漢のカクテル入門

 最近、カクテルに熱中している。
 カクテルといえばスノッブ、蘊蓄、そして女をこます酒ということになっているが、本当のカクテルはそんなものではない。カクテルは男の酒なのだ。
 ヘミングウェイ以来、男は戦場にジンとベルモットを持参し、弾雨降り注ぐ最前線でゆうゆうとマティーニを作って飲むことになっている。「マッシュ」という映画ではその上を行き、軍医はポケットにオリーブの小瓶を隠し持っている。手術道具を忘れているのは遺憾であるが。更に男の中の男はジンしか持っていかない。ジンをグラスに注ぎ、敵軍の台所にあるベルモットを想像しながら飲むのだ。

 ことの起こりはポイントプレゼントである。カード会社は使用を促進するため、カード利用金額に応じてポイントを付与し、年末に蓄積したポイントに応じて商品をプレゼント、というサービスを行っている。去年はこれが30ポイント貯まった。カタログで30ポイントの商品が、カクテルセットだったのである。計量カップとシェーカー。
 勝ったからには使わねばならぬ。酒屋へ走り、ジンとラムとテキーラ、アロマティックビターズとオレンジビターズ、クレームドカシス、グレープフルーツとレモンのジュースを買ってきた。ついでに本屋へ走って「カクテル入門」を買ってきた。これで万全だ。
 と思ったのは浅慮だったことに気づいたのは「カクテル入門」のレシピを読んだときである。私が買ってきた材料では、カクテルが作れない。どれもこれもいくつかの材料が足りないのだ。マティーニにはベルモットとオリーブが足りない。ソルティドッグにはウォッカが必要である。ダイキリには私が買ってきたゴールドラムではなく、ホワイトラムを使用するのであった。結局、作れるカクテルは、ジン・ビターズ(ジン、アロマティックビターズ)だけであった。

 私は激怒した。もういい。過去の遺物に頼らない。俺は俺で自分のカクテルを創造する。それが漢だ。漢のカクテルは、書物に頼らない。分量も量らない。みずからの心に顧みて生じた答え、それこそが漢の真実だ。書物は参照するのみにして頼らず。先人は敬するのみにして仰がず。それが漢の道だ。
 こうして作られた漢のカクテルをご賞味いただきたい。

ソルティ・ブルドッグ
材料
 ジン50cc、グレープフルーツジュース100cc、レモンジュース微量、塩若干
作り方
 ジンとグレープフルーツジュースとレモンジュースをシェークし、塩を縁にまぶしたグラスに入れる。
備考
 ソルティ・ドッグに必要なウォッカがないのでジンで代用。イギリス産のジンを使ったからブルドッグ。
評価
 まあまあ。要するにジンでもウォッカでも、風味の薄い酒ならいいんだね。

ピンク・フェリペ2世
材料
 ジン50cc、野菜入りフルーツジュース100cc、タバスコ微量、セロリソルト若干
作り方
 全部をグラスに入れてマドラーでかき混ぜる。
備考
 ブラディー・メアリーに使うトマトジュースだと思っていたものが野菜入りフルーツジュースだったのだが強引に作った。トマトジュースに比べ色も明るいのでピンク、独裁専制のメアリーより甘いので旦那のフェリペ2世。
評価
 甘ったるくて気持ち悪い。

琉球の嵐
材料
 泡盛30cc、シークワサージュース60cc、黒砂糖小さじ1
作り方
 泡盛とジュースをシェークしグラスに注ぐ。細かく砕いた黒砂糖をグラスに入れ、マドラーで少しかき回す。
備考
 テキーラサンライズにグレナディン・シロップという黒っぽいシロップが必要なのだが、黒砂糖で代用してみた。不味かった。いっそのことテキーラの代わりに泡盛、オレンジジュースの代わりにシークワサージュース、とすべて沖縄で統一すればいいのでは、と思いついて作った。
評価
 やっぱり不味かった。改良の余地がある。カラスグァを浮かせてもいいのでは。ジュースをゴーヤにした方がいいかも。

ブイヤベース・ノワール
材料
 ジン20cc、テキーラ20cc、ラム20cc、ウィスキー20cc、甘口白ワイン20cc、アロマティックビターズ微量、オレンジビターズ微量、クレームドカシス微量、レモンジュース若干
作り方
 すべてをシェーク。
備考
 持てるありったけをぶち込んだ、まさに漢の酒。ノワール=闇、ブイヤベース=鍋。
評価
 飲むべきではない。


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