ナ
13世紀の資料(「ロキの口論」65節、および後述。『ギルヴィの惑わし』33章、50章。『詩語法』16章)のみならず、9世紀にすでにロキの息子の名前として記録されています(ショーゾールヴル・ウール・フヴィーニ、『イングリンガ・タル』7節=「イングリンガ・サガ」17章)。そのケニングは「狼とナルヴィの姉妹=ヘル」 jóðis Úlfs ok Narfa というもので、ナルヴィを死者の国に住む者と同一にみなしています。
ナルヴィの語源は恐らく「狭い」という意味だと思われますが、もしナルヴィが上述のとおり死者と関わりのある魔物と同格のものと考えるとするならば、古北欧語の nár、ゴート語のnaus 「死体」という意味も捨て切れません。
「ロキの口論」後述では、Nari=Narfiの腸でロキは縛られていることが記され、同時にNarfiは狼になった、と記されています。「ロキの口論」の詩人(もしくはこの後述を付記した人物)は慎重に言葉を控えているので、ナルヴィが狼の姿になったことと、その腸がロキを縛るものになっていることとの関係は全く不明のままで、解釈にゆだねるほかありません。
→「ヴァーリ」(ロキの息子)も参照のこと。
スノッリによれば、ナンナはネプルの娘(ネプルはスールルによれば、オージンの息子であるといいます)、バルドルの妻であり、フォルセティの母親です。スノッリは、バルドルの火葬に際し、ナンナは悲しみのあまり死んでしまい、バルドルとともに火葬台の上で荼毘に付されたといいます。
スノッリは「詩語法」1章の中で、ナンナをアィシニル(アゥスの女神たち)の一人に数えています。スノッリはまたナンナをフリッグの義妹という設定を考え出したようにも見えます。スカルド詩の中では、ナンナの名は比較的多く言及されています。けれど、その記述からナンナがどういう者であるのかを結論付けるのは容易ではありません。エッダ詩の中では「ヒンドラの歌」20節において、ノックヴィという、これも不明な神の娘として述べられています。
古北欧語での典拠が少ないにも拘わらず、スノッリのみならず、サクソ・グラマティクスもナンナをバルドル神話と結びつけています(『デーン人の事跡』第三巻、63節以降)。ナンナはここではノルウェー王ゲヴァルスの娘としてホゼルスと結婚します。けれど、彼女はまたバルドルにも愛され、結果として二人の闘いの原因となり、ついにはバルドル自身の死につながるのです。
双子の兄妹フレイルとフレイヤの父でもあります(「グリームニルの言葉」43節、「スキールニルの言葉」41節「スリムルの歌」22節)。
彼は海の側のノーアトゥーンに住みます(「グリームニルの言葉」16節)。巨人の娘スカジと結婚しますが、それは彼女自身が神々の中から一人の夫を選ぶことが許されたときのことでした。ただし、彼女は足だけを見て選ばなければならなかったのです。この結婚は幸せなものとはなりませんでした。というのも、ニョルズルは海の側に住みたいと願うのですが、スカジは山の中に住むことが好きだったからです(『ギルヴィの惑わし』22章、「詩語法」1章)。スノッリはさらに、ニョルズルは風と海とを支配し、そして炎を操ることが出来ると言っています。そして、航海や海の漁の助け手として崇められている、と言います。
彼はまた裕福な神で、富を与えてくれるのだそうです。ニョルズルがヴァン神族の一人であり、ヴァン神族戦争の後で、人質としてハィニル(ヘーニル)と交換でアゥス神族のもとに送られてきたのだと記しているのはスノッリだけです(『ギルヴィの惑わし』22章)。ニョルズルはスカルド詩の中でもたまにしか言及されませんし、上に挙げたエッダ詩の中にしか登場しません。ですから彼がフレイル、フレイヤの父であることと、ノーアトゥーンに住んでいること以外には彼についての知識はほとんどありません。『ロキの口論』34節において、ヒーミル(Hymir)の娘たちに、彼の口が溲瓶として使われたと言います。ルドルフ・シメックはこれを彼女たちとニョルズルのあらそいの結果 に彼を卑しめた行為と見ていますが、アーシュラ・ドロンケ博士は、ロキは、ニョルズルを結局大海そのものと見ていると言います。つまり、河口はニョルズルの口であり、すべての川は海に流れ、まるで巨人の娘たちの放尿のようだというわけです。尿は、皮を漂白し、加工するために村落共同体では公共の溲瓶に集められていたという歴史的事実もあり、ロキのあざけりの背景にはそのような文化的背景があった、とドロンケは言います。
