アニメではチンケな山寺のようであるが、じつはとても寺格が高い。室町時代の禅寺のヒエラルキーでいうと、トップが南禅寺。これに「五山」と呼ばれた相国寺、天竜寺、建仁寺、東福寺、万寿寺が続く。安国寺はこの次の寺格の十の寺、「十刹」に属する。つまりベストテン圏内の大寺なのだ。
 のちに一休さんはもうひとつランク上の五山、建仁寺と天竜寺で学ぶ。きわめて恵まれたエリート街道を歩んだわけだ。むろん、これには理由がある。アニメでも語られているように、一休さんは後小松天皇の皇子だからだ。
 しかも後小松天皇といえば、後円融天皇の皇子であった。つまり後小松天皇は、先ほど書いた足利義満の夜這いによって生まれた可能性もあり、とすると一休さんは、将軍さまの孫にあたるわけだ。
 天皇の子供であり征夷大将軍の孫、こんなにも恵まれた家柄は日本中どこを捜してもいやしない。

 ここまで長々と書いてきてご了解いただけたと思うのだが、新右衛門さんは相手が悪すぎたのである。
 ひとりは日本の権力と武力を一手に握った男。ひとりは日本の富を一手に握った男。ひとりは日本で随一の家柄を誇る男。三人が三人とも、「超」の上に「大」をつけたくなるようなエリートだったのである。さらに「むっちゃ」をつけてもいいくらいだ。
 蜷川新右衛門親当。伊勢氏の流れで丹波園部の蜷川城主。寺社奉行を勤め(政所公役という説もある)、将軍の親衛隊長格で、山名や細川などの大大名もその権勢に怯える存在。ま、確かにエリートだわな。今なら内閣官房次官兼行政改革担当補佐官といったところか。
 でも相手が、日本国王と日本一の大金持ちと日本一の御曹司。超特大むっちゃエリートだもん。勝てるわけがない。
 言ってみればゴジラとキングギドラとデストロイアの闘いに放り込まれたバランのようなもの。人間からは「バラダキ様」と恐れられるかもしれんが、ゴジラ相手ではそもそも体格からして違う。瞬殺。

 これほど超特大むっちゃエリートばかり出演する番組は、他にない。絶対ない。
 NHKの大河ドラマや司馬遼太郎の小説を「天皇や将軍、大名や雄藩の上級武士など、エリート階級の人間ばかりが登場し、農民や下層町人、被差別階級のことはほとんどとりあげない。エリートだけが歴史を作るというエリート史観を国民に植え付けようとする陰謀」と糾弾する人は、佐高信をはじめ多い。ところが彼らは、「一休さん」にはまったく文句をつけない。アニメの一見牧歌的ほのぼのムードに騙されているのだ。
 じつは「一休さん」こそ、エリート史観を子供のうちから植え付けようとする国家的陰謀の一環であったのだ。


戻る          次へ