おまりすノート

項目
これまでの問題をふまえた日本の今後のあり方(長文)
今回の選挙からの考察
近年の日本の文化について(2)
近年の日本の文化について(1)
文化について
国際社会における日本の在り方
日本の無機的なシステム
主体性の排除と統治システム
アメリカ依存のメカニズム
歴史からの考察
日本らしさ(その3)
日本らしさ(その2)
日本らしさ
最近のこと
「自己保存」の活性化
日本の教育システムの崩壊
画一的な日本の教育と「脳」
「男らしさ、女らしさ」(まとめ)
「理性崇拝」の危惧
「男らしさ、女らしさ」(追加)
「男らしさ、女らしさ」
少子化問題(その2)
資本主義と民主主義の両立
新興宗教ブーム
自己責任?
個人主義の発達(詳しく)
個人主義の発達/少子化問題
日本の社会主義型経済体制の崩壊

乱筆、乱文はご容赦を。







7/18 '00

日本について私なりに色々と語ってきましたが、では今後どのような日本を構築するべきかといったことになります。結論を先に言えば、長期視点に立てば「日本は都市を解体していく方向に向かわざるを得ない」と私は思っています。それと同時に「ITインフラの徹底整備」が行われるべきであるということです。このふたつは同時に進行されなければならない。

世間でよく言われる社会構造のパラダイム変換という観点から考察してみます。このような観点から要約的に言えば、国内に様々な矛盾が生じてきているのは、社会が情報流通を中心としたポスト工業化社会にパラダイムを変換しつつある時代に、これまでの労働集約的な都市依存の大量生産大量消費型の工業化社会のままでいること自体に問題があるのだということになります。

都市に人々を集め、そこで多量に生産したものを全国に分配させるというような機能をもつ都市づくりは時代遅れになりつつある。むしろ、ITによって時代遅れに拍車がかかったというべきかもしれません。あらゆる都市機能を否定するつもりはありませんが、やはり修正されなければならなくなってきたのです。文化の変遷によって日本人全体の意識そのものも変化しつつありますが、ポスト工業化社会はその意識を急変させるのです。

例えば、デジタル衛星放送による多チャンネル化にしろ、携帯電話やインターネットの普及にしろこれらのメディア形態は分散拡散型であって、従来の工業化社会にマッチしたメディアのあり方、新聞やテレビ、出版物等のような分散している情報をいったん一箇所にあつめて再分散させるという一極分散型のメディア形態も時代遅れとはいいませんが、少しずつその優位性はくいずれはじめてきている。一極分散型メディアがすべてなくなるわけではありませんが、分散拡散型メディアとどこかでバランスをとらざるを得なくなるでしょう。

科学技術の発展が結果として市民生活の利便性を向上させていくものであれば、歴史の長い視点にたてば、インターネットのような拡散型メディアが生活に定着するであろうことは必然であるし、そもそもSFのような未来社会を描くものではテレビ電話のようなものやインターネット的なメディアはすでに登場している。空想社会がすべて実現するわけではおそらくないでしょうが、人類の文明はそれに少しでも近づこうとしているのです。

ポスト工業化社会の主流が情報の流通であり、それを扱う分散拡散型メディアが社会において優位性をもつことは、従来の一極分散型、中央集権型の社会構造をも変革させるのです。

また、日本を含めアジアの都市形態は集村が基本ですが、現在の日本の都市の有り様は所得倍増が唱えられてから加速されたものであって、であれば大都市化は大量生産型工業社会の遺物とまではいいませんが、ポスト工業化社会に移行しつつある現在、人々が局所に集中しすぎていることは逆に非効率的なものになっています。創造性に価値を求めるポスト工業化社会において重要なのは、あらゆる意味においてストレスの少ない社会の構築であるということは言うまでもないからです(日本(特に都市部)はあまりに外的要因によるストレスが多すぎであるという意味において)。このようなことを考えると「都市解体」と「ITの促進」は、よりましな選択であり、かつ分離できないということになります。

今度は、別の観点から考察してみます。

近年、創造性のある社会や知価改革が唱えられていますが、創造活動は人間が行う精神活動のなかでは、とても崇高な行為です。このためには前頭葉が健全に育成される環境でなければならないということです。

例えば、日本の開国後の歴史を振り返ると、このような環境は、明治維新時や大正デモクラシー時、戦後時に日本社会に出現したであろうことは、この時期に前頭葉が形成される青少年期を過ごした人々が、後にあるいは非常に若くして国内的にも国際的にも影響力の強い経済活動や、あるいは文化活動を行ったという現実をみれば明らかです。

逆に画一的で厳しい管理教育のなかで育った我々のような世代に、当時のように個が強く活力のある人物が同じ数ほど輩出されているのか?といったら大変疑問です。世代全体の教養レベルは確かにあがりましたが、個も活力も乏しく、全体をみればどんぐりの背くらべといった感は否めません。

しかし、ここで注意すべき点は、このような大衆の個が開放された環境(官の力が弱体化した時期でもありますが)は、創造性のある人々を輩出したと同時に、破壊性のある人々(利己的な人々)をも輩出したと考えるのが妥当です。創造と破壊を分けるのは、単純化していえば社会的か利己的かということになりますが、同じ環境でもこのように後の人生を分けたものは、家庭環境や彼等をとりまく地域的な環境などであっただろうといえます。

具体的にいえば、なんらかの宗教的あるいは人道主義的な環境(例えば、キリスト教に直接触れるか、そういう宗教哲学に触れるような環境、あるいはヒューマニズムを学ぶ環境)で育まれた個は、創造性や健全な個をもちえたであろうことは十分に考えられることです。創造性のある社会の実現のためには個が開放された環境であることは必要条件ですが、十分条件ではないことは、キリスト教の理念もヒューマニズムも希薄になりがちな日本社会の厳しい現実です。

