本当は怖ろしい河童伝説

 問題は夜這いなのである。日本性民俗学会の呆井調査員は長年夜這いの分布を調査してきた。ときには研究熱心のあまり、みずから分布域を広げることもあったという。そりは捏造ではないか、との香住ウルゴン大学講師の批判に対しては、
「その時オレはヤりたかったんだから、ネツゾーではないっぺ。レツジョーはあったけんどな」
 と意味不明のオヤジギャグで反論したことでも有名である。
 その呆井調査員の報告によると、夜這いの分布は全国にわたっている。九州、四国、中国、関東、東北。とくに四国の宇和島と中国地方の岡山、関東の茨城に多い。
 呆井調査員の説によると、なぜか宇和島、岡山、茨城、日本でも美人がいないぶさいく地域として知られる地方に夜這いが多いのは、かあちゃんに飽き足らないダンナが、もっとましな女を求めてさすらうからだという。この説をとなえた直後、なぜか呆井調査員は、黒田副調査員に日本刀で刺され、現在入院中である。

 国文学研究者の再見氏は、これら夜這いのセンターを茨城県と推定した。茨城県筑波山では万葉集の時代から歌垣が行われていた。高橋虫麻呂が「鷲が住むようなド田舎の筑波だけんども、やっぱスケベどもはヤリたい一心でこの山に集まってくっぺ。なに、歌を詠むのは口実だっぺ。みんな目的はセックスだっぺ。人妻だってかまうことはなかっぺ。オレはお前のヨメさんとやるから、お前もオレのヨメとやってよかんべ。神様が決めたことだからかまうことはないっぺ。やってやってやりまくるっぺ」(意訳)と万葉集1759で歌ったのは有名である。要するに男女が集まって長歌やら反歌やら短歌やら仏足石歌体歌やら挽歌やら鎮魂歌やら流行歌やら応援歌やら先代円歌やらを交換し、気に入った同士で青姦を行う。これは中国南部やタイ、ベトナムの山岳民族の間でいまも行われている「ラブ・マーケット」という風習と同じだが、呆井調査員によると、なにもタイまで行かずとも茨城でいまも行われているという。
 さらに再見氏は、夜這いの分布が河童伝説の分布とよく重なることに注目した。東北、茨城、岡山、四国、九州。これらの地方は、河童に関する伝承が多いことでも有名である。柳田国男の「遠野物語」では、東北の河童伝説が多く書かれているし、茨城の小川芋銭、九州の火野葦平や清水崑、いずれも地元の河童伝説をもとに優れた作品を残した。
 再見氏はここから、河童=夜這い男との説を立てた。たしかに河童の夜這い伝説は多い。遠野物語では河童が生娘の家を夜這って異形の子供を産ませることが書いている。また、河童が便所に入った娘の尻を撫でる話も各地に多い。つまり河童伝説は夜這い伝説であり、茨城県筑波山麓に住む夜這い民族が、河童伝説と夜這いの風習をもって全国に移住していった、と考えたのだ。

 東京上野医科大学の邪角教授は再見氏の説に反論し、河童は夜這い男ではなく夜這いの結果である胎児なのだ、と主張する。
 そもそも堕胎を「水にする」、堕胎された子を「水子」と言うように、堕胎は水と密接な関係がある。水の子といえば河童である。
 河童は幼児として描かれることが多いが、あれは水子の化身だからである。河童の皿や甲羅は、胎児にへばりついた胎盤を誤認したものである。河童はキュウリを好んで食べるが、キュウリは形状からしてペニスの象徴である。つまり自分を生ませた父親のペニスを罰しているのだ。河童といえば尻子玉を抜く、と言われるが、あれも誤認で、尻子玉、いや水子の魂そのものが河童なのである。
 夜這いは性風俗の乱れである。性風俗の乱れた地域では、望まれない妊娠がしばしば起こる。そこで堕胎もしばしば行われる。そして水子は、河童となる。邪角教授得意の包茎手術のメスさばきのように鮮やかな論旨である。

 動物学者の反射寺助教授は、再見説と邪角説を比較検討したうえで、さらに新しい説をとなえた。
 反射寺助教授は筑波山麓の民俗調査と並行して、動物学調査を実行した。「四六のガマ」で知られるように、筑波山麓にはガマが多い。ガマは、春先に集団で集まっては交尾する、いわゆる「ガマ合戦」を行う習性がある。
 これこそ茨城の歌垣=夜這いの原型ではないか、と考えた反射寺助教授は、ガマが河童に進化し、さらに河童が茨城県人に進化したという「夜這い人説」をとなえ、茨城県人をホモ・ヨバエンシスと命名した。
 「夜這い人説」によると、日本人はホモ・サピエンスとホモ・ヨバエンシスとの混交集団である。ホモ・ヨバエンシスは先祖の河童伝説と夜這いの習性を持ったまま、東北、岡山、四国、九州に移住した。
 ホモ・ヨバエンシスは河童から進化したため、河童の習性を多く残している。第一に水を好み、海や川や沼のほとりに住みたがる。第二にスポーツが好きである。第三にセックスが大好きである。

 反射寺教授は警告する。
「ホモ・ヨバエンシスはその旺盛な性欲で今もその数を増し、分布域を広げつつある。このままでは二十年以内に、日本の要地はホモ・ヨバエンシスに占拠され、先住民族たるホモ・サピエンスは山岳地帯にかろうじて棲息することになるであろう。ノンマルトの使者は人類よりも遅くやってきたのだ。ノンマルト=ホモ・ヨバエンシスの勝利の日は近い。ケロケロ」


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