スノッリは『ハーコンのサガ』14章において、ニョルズル崇拝のための生贄について記しています。そこでは収穫の祝福のため、ニョルズルとフレイルに乾杯をすることが書かれています。
神話学者デュメジルは、サクソのハッディングスの話など、他の文献の中にニョルズルの少なくとも反映された人物が見られると考えています。ニョルズルとハッディングスの物語は共通 の根に遡ることができるのです。しかしながら、デュメジル自身は、何故ニョルズルの話がハッディングスの物語に移行され、しかも登場人物の名前がすべて異なっているのかに付いては満足な答えを出すことが出来ませんでした。
古北欧の文献に反映されているニョルズルのイメージは貧弱なものでしかありません。しかし、ゲルマン民族の古代時代において、ヴァン神族崇拝の中でニョルズルの位 置は重要なものであったとみなされています。これは、彼の名前をとった地名の多さによって充分立証されうると思われます(彼の名前は特にスウェーデン中部やノルウェー西部に多いのです)。また、ニョルズルという名前が言語的にゲルマン祖語のネルスス *Nerthus (大地母神)と同一であるとみなされていることによっても彼の重要性は立証されているのです。タキトゥスは、西暦一世紀にバルト海のある島で行われたネルスス崇拝の儀式について記述を残してもいるのです。ネルススからニョルズルへの性の転換は、恐らくネルスス神の両性具有的性質に由来するとも考えられますが、より高い可能性としては、フレイルとフレイヤのよう男女の兄妹神としての性質に由来すると考えられています。
ニョルズルは、フレイルと同様、航海の神とみなされていますが、このことは彼の住まいのノーアトゥーンからも強調されていますし、ニョルズルが、豊饒的ヴァン神の一人としての性質以外も備えていたことを証しています。このことは、他のヴァン神族の神々とともに、ニョルズルが、ゲルマン民族以前の、(おそらくは航海技術を大いに活用した)巨石文化(その一例としてはメーラレン湖の近くにある「アーヌンドの墳墓」が挙げられるでしょう)を残した民族の崇めていた神々の一人であったであろうことを推測させます。一方で、航海術は青銅器時代において、大変重要な役割をになったことが、青銅器時代に描き残された、スカンディナヴィア南部に多く見られる、宗教的絵画石碑の船は、ニョルズル崇拝の儀式と何らかの関わりを持ったとも思われるのです。
しかしながら、一方で、ニョルズルの名前を伴う地名の存在が、歴史的時間の中で果 たしてニョルズル崇拝はどのように変遷してきたのか、という問題をさらにややこしくしてしまっているのです。ノルウェーにおけるニョルズルの地名は、海岸線近くに見られます。このことは彼の航海の神としての性質を反映していると見られるのですが、さて、スウェーデンの方は、すべて内陸の農作地域になってしまうのです。このことから、この地域ではニョルズルが豊饒神として機能していたことがわかります。あるいはこの地ではニョルズルは女神として崇められていた可能性さえあります。スウェーデンの学者ヴェセーンは、ニョルズルを女神、ウッルルを男神として解釈しようとしますが、むしろ、このような事実は、ニョルズルとネルススが同じ名前に基づく、兄妹神(フレイルとフレイヤのような)として二種類の機能をもっていた、と解釈する方が妥当と思われます。
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ノ
ノール Nørr (古北欧語「少し、狭い」の意)
「ヴァフスルーズニルの言葉」25節、「アルヴィースの言葉」29節に見られる「夜」の父親に付けられている名前。
スノッリの『ギルヴィの惑わし』10章では、彼はノルヴィあるいはナルヴィと呼ばれるヨーツンヘイムルの巨人の一人といわれています。そこでは彼は黒く、また暗い者として描かれています。
詩の『エッダ』おいては、ノールの名前は頭韻を踏ませるためのケニングに用いられることばかりで、本当に実のある名詞なのか疑わしくなりますが、実は古英語の「暗さ」を表すnearweはこの語と関係があるのです。これによって、語源的な古さがわかります。
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