では、どうすればよいかといった場合、これまで長々とのべてきたように難しい問題です。厳密にいえば答えはないです、なぜならこの問題自体、自己矛盾を内包している。できるのはよりベターな方向を模索していくしかないということです。つまり、問題が解決できなくても努力をするといった過程が重要であるということです。

日本社会の生活様式や個人の意識が、西洋化し個人主義化しつつあることから、ヒューマニズムは今後の日本社会に必要であるといえますが、これが突出して、すべての社会や文化の基調になることは日本らしさの崩壊です。キリスト教がなかなか定着しえないのは(仏教もそうですが)、日本には伝統文化に根差した明文化しえない宗教的世界観が存在していたからです。これは各々の地域の慣習や因習、あるいは神道や土着信仰、伝統といった形で伝承されてきたわけです。

しかし、一方で、工業化社会による大都市化とともに、宗教的世界観の伝承機能をはたしていた「ふるさと」というものが、消失しつつある昨今において、日本的な宗教的世界観そのものが失われつつあるのも確かです。これは古来の宗教的世界観にかわってキリスト教や新興宗教が人々に根付く土壌にもなったわけですが、他方で現代日本人の多くは宗教的にニュートラルな状況です。

これが意味するものは、やはり人々の心のどこかに日本的な宗教的世界観を大切にしたいという願望が存在することと、それがなかなか現実には実現しえないもどかしさがあるからではないかと考えています。日本人を日本人たらしめているものは、キリスト教でも仏教でもなく、日本的な宗教的世界観であるという認識が人々の心に潜在的に存在する一方で、社会は大都市化や工業化によって合理的なもののみを追求し、慣習や因習にみられるような日本の伝統文化のもつ非合理的なものを排除してきた。むしろ、そのような抑圧された日本的な非合理性は、日本の近代の資本主義や民主主義において、いびつなかたちで出現したのだと私は思っています。

キリスト教の神や、仏教の仏様に相応するものは、日本的な宗教的世界観においては「自然」です。厳密に言えば、自然の脅威であり、そのような自然に対する畏怖の念です。ここでいう、「自然」というのは公園にみられみる緑のことではありません。大都市化によって公園や街路樹といった「緑」は、計画的に配置されており決して少なくはないと思いますが、「自然」そのものは明らかに少ないと思っています。

公園の樹木は、夜中などは物騒ではありますが、そこに自然の脅威を感じるかといえばそうではありません。むしろ、猫の額のような空き地でも、乱雑に生い茂った草や野放図に育った木々に自然の脅威を感じるということです。このように感じさせる自然、人知の及ばないむきだしの自然こそが、日本の宗教的世界観における「神」に相応するものなのです。

では、大都市化した街並みは、日本人にとっての「神」が希薄な街なのか?といえば明らかにそうです。どんなに公園や人工的な緑、池をふやしても、そこには日本人にとっての精神的な「神」が宿ることはないのです。大都市化やそれにともなうニュータウン化は、合理的で利便性の高いものですが、「神」の存在は希薄なのです。

このような西欧の都市を模倣した、緑は存在しても「自然」からは隔離された都市生活や、大家族という" 自然"からきりはなされた核家族化した都市生活は、西欧人がそこに住む以上に日本人にとってストレスを感じさせるであろうと感じています。私は、このような都市生活を送らざるを得ない現状は、育児制度の不備もあるでしょうが、少子化を発生させる原因の一つでもあると思っています。

生活様式が西欧化しても完全に西欧人とはなりえない、キリスト教徒ともなりえないということは、逆に日本には日本人にとっての「神」、つまり精神的な拠り所が必要なのです。人間は大自然のもとでは弱々しい存在であるから「神」を必要としますが、逆に理性によって自然を凌駕しえる力をもつからこそ「神」を必要とするのです。どの民族においてもいつの時代においても人間が人間である以上、「神」は必要な存在なのです。そして、昔においても現在においても日本人にとっての神は、極論すれば、神道や土着信仰、伝統文化をも内包する、むきだしの自然であるのです。

「東京砂漠」という言葉がありますが、これは人間関係が希薄でドライな様子を揶揄したものですが、このような視点からいえば精神的な「神」の存在が希薄な都市、精神的拠り所の少ない都市ということを意味しています。事実、江戸文化のようなものは影が薄くなってますし、博物館にされること自体、ある意味で江戸の伝統文化は生きた化石となってしまっている。「砂漠」という形容自体も、そこに本来あるべきむきだしの自然が皆無であることを語っています。

しかし、最も重要な問題は、このような東京型の都市を礼賛し、日本の様々な箇所で都市への人口集中がおこなわれ東京的な街が作られていることです。工業化社会においては当然だといえますが、このことは日本全体に日本人にとっての「神」が消失しつつあることを意味しています。東京と同様、そこに本来あるべき伝統文化やむきだしの自然を体感することがない人々が増えてきている、日本人が本来もっていた精神的な拠り所を知らないまま育つ人々が増えているということです。「東京砂漠」は日本において今やどのような都市でもみうけられるのです。

余談ですが、首都移転の問題についていえば、東京の地域主義の復興(江戸文化の復興)という観点にたてば、むしろ東京は首都移転に賛成であるべきと思いますが、現実問題としての難題(赤字財政等)が山積しているのでしょう。東京という都市の形成過程はまさに高度成長期の象徴のようなものであり、近代化の象徴であるとも言えますが、私は日本の近代化というのはマンハッタンの摩天楼のような都市が構築されることではなくて、日本古来の理念の存続(日本的な生活様式の存続)と、西欧化した生活様式という二つの要素のバランスを考えると、近代化による日本的な都市づくり、街並みはもう少し別のものになったのではないだろうかと思います。

