第11話 英語  

 ソ連の戦闘機に撃ち落とされることなく日本に無事帰ってきました。しばらく海外にいると、まず、日本語が思うようにでません。(これ、本当!)また、これまで彫の深い人たちばかりを見てきたので、日本人の顔って本当に能面のようだなあと感じてしまいます。(これも事実!)自分の顔もそんな平たんな顔の一つなのですが、向き合う相手が彫りが深いと、自分もそういう彫りが深い人種だと錯覚してしまうのです。日本に帰ってきた時にすぐには思い出せなかった言葉に「引っ張りだこ(凧)」があります。なんでたこ(蛸)が引っ張るんだろう? ちょうど見ていたテレビで言っていたので、「これってなんの意味だっけ?」と聞くと、「引く手あまた」のことだよ、と。さらに、意味がわからなくなってしまいました。人間の脳細胞はとてつもなくあり、そのすべての機能を使うことなく人間は死んでしまうと聞いたことがあります。きっと、英語で生活していた時は、日本語とは別の脳の回路を使っていたに違いありません。帰国当時は日本語の回路に切り替わるまで、ちょっと時間が必要だったのでしょう。そう言えば別の回路を使っていたということに思い当たる節があります。まず、英語で生活していた時は、英語を日本語にいちいち置き換えませんでした。当然、英会話を習っている頃からアメリカに行った1年目の頃は、置き換え作業をしているわけですが、その置き換え作業が曲者で、私が置き換え作業をやっている最中に、相手はさっさと別の話題に行ってしまいます。そんなきびしい環境の中で生活したおかげで、言語を置き換えることなく、ある程度は会話ができるようになったのだと思います。また、英語で勉強したことは、すごく新鮮に頭に入ってきたのも事実です。この場合も日本語に置き換えていませんので、日本語でなんて言うのかは知らない単語も多くあります。
「えっ、本当?」と思っている方にもう少し説明します。例えば「緑」のことを考えてみましょう。これを「青」と「黄色」を混ぜた時の色と説明する人はいないだろうし、それよりも「緑」という視覚で感じたものを言葉に置き換えている人のほうが多いと思います。英語で「緑」という視覚的なものを「Green」(同時に発音が伴う)という言葉に置き換えればよい訳です。けっして日本語の文字としての「緑」を「Green」に置き換えるのではありません。こんなふうに置き換えていくと、英会話が少しずつ上達するのではないでしょうか。九九算のように、丸暗記して覚えなくてはいけない単語や熟語もあるかもしれませんが、必要なものは体験的に学習することだと思います。
 という私も、日本に帰ってきてから英語をあまり使わなくなり10年以上経ち、仕事の関係で再び英語を使うようになりました。置き換えずに話していたあの時の回路とどうもうまく結び付きません。使わないと本当に錆び付いてしまうのですね。本当は、年のせいだったりして。(つづく)

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