手、冷たい手

まえがき
 この話は以下の作品に繋がるものです。できればお先にお読み下さい。
     彼女の手の冷たさがおーたさん)
     彼の大きな手(夢の中の彼女)茶川さん)
     彼女と彼の間に徳田さん)
     彼女の冷たい手Rubyさん)
     パパとママの手未知さん)
     彼女の手の冷たさが……西崎さん)
     見せない手紙まさとさん)
     彼女の手を握りながらろうさん)
 以上の作品は、それぞれが上の作品の続編を書く「勝手に続編企画」として有志が執筆した小説ですが、私のは続編ではありません。小説ですらありません。キャラクターと設定を適当に頂いて二次創作にチャレンジしたものです。平たく言えばやおいです。ごめんなさい。

 みづきは掘りつづける。
 毎日毎日、穴を掘りつづける。
 亜熱帯の乾燥地帯の夏はきびしい。
 同僚や現地人たちは、太陽が高くのぼると、テントや木陰に避難し、ある者は飯を食い、ある者はビールを飲み、ある者は顔にタオルをかぶせて昼寝をする。
 それがこの地方に生きる智恵だ。
 しかし、みづきひとりは休まず掘りつづける。
 全身からぷつぷつと噴き出す汗は、流れる暇も与えられず蒸発して虚空に消える。
 そして皮膚には、白い塩の痕跡だけが残る。
 顔じゅうが真っ白になってもみづきは休まず掘りつづける。
 すっかり痩せてしまっても、みづきは掘りつづける。
 それはまるで、場違いな雪女が砂漠をさまよっているような光景だった。

「ちょっと待て! ……お……おまえ……男……」
 ベッドの向こうがわに逃げようとする達史の腕をとらえ、かづみはゆっくりと口を開いた。
「そうさ。おれは男だ。前から知っていたことだろう」
「しかし……おまえ……手術……」
「ふはははははははは」
 かづみは哄笑した。
「あんたもナイーヴな人だねえ。三ヶ月やそこらで、そんな大手術ができるわけないだろ」
「……だって……前に……胸……そこだって……」
 かづみははだけたガウンの裾で、目尻の涙をぬぐい、それでもくすくすと笑いつづけた。
「吉行淳之介の本でも読んで勉強するんだね。そう見せかける手段なんか、いくらでもあるんだよ」
「なぜ……そんな……」
「おまえが、好きだからだよ」
 かづみは急に真顔になって、ゆっくりと言った。
「おまえが好きだ。おれは男としておまえを抱きたい。女になっておまえに抱かれるなんていやだ。しかしおまえは、おれの想いを受けてくれそうになかった。だからひと芝居打ったのさ」
 かづみはその大きな手で達史を抱きよせ、その顔にゆっくりと唇を近づけていった。

「おい、そろそろ休まないか」
 髭面の男が、スプーンを振ってみづきを呼んだ。みづきは振り向きもしなかった。
「無駄だよ」もう一人の男が、チキンの煮込みを口に含みながら言った。
「いくら言っても聞きやしないんだから」
「しかしあれは無茶すぎる。あれじゃ井戸というより、自分の墓穴を掘ってるようなもんだ」
「そのつもりかもしれないぜ」寝ていた男が、むっくりと起きあがりながらつぶやいた。
「先月だったかな。珍しくあの娘に手紙が来たんだよ。その夜だったかな、ひとりでふらっと宿舎を出ていったんだよ、彼女。気になって後をつけていったんだ」
「それ、まるっきりストーカーだぜ」
「馬鹿いえ。この国の夜の女のひとり歩きがどんなに危険か、お前だって知ってるだろう。ナイトと呼んでほしいね」
「それで、彼女どこへ行ったんだ」髭面の男が一同を制して、真剣な表情で訊ねた。
「いや、すぐそこの川に行ったよ。なんか紙をちぎって川に流していたな。手紙のようだったよ」大きなあくびと共に男は答えた。
「ありゃ、自殺するんじゃないかね。そのくらい陰気な表情だったよ」