他方で、過疎地域には、かえりみられない「神」が現存している。このようなアンバランスは、都市への集中を解消していく方向にむかわせるべきではないだろうかと思うわけです。また、子供の育つべき環境といった点からも、人知の及ばないむきだしの自然に触れることは、日本人に本来そなわっていた謙虚さを学ばせ、自然のメカニズムに触れることは、人工的な教育プログラムや知育玩具から得られる以上に、はるかに多くのことを教えてくれるのです。そのような環境においては前頭葉も健全に育成するのです。

そもそも、世界がグローバル化を加速させる一方で、いい意味でのナショナリズムの健全な存続が唱えられはじめている現状において、日本の子供たちが、日本人が古来より感じてきた自然に対する畏怖、なぜ日本文化の中心に「自然」が存在するのか、ということをむきだしの自然に触れることで体感しなくて、どうして日本のよきナショナリズムを理解できるのでしょうか。地方にのこっている様々な慣行に触れることは日本の伝統文化に触れることです。勿論、しきたりを守ることではなく、触れることが大切であるのです。しきたりを守ることなく、どうして伝統文化に触れることができるのかという方もいらっしゃると思いますが、それを言えば、昔の子供であってもしきたりを守ったからといって、即、伝統文化を理解したわけではないことは明らかであって、自立したときはじめて伝統文化の真意を理解できるのです。

「都市解体」が完全なバラ色の計画ではないのは、工業化社会によって都市化が進行しすぎた現状においては、様々なところで別の問題が発生するであろうことからも明らかですし、地方は地方で民主化や個の尊重という観点にたてば、慣習や因習といった悪しき慣行が残っていることも確かです(日本のナショナリズムに照らし合わせれば悪しき慣行でもなんでもないのですが)。

ITはグローバル化や民主化を加速させるメディアですが、「都市解体」と「ITの促進」は、グローバル化とナショナリズムの存続という問題を地方に持ち越すだけといえるかもしれません。しかし、日本の開国後の歴史はグローバル化とナショナリズムの存続との対立の歴史であることから、「都市解体」と「ITの促進」によってこの問題が一挙に解決するわけでもなければ、むしろ、日本が未来にわたって常に背負っていかなければならない問題です。

これは、日本に限らず他の民族においても、例えばアメリカであっても例外ではないのです。グローバル化=アメリカ化ではないということです。ただ、アメリカの選択はいずれ世界がグローバル化していくであろうという長期視点に立てば、よりましな選択、ベターな選択の歴史であったといえるということです。また、このような矛盾した解決不可能な問題があるゆえにこれを克服しようとすることで、そのエネルギーが民族的な創造性をうみだすということになる。

日本の現状をふまえ、さらに長期視点に立って考えた場合、市場原理の導入はベストではないですが、ベターな選択であろうというここと同様に「都市解体」と「ITの促進」も、長期視点に立って考えた場合、よりましな選択であろうと私は思っています。

結論: 「ありのままの自然を身近かに触れ合える環境で、自立した個を目指す。」





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7/16 '00

遺言のページで、国民と国の意識のズレについて述べましたが、もう少し詳しく述べてみます。
国民というのは厳密にいえば、「大都市に住む人々」というべきであるのは、今回の選挙結果から明らかです。大都市に住む人々と地方の住む人々との間にも意識のズレが存在する。選挙結果において明らかになったこれらのズレが、これまでの公共投資の在り方に対する「大都市に住む人々」の不満であるのは確かですが、今回の選挙において前小渕政権の目指した方向性に対する審判でもあったことから、このような観点から選挙結果を理解しようとするとどういうことになるか?

結論を言えば、与党も野党も目指す方向性はほぼ同じであったことから、民主党が自民党より得票率で大都市圏で上回ったというのは、大都市圏においては方向性(基本理念)には否定しないが、やり方(政策)に問題ありということになる。ただ、全体的に投票率が低かったということは方向性(基本理念)そのものを否定している人々も少なからずいるとも思われます。また、あるいは政策と理念をごっちゃにして、政策が悪いから方向性も間違っているという人もいると思います。

こういう人々は与党にも野党にも票を投じなかったと理解するのが妥当です。どの党も日本を変えるといっているが、こんなに苦しいのなら変えなくてもよいという人も少なからずいるであろうということです。事実、自由競争や能力主義の導入による競争社会の実現は、これまで縁故を拠り所にしてきた企業社会に様々な矛盾を発生させました。

リストラによって労働環境は以前にもまして過酷になった。「残るも地獄、去るも地獄」は企業のすべてにいえることです。長時間労働、非常に変則的な労働時間体系(出勤時間が日によって極端に変動する)、将来が保証されないバイトのみの募集、業務内容の圧縮(一人あたりの単位時間あたりの労働量を増やす)、サービス残業の強要、自己責任という名の事実上の首切りや賃金カット、といった人件費を削るためにありとあらゆることが横行している。

個の尊重といった人権擁護の社会とは程遠いものになっているのです。国に対する主体性の排除がなくなったかわりに、企業や組織といった小さな単位への主体性の排除が企業や組織主導でより強力な形で行われている。このような日本の自由競争社会における人々の意識は高度成長期の頃と非常に似ています。つまり、形としては、当時は「アメリカ企業」との競争であったものが、「自国の同業他社」との競争に移行したわけですが、個の尊重による自立が社会基調にある欧米においては市場原理も有効に機能するのですが、個人主義社会に移行しつつあるのにもかかわらず、個の尊重があいまいなままになっている日本においては自由競争社会の実現は労働者に対する搾取を加速しただけとなった。そして、今回大企業が国からの保護を解除されたことは大企業が集中する大都市圏において、企業による労働者への搾取がもっとも顕著であったのです。

