甲州道中(2)

 一行は府中で宿をとりました。そのとき、ひとりの中年男と相宿になりました。
「あら、あんた庄兵衛さんとこの潮さんじゃないか。久しぶりだねえ」
 とお砂から声をかけたので、きっとおなじ見世物仲間なのでしょう。年の頃がまったく想像できない風体のこの男、お砂が誘うと、いそいそとやってきて、注がれるままに酒を飲み干します。
「いや、どうも……姐さんこそいつもいつもお元気でなによりです」
「あんた、こんなとこで何してんのさ」
「なに、新しい芸人を捜してるんでさ」
 男はうまそうに杯を舐めながら、話します。
「うちの眼力太郎ですがね、目玉が飛び出して、そこから糸で徳利をぶらさげるってんで、江戸中でえらい評判だったんですが、とうとう片目が見えなくなりましてね」
「あらまあ」
「それで舞台をよすの何のと、えらい騒ぎ」
「大変ねえ」
「まさにうちの目玉でしたからね。あいつがいないとがた落ちです。それで、新しいのを探そうと」
「そうそういるもんかね」
「いや、噂だけは聞いたんですよ。尻尾の生えた娘がいるって」
「へえ」
「もしいりゃ、凄いもんですよ。別嬪だったら天下が取れますな。ところが甲府あたりと聞いて行っても、どうにもわからねえ。八王子という噂を聞いて行っても、かんじんなところで話が途切れちまう。府中まで戻ってきたんですが、どうにもあいまいな話ばかりでね」
「そう簡単に見つかりゃ、この稼業楽なもんよ」
「まあ、そうですがねえ。どうもこの噂、ご大身の旗本が絡んでるようでね。口止めされたり消されたり、なんかヤバそうな節があるんですよねえ」
「へえ……あら、小助ちゃん、どうしたの?」
 潮という男とお砂の会話を横で聞いていた、小助の顔色が真っ青です。


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