甲州纐纈城(1)

 江戸時代も終わりのころ、甲州街道からやや外れた山ぞいの村に、ひとつの城がありました。
 その城は小さいのですがきちんとした漆喰の白壁に瓦屋根で、天守閣もちゃんとあるのでした。ひとつ変なところがあり、ふつうお城の瓦は灰色か鈍色だというのに、このお城のはみな真っ赤なのです。堀を流れる水に映る城の姿は、白壁に真っ赤な瓦がゆらゆら揺れて、城が燃えているようでもあり、おびただしい血が流れているようにも見えました。
 もうひとつ変なところがあります。
 先にも書いたように城の周りは水をたたえた堀がとりまいているのですが、その堀にかかる橋がひとつもないのです。まるで、籠城のため城門にかかる橋を焼き捨てたかのように。

 そもそも、こんなところに城がある自体、変なことでした。
 甲州は天領といって、将軍がみずから領地としているところです。城を建てるような大名がいるはずはありません。むかしは勝手に城を建てることは、きびしく禁じられていました。だいぶ昔のことですが、福島正則という強い大名が、幕府にちゃんと届け出をしないで城を修繕したというだけで、広島の五十万石という莫大な領土をとりあげられたことがあるくらいです。
 こんなところに城を建てて、住んでいるのは、いったい誰なのでしょうか。

 いま、その城の中から、ギリギリギリギリ……と、妙な音が聞こえてきます。
 まるで大きな車井戸が軋るような、そんな音を聞いた老人がいました。
 ふと畑を耕す手を止めた老人は、城のほうをちょっと見て、
「ああ、また殿様が御討ち死にか」
 そう言うと、またゆっくりと仕事を続けました。
 その音とともに、城の門から、ゆっくりと何かが動きだしています。
 橋です。橋がゆっくりと、堀へせり出してくるのです。
 さっきの音は、からくり仕掛けで橋を動かす、大きな歯車が回る音だったのです。

 城門から、ゆらりとふたりの人間が出てきます。
 ひとりは馬に乗った侍、ひとりはその家来らしい徒立ちの男です。
 馬に乗った男は桔梗色の小袖に馬乗り袴をつけています。背は高いのですが身が削られたように痩せています。頬のこけた顔の色は蒼白く血の気がなく、その中で目だけが赤黒く濁っています。
 これがこの城の殿様、安達内蔵介維武なのです。


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