労働者の側にも、古来の理念にもとづく自己犠牲を是とする風潮があることから、企業が一方的に労働者を搾取しているのだとは決して言えませんが、このような企業と労働者の意識の有り様は高度成長期の人々の意識の有り様を再現していると感じざるをえません。

一方で、高度成長期のころのように作ればどんどん売れるといった大量生産大量消費の工業化社会という時代と、情報が産業の主流になりつつあるポスト工業化社会の到来という時代の背景の違いにおいては、それぞれの社会に住む人々の意識が違うであろうことは明らかであって、現在のようなポスト工業化社会の到来は人々の意識を変革し、労働者自身の意識をも変えつつあるのです。

むしろ、権力を有する企業が、旧態依然といた意識のままで、自由競争に移行した時に労働者に対し、まるで高度成長期のころのようにふるまったことは権力の逸脱行為以外のなにものでもないのです。権力を有する側が、いつまでも権力を温存したいという気持ちもわからないではないですが、日本という国をもっと長期的な視点にたってみた場合、果たしてこのような意識のままでいいのでしょうか?

今回の選挙における大都市圏での民主党と自民党の逆転の構造は、大企業が集中する大都市圏での構造変革時における企業と労働者の意識のズレを理解しない自民党、つまりこのようなことを理解しないまま以前として大都市圏の労働者の血税を、地方への公共事業に回して地盤固めをしていることに対する不満であったといえます。





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6/13 '00

誤解のないよう言っておきますが、ここでいう"「わがまま」に寛容であること" と、" 甘やかすこと" は違います。わがままに寛容である社会には、社会通念に人間理解のプロセスが存在しなければならない。「人間とは、そもそもどういうものであるか?」とか「どうあるべきか?」という理解が、そこに住む人々の意識に存在しなくてはならないのです。逆にいえば、なんの理念もなく無軌道にわがままを容認することが、「甘やかす」ということになる。

おおむね、日本において「わがままに寛容であれ」といった場合、「それは甘やかせということか」といった事になる。なぜなら、日本の伝統文化の中心にあるのは「自然」であって「人間」ではないからです。西洋文化と較べれば人間理解のプロセスがもともと希薄なのです。そのことは日本古来の通念に従えば、「わがまま」に寛容であることは、何の疑いもなく甘やかすことだとなる。

しかし、これだけ西洋文化が浸透し、生活様式が西洋化している現状において、やはりそのような意識は修正されなければならないだろうということです。21世紀の日本が「個の尊重」による自立を人々に求めるのであれば、社会全体がその基調に人間理解を中心にすえ、わがままに対して寛容でなければならない。

これまでの日本の管理社会は、子供たちに「おとなしくいい子」であることを強いてきた。大人の言うとおりにする子はいい子なんです。しかし、私にいわせれば「おとなしくいい子」ほど不気味なものはない。子供は本来、依存的でわがままです。厳密にいえば、日本に西洋文化が浸透している以上、日本においても子供はそうならざるを得ない。

ところが、古来の理念にあわせて、いい子であることを強要する。わがままは、甘やかしにつながるということで、それを家庭も社会も決して容認しない。こんな状況で、子供が自我を形成していく成長過程において、その心の内部に自己矛盾が生じないほうがおかしい。特に外部の何かに依存的で管理的である家庭や社会であるほどこの反動は大きくなる。つまり、そのような環境で育ったいい子ほど、自己矛盾による反動が形成されやすいし、大きくなりやすい。そして、それが外に向いたときは大きな事件となるし、内に向いたときは自分を傷つけるということになる。

このような場合、世論はよく「なぜ、いい子がこんなことを?」となりますが、いい子だからこそというか、いい子であることを強いられてきたからこそといえます。このような環境においては、子供を理解する場合、どれだけいい子であるかということより、どれだけその子の個が解放されているかということに価値を置くほうが大切であろうといえます。

わがままに寛容である社会は、わがままの暴走といった事件を生むことは否定できません。また、日本においては社会全体に、甘やかすことはその人間をダメにしてしまうという不安があることは確かです。しかし、わがままを認めることは、甘やかしだと一方的に結論付けて社会全体がやみくもに全否定してしまえば、互いのわがままが衝突することで、互いがそれぞれの個を自覚し、互いの距離を認識していくという、「個の尊重」による自立過程そのものを否定することになる。自己責任の原則も生じない。自己の内部に自分の「確かなもの」を模索し形成していく過程は、様々な場所で様々な他の個との衝突を経験するということです。

これは社会において、「それぞれがわがままである」ということになりますが、自立を人々に求めるのであれば、日本はそのことに寛容でなければならないということです。そして、その大前提には、深い人間理解が社会の基調に存在しなければならないのです。





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6/9 '00

文化という観点から近年の日本を理解してみることにします。

開国後の日本文化の在り様というのは混迷ということに尽きるでしょう。西洋文化が社会に浸透し「個の尊重」が蔓延しはじめると古来の理念である「主体性の排除による調和の尊重」(滅私奉公が美徳であるというようなこと)が強力な圧力となってそれらを駆逐してきた。そのうねりの繰り返しなわけです。その圧力が、いつの時代にも暴走したのは、奢りであったり盲従であったりしたわけですが、そこには古来の伝統文化によって醸成された非常に情緒的な国民性が、指導する側にもされる側にも介在していたのだろうとも思います。