「どうだ。おれは男だろう」
 達史をうしろから抱きしめながら、かづみは誇った。
「ほうら、おれはおまえを恋しがって、もうこんなに大きく硬くなっている。おまえをおれのものにしたいとな。おまえもおれのものになりたいんだな。こんなになって」
 達史の股間にその長い指先を這わせながら、かづみは情熱的に喋る。
「おれは女装はしたけど、性倒錯じゃない。男が好きなんじゃない。おまえが好きなんだ。おまえだけを抱きたいんだ。異常じゃない。女も抱ける。そう、みづきだってな」
「お前……まさか、みづきも……う」
 達史を貫きながら、かづみは陽気に答えた。
「ああ、いただいちまったよ。もうとっくの昔にな」
 達史の呻き声をバックにゆっくりと動きながら、かづみは喋りつづけた。
「面白いことを教えてやろう。みづきから手紙が来たぜ。妊娠四ヶ月だそうだ。太田のやつ、喜んでるだろうな。頓間な顔して」
 かづみは含み笑いをしながらも動きつづける。
「さあて、みづきの子供は太田の子かね、おれの子かね。もうすぐわかるよ。ふふ……」
 かづみの含み笑いは次第に大きくなり、そして顔をそらして大きく笑いはじめた。その目から涙がこぼれるのもかまわず、かづみは笑いつづけた。笑いながら、達史のなかに精を放った。
 それはまさに、妖魔の哄笑であった。

 穴を掘りながらも、みづきの左手は無意識のうちに自分の下腹部を押さえる。痩せた手。傷だらけの手。この酷暑の中でもそこだけ冷たい手。その手が、みづき自身とは明らかに違う脈動をつづける存在を、認知する。
 その存在が愛おしいのかうとましいのか、みづきにもわからない。わかるのはただ、その存在もろとも自分を消してしまえれば、どんなにか安らぐだろう、ということだけだった。
 だからみづきは穴を掘る。掘りつづける。かづみにさよならを言うために。太田にさよならを言うために。地球にさよならを言うために。

 そのころ太田は監禁されていた。
 病院という名の牢獄に幽閉され、肉親に連絡することもかなわぬ環境にあっては、みづきのことを知るよしもなかった。手紙は太田の手に届くことなく破棄されていた。
 病室の外でがらがらと音がする。リハビリという名の、拷問の時間だった。
 やがてドアが開き、肉体に密着するピンクのナース着に身を包んだ看護婦が、車椅子を押して入ってきた。
「おねぼうさんのおーたくん、さ、リハビリの時間よ」
「……行かない」
 ふてくされてシーツにもぐり込み、太田は答えた。
「ダメよ、ちゃんとリハビリしなきゃ、歩けるようにならないわよ。早く退院したいでしょ」
「その退院をどんどん遅らせているのは、おまえらじゃないか」
 太田はわめいた。
「へんなところにボルトを入れて、リハビリで骨折をわざと悪化させて、わざと僕を退院させないつもりだろう。わかってるぞ」
「どうしたのですか。おーたさん、時間ですよ」
 胸元が大きく開いた白衣を着た女医が、むきだしのメスを持って部屋に入ってきた。
「おーたくん、だだこねてるんです。リハビリしたくないって」
「まあ、困ったちゃんね。わがままは許しませんことよ」
 女医は指を鳴らした。すぐさま理学療法士が入ってきた。身長一メートル八十、体重は百キロを優に超そうかという、プロレスラーのような女性だった。
「レイラ、この駄々っ子さんを地下のリハビリ室に運んでおあげなさい」
 理学療法士はすぐさま、太田のシーツをはぎ取った。
 太田には衣服が与えられていなかった。
 女医は太田の股間を指ではじいた。
「まあ、今朝も元気ね。おーたさんのおいたさん。あとでゆっくりおしおきしてあげるわ。さあ行くわよ」
 理学療法士は暴れる全裸の男性を肩にかつぎ、病室から出ていった。あとに女医と看護婦が続いた。悲鳴だけが、しばらく残った。

あとがき
 やおいというより単なるエロ小説になってしまったようです。ごめんなさい。私ごとき者に作品を汚されてしまった、上記勝手に続編企画の皆様には幾重にもお詫び申し上げます。とくにおーたさんごめんなさい。一刻も早い退院をお祈りしております。


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