そのような混迷によって近代の日本の文化は様式と理念が分裂していたといえます。様式とそこにある理念は本来不可分のものです。しかし、生活様式が常に合理的で利便性の高い西洋文化にさらされることで西洋化し、かつ日本文化の「主体性の排除を是とする思想」によって皮肉にも西洋化がスパイラル的に加速しているところに、国のシステムはそこに強引に「調和の尊重」という理念をはめこもうとしてきた。なぜなら、ここは「日本」だからです。生活様式が西洋然としてしまってる上に、文化の理念までもが西洋化してしまえば、ここは日本ではなくなる。

これは道理ですが、こんな状況で日本人の思考や文化が分裂しないはずはありません。大衆において、個の開放が急速に進んでいるのに、それを抑圧してきたわけです。ことに、アメリカに負けた(という意識が強い)敗戦後からの、高度経済成長期以降の日本において、日本は抗い難い権力者としてアメリカに対して主体性の排除を行い、逆に国は大衆に国への主体性の排除を強要し高度に管理された社会を実現してきた。大衆が無軌道(これは古来の理念に対して)になればなるほど、システムを堅牢なものにしてきたのです。

このような状況ゆえに近年の日本とくに70年代後半においては、「個の尊重」が社会基盤として定着したわけでもなく、かといって「調和の尊重」が押し付けられこそすれ国民が主体的に従ったものではないために、理念そのものは形骸化していった。 つまり、主体的な「調和の尊重」ではなく、依存的な「調和の尊重」が定着してしまった。経済至上主義ゆえ文化が商業化されてしまったという面もあるでしょうが、結果的に管理統制された社会の文化として出現したものは、表層的、快楽的、享楽的、刹那的なものが多くなった。使い捨てや軽チャーが巨大な思潮となって普遍化する。それは、個を尊重する文化でもなく、自主的に調和を尊重する文化でもなく、それらが融合したものでもなく、理念そのものが分裂してしまった文化だと私は認識しています。

一方、深層的、閉鎖的、溺愛的なものが「オタク文化」といえます。多種多様なマニアックな世界が混在しているこの文化の特異性は、閉鎖性ゆえの没社会性や、いびつな性の発現(ロリコン、美少女、やおい、美少年等)に象徴されます。また、これらの特異性ゆえに公共の福祉とは無縁であることから、この文化も快楽的、享楽的であると言えます。オタク文化的なものはバブル崩壊以前からありましたが、それが若者に普遍的にひろがった理由としては、バブル崩壊以降、不況による先の見えない閉息的な社会が、「オタク文化」の普遍化を後押したと言えます。

しかし、最も重要なのは、その発生の原因にもかかわることですが、先の見えない自分自身への閉息感が若い世代に蔓延していたのだということです。そのような土壌はすでにつくられていたのです。彼等が理念そのものが分裂してしまった文化に育ってきたということです。依存的な「調和の尊重」の蔓延する社会においては、自己を見つめる教育は決してなされてこなかった。そういう行為は否定されつづけた。そういう行為をする人間は社会から、企業から排除された。

1990年に『一応族の反乱』(橘川幸夫著)という本が出ていますが、ここでは " 「イエ」といった旧来の日本的価値観が壊れた今、若者は「個人」を価値基準にはおいてはいるが、しかし「個人」そのものにもそれ自体がよりどころとする価値観など存在せず、結局は「確かなもの」が何かわからなくなってきている " と警鐘をならしています。
バブル崩壊以降、それまでよりどころにしていた「経済」は「確かなもの」ではなくなった。「確かなもの」がない以上、個人主義的に生きようとしても、では一体何をどうすればよいのかが全くわからない。

では、どうするのかといった場合、「確かなもの」が自分人身の中に存在しない以上、少なくとも自分自身が共鳴しうる外部の何かに「確かなもの」を求め、それに依存しようとする。そして、その対象に深く関わることで、自己のアイデンティティーを確立しようとするのです。オタク文化の多様性はそのようにして生まれます。

また、自分人身の中に「確かなもの」(道義的な信念や信条のようなもの、あるいは試行錯誤によって獲得した自分自身の信念)があれば、自己と対象との距離を理解できるはずですが、「確かなもの」がないため距離を作れない。それは社会に距離をとりすぎる「ひきこもり」や、逆に対象に密接してしまうことでおきる「ストーカー行為」が生まれやすい。例えば、新潟の少女監禁事件は、距離を作れなかった典型的な事件といえます。少女と密接な関係を作る一方で現実社会とは隔絶してしまっている。距離を作れないという点で、ひきこもりもストーカー行為も同時に同一人物に生まれやすいといえます。オタク文化が、閉鎖的で、溺愛的というのはそういうことです。

断わっておきますが、オタク文化に関わる人すべてがそうであると言っているわけではありません。何かに溺愛的でも社会性を有している人もいますし、そもそも何かに情熱的であるというのは必ずしも悪いことではありません。若い人が生物学的、また社会学的観点から、その存在そのものが依存的でかつ情熱的であることは否めません。

個を主体として生きるというのは「確かなもの」を自己の内部に求めつづける行為にほかならない。しかし、理念の分裂した社会において、人々は世代を問わず「確かなもの」を外部の何かに求めつづけてきたのです。そもそも戦後の日本社会、特に日本が高度経済成長の道を歩み始めたころから、社会の内部に「確かなもの」は失われはじめていった。国自体、「確かなもの」を外部の何かに求めつづけてきたのです。それは経済の指標であったり技術の力であったりした。

それは、日本が外国人からどうみられているかが気になる人が多いということにもつながる。また、社会生活においても常に他人の評価が気になる。結果として大勢につくのが無難ということになるのです。人のマネがはやることにもなる。「確かなもの」が社会にないことは、なんでもありの風潮を生みます。「衣食足りて礼節を知る」というように、不況はその傾向を助長します。

近年のように確たる文化基盤がないところ(享楽的、快楽的な文化、依存的な「調和の尊重」を理念とする文化しかないところ)に個が無軌道に開放されれば、自由を履き違えた自己中心的な人をはびこらせることになるのです。自分の欲望のためであれば、反社会的な行動も是とする風潮を生むのです。そもそもバブル絶頂期と崩壊後数年の社会全体の無軌道ぶりは、これをすでに実証していた。「個性重視」「ゆとりの教育」があやまりなのではなく、社会の背景に表層的であるにせよ、深層的であるにせよ、享楽的、快楽的な文化、依存的な「調和の尊重」を理念とする文化しか存在しないことが問題なのです。

繰り返しますが、若い人が依存的であるのは仕方がありません。社会をしらない若い人に、自己の内部に「確かなもの」を求めるのは早すぎです。大きな問題はそれが若い人だけではないという現実と、では今後いかにしたら若い人に自己の内部に「確かなもの」を求めていけるよう社会が、かれらにそのような方向づけをなしえるのかということです。教育レベルだけの問題ではなく、社会全体が「確かなもの」を作り上げる必要がある。どのような理念に基づく文化を作るべきなのかということです。

近年の文化を全否定しているのではありません。それはそれで興味深いものであるし、そもそもこのような文化は時代背景によって必要だから生まれたものです。問題なのは世代を問わず大勢となることだといっているのです。その結果としていびつな性の発現が普遍化することは末期的な社会といわざるをえない。ロリコンはどの時代においても、どの世界においても存在しますが、社会の存続という観点からは少数派であることが適切なバランスであって、それが大勢となるのは大きな問題なのです。児童ポルノの規制強化、ストーカー行為規制法も結構ですが、それはただ問題を潜在化させるだけであって、社会の根元にある問題を直視しなければ結局は変わらない。規制はたんなる対処療法にすぎないということを人々は認識するべきです。

個の開放を容認するということは個の尊重につながりますが、それは一方で「わがまま」も容認するということです。日本は伝来の文化の理念によって、「わがまま」であることを非常に疎んじてきました。わがままな人間は、それだけで全否定されるといっても過言ではないでしょう。しかし、個を尊重する社会にあって、わがままに寛容ではない社会など存在するのでしょうか?人間である以上、個の開放が容認されれば個性とわがままは同時に出てくる。個の尊重と言った場合、個性を大事にするといえば聞こえはよいですが、それは同時発生するわがままをも許容することであるのです。

これまでの記述において、日本には古来の日本文化の呪縛があったとか、理念の分裂した文化があったとかいってきましたが、分かりやすく率直に言えば、社会の根元にある問題というのは、「日本の社会は「わがまま」を容認するのか、しないのか?」ということに尽きるのです。今後日本は、個の尊重によって個の自立した社会をめざすのであれば、社会全体がわがままにある程度寛容でなくてはならない。日本古来の理念が常に否定してきたものを受け入れなくてはならないのです。これができるかできないかにかかっているといっても過言ではありません。





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6/2 '00

遺言のページ(第22部)で「文化」に関して述べましたが、もう少し深く考察してみます。

文化を「普遍的な哲学や理念を内包するもの」と定義づけた場合、何に対して普遍的であるかということで、「文化」は多様性をもちます。例えば、日本文化といった場合、日本というコミュニティー内における普遍的な哲学や理念をもつものといえます。オタク文化といった場合、オタク内で共有しうる哲学や理念のあるものとなります。そして、それが他のコミュニティーに対して普遍性をもたない場合、それはそのコミュニティーにおける独自の文化といえます。

また、「文化」は変遷します。それはコミュニティーが本来閉ざされたものではなく、常に他のコミュニティーと相互に作用しあうものだからです。人間が他の人間とふれることで相互に影響を及ぼしあうことと全く同様です。

日本の文化を考えてみます。開国前と後では、日本の文化の有り様というのは激変しています。開国以前、古来の日本の伝統に依拠した文化は、同コミュニティーにおいて非常に有効に機能していました。例えば、型や作法から入る教育というのは人々に礼節を促しました。読み書きや日本独自の文学が広く普及していたことは日本社会というコミュニティー全体の教養レベルを高めていました。

開国前の伝統による日本文化とその理念の継承は日本社会が自滅することなく、逆に日本の文明を存続し発展させていく大切な社会基盤になっていたのです。これまで私が述べてきた「日本人が平等である」というのは、人々の身分は明らかに不平等であっても、人々を支配する最も基本的な理念が一つの方向に向いていたということです。日本文化の根幹である「主体性の排除を是とする思想」は、どの時代においても普遍性をもっていた。永年の天皇制の存続というのはこれを象徴するものです。

そして、このような土壌があったからこそ、開国後の日本は結果として国際的に影響力のあるポジションに位置しているのだといえます。ただ、日本において普遍的であったものが、国際社会という他のコミュニティーとの同居において普遍的なものではなかった。フタをあけてみたら、日本がこれまで拠り所としていた哲学や理念のほうが異質であったというわけです。しかし、それは西洋文化と比較して異質であるわけで、思想性において東洋文化圏における古来の日本文化はそれほどかけ離れているわけではありません。

また、現在の国際社会においては、アメリカ文化を中心とした西洋文化が非常に幅をきかせています。「個の尊重」のグローバル化です。確かに、西洋文化の最も基本的な理念である個人主義に基づく個の尊重は人間が本来生物学的に利己的な生き物である以上、全人類において普遍的なものだといえます。しかし、これは人間の一面にしかすぎないのです。

例えば、人間が一人で生きていくのは可能ですが、ではその存続となると異性を必要としなければならない。でなければ、人類の歴史は非常に短命だったでしょう。でも現実にはそうではない。夫婦というのは最もミニマムな社会単位ですが、そこには他人(異性)との調和が当然必要になってくる。グローバルな視点から言えば、自然と人類の関係においても共生が必要になってくる。であれば、日本文化をも含めた東洋文化の基本的な理念である「調和の尊重」も、人間が生物学的に集団性を必要とする生き物である以上、「全人類において普遍的なもの」なのです。種の二大法則に照らし合わせれば、おおまかですが「自己保存」は「個の尊重」という理念に、一方の「種の保存」は「調和の尊重」という理念によって現実社会に体現されているのだと理解できます。人間は生まれながらにして平等ですが、同時に生まれた時点からすでに社会性を有しているのです。

つまり、「個の尊重」にのみ固執することは危ないわけです。これは今まで私が言ってきたことと矛盾するようですが、そうではなくて、日本のこれまでの官主導の垂直統合型社会は、大衆への基本的人権の尊重も個人の尊重も希薄な社会であったと言うことです。「個の尊重」は今後の日本の重要な命題であるのに違いありませんが、「調和の尊重」もやはり重要であることには変わりありません。

このことは、例えば憲法には「基本的人権の尊重」も「個人の尊重」も明記されていますが、やはり「公人としての尊重」も明記されなければならないだろうということです。ここで言う公人というのは役人という意味では勿論なく、「生まれながらにして社会性を有した存在である」ということです。





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2/25 '00

開国後の日本はどうあるべきだったか?といった問いに関しては、なんらかの理想論を言えますが(これは後で述べます)、開国後の日本のあり方は正しかったのか、間違っていたのか?という場合、これは非常に難しい問題です。「主体性の固持」を基調とする、日本の伝統文化と全く逆の指向をもつ西洋文明に対する抵抗、反駁というのは歴史的観点からみれば起るべくして起ったといえるからです。以前、日本の現状は必然であったと言ったのはそういうことですが、これを例えば個人レベルでいうと、「あなたの生き方は間違っていた。我々のように生きるべきなのだ。」といわれた場合、それまでの生き方の指針にしていた価値観、素晴しいと信奉していたものを頭ごなしに否定されれば、そこに抵抗が生じるのは明らかです。

では、逆に民主主義は誤りだといったときに、それを信奉する人々は抵抗しないのだろうかと思うわけです。そんなことは、あきらかにありません。確かに民主主義は、人類普遍のシンプルでプリミティブな制度であると私は思っていますが、それは同時に多様性をも認める制度であるということです。であれば、民主化が浸透していない国は、確かに国際的に未熟であるといえますが、力による民主主義の強要は力で跳ね返されるだけというのは日本の歴史が物語っているといえます。

自由や民主主義がすばらしいものであるというのは、それによって他国も認めうる素晴しい国をその国自らが具現することが最良の方法であるといえます。アメリカは覇権主義であるといわれますが、彼らは「主体性の固持」が非常に突出していて、それが生き方のポリシーである以上彼ら自身は覇権主義だとは思っていないと思っています。しかし、他国からアメリカは覇権主義であると思われること自体、アメリカは国際的に民主的ではないのではないかといえます。

国際社会における日本のあり方といった場合、これは自由競争と民主主義を社会の基盤として位置付けざるを得ないのは現実路線として不可避です。様々な文化の交流によって人間が個を主体として生きることを模索し、それぞれが哲学をもつようになれば、社会制度としての民主主義が形成され、と同時に自由思想や自由競争が発生する。この二つはともに単純明快であるがゆえに最も堅固なものであるし、国際社会のグローバル化において文化の流動が起らない国なとどというのはないわけですから、それらは人類共通の普遍的なものであるといっても過言ではないといえます。しかし、普遍的であるから日本はそれらを社会基盤にするというより、現実問題としてそれらを導入せざるを得ない状況であるということです。

勿論、このことは近年の問題などではなく、開国後常に日本社会の根底にあった命題であったわけです。西洋文明の象徴であるこの二つの理念は日本の伝統文化にとっては全くの異質といえます。そして、日本はこれらを強引につっぱねてきたわけですが、旧来の理念とそれとは逆指向の理念の混在は、日本とそこに住む人々の精神をガタガタにしてきたのです。

「柔能く(よく)剛を制す」という中国のことわざがありますが、日本固有の武道である柔道でもよく耳にします。これは、日本の他の武道に限らず伝統や文化における「主体性の排除」にも合い通ずるものです。「柔よく剛を制す」とは、相手の力をうまく利用して防御や攻撃をおこない相手を制するということですが、これは、例えば生け花でいうと、生け花を通して自己を表現する場合、自然をうまく利用することだといえます。この二つにいえることは、自己がコントロールされていなければならないということです。盲目的な「柔」であっても、盲目的な「主体性の排除」であってもだめで、実はその根底には「剛」や「自然」に対する毅然とした自己との対立が存在する。そのためには自己が確立され、かつ自己制御されていなければならない、つまり、自立していなければならないのです。

伝統や文化が洗練され磨かれていき完成度の高いものになったということは、それを継承する人々が常に自立を求められていたのだというのは言うまでもありません。盲目的に「主体性の排除」をし、伝統や文化を継承するのであればロボットにもできることですし、マニュアル化しえる。しかし、その時点で伝統や文化の完成は止まってしまう。確かにある時期に「型」は完成し、それはマニュアル化しえますが、そこに内在する内的宇宙というのは理想に限りなく近づくことはできても、決して完成されない。理想そのものになることがありえないのは、「型」を継承するのが「神」ではなく「人間」であるからです。

「継承者は常に従来の伝統や文化をこえなければならない」というのは内的宇宙の完成度を高めることを要求されてきたということです。自立による継承というのは、すなわち" 自主的な「主体性の排除」"にほかならない。自己をコントロールできるものが、意志を強くもって「主体性の排除」をおこなう場合にのみ、自己と伝統文化との一体化をなしえ、奥義である深遠な宗教的世界観を体得しえるのです。そして、それは内的宇宙を理想に近づける。

このようなことを考えると、開国後の日本は西洋並みの近代化という「剛」によって、西洋の「剛」を制しようとしてきたのだといえます。人々は盲目的な「主体性の排除」をうながされてきた。では、「柔よく剛を制す」というのを今後の日本の在り方にあてはめてみると、「剛」は西洋文明であり、人類の普遍ともいえる自由競争と民主主義というとてつもない理念なわけです。「柔」が、自立した人間による自主的な「主体性の排除」であるならば、あえて「剛」の力を最大限利用することで、日本の伝統文化とその基調にある宗教的世界観、それによって形成される日本精神は存続し、ことわざ通り「日本らしさ」は逆に世界を凌駕しえるのではないかと考えるのは短絡的でしょうか?

ここは、一歩さがって「柔」に徹するべきであるというのが私の意見ですが、それらを未消化のまま誤って利用すれば剛を制することなどできませんし、剛にふりまわされるだけです。「柔」を遂行するためには、国や人々の自立が必要であるのは言うまでもありません。決して盲目的な「主体性の排除」であってはならないのです。
剛を制するというのは敵対する意味ではなく、日本の宗教的世界観をも内包するアジア的思想の普遍化でありグローバル化ということです。具体的にいえば「自然との協調」や「自主的な主体性の排除」といったもの、つまり「調和の尊重」のグローバル化です。





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2/10 '00

日本にとって民主主義は悪なのか?といった場合、個を主体として生きようとしているのであれば悪ではありませんし、その前に自立をもとめられるということです。依存的な人々にとっては悪以外のなにものでもないといえます。人間は生まれおちた日から、主体主義的(あえてここでは個人主義的であるとはいいません。)であると思ってます。日本人は先天的に集団志向ではない。人間は動物である以上、利己的な部分を有するのです。

幼児や子供は、本能的であるためにとても利己的です。そして、それぞれの国の文化や社会のあり方に接して利己的な部分を修正して大人になる。例えば、日本で成長するというとき、古来の日本において、型や作法から入り型や作法の裏にある長い伝統によって築かれた奥深い世界観、人間のあり方や人間の生き方を知るということです。

日本は非常に長期に渡って、仏教や漢学(儒教)といった比較的同指向の東洋文化が流入しこそすれ、他国にくらべ異文化との交流が乏しかった。これは型や作法が非常に洗練され研ぎ澄まされていく要因となった。多くの日本人にとって納得でき耐えうる継承されるべきものに完成されていった。型や作法は絶対的なものであり、子供たちにとって最初はその真意がわからなくても、忍耐や努力によって何度も繰り返すことで先人たちが感じた人間のあり方を知り体得していくといった成長のプロセスがあるのです。

主体性を研鑽によって排除していき、型や作法に自己を依りそわせることで、その奥にある世界観、無我に達成することにあった。そのような生き方は、本来敵対すべき自然に対しても、非常に寛容であったということです。個をなにかにゆだねるというのは日本人的生き方といえます。

一方、代々伝わる洗練された伝統というのが多文化の影響によって「日本と較べて」相対的に形成しにくかった大陸の国々は、多様な価値観にさらされることで、個を主体として生きていくことになる。ただ、おなじ大陸において、多様な民族の流動化があったにもかかわらず、そこに東洋と西洋というある種の住み分けのようなものが存在したのは、人種という先天的な思考性の違い(脳の側性化度の違い)があったのだろうと思わざるをえないということです。

ヨーロッパでは紀元前から個人主義が発生しているのに、中国はそのはるか前から文明を築いてきたし多くの文化との交流があったにもかかわらず、ヨーロッパ的個人主義が生まれなかったのはなぜか?と思うわけです。異質の多文明の存在を理解する場合、太古において人種にいかなる差も存在しないとすると文明はもっと均質になっていてもおかしくないと思うわけです。確かに中国にも哲学はありますが、西洋の哲学とはやはり違う。しかし、哲学が存在するというのは多様な価値観に接することで生まれるわけで、中国は、哲学にとぼしかった日本にくらべ個を主体として生きていく傾向にあった。

では、個を主体として生きていくためには何を指針にするか?といえば、宗教だといえます。仏教、儒教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、etcといった民族の流動化のしやすさ故に、多文明化することで多くの宗教が生まれた。神への絶対的な帰依は、個を主体として生きていく場合、人間至上主義や自己中心主義に陥りやすいことを戒めます。目に見えない人智を超えた畏怖を与える絶対者の存在というのは、人々に謙虚であることを促します。勿論、そのような宗教のメカニズムは政治的に利用されることもあります。これは日本的な精神のあり方が統治システムに利用されることと同じことです。人間に対して、日本の伝統が求めるものも、宗教が求めるものも同一であるといえます。

西欧における自立というのは、本来利己主義的である個を個人主義化することです。利己主義と個人主義との差というのは、自己実現を自分の利益のみに求めるか、自己実現を自分の利益と同時に社会への利益を求めるかの差ですが、その結果には大きな隔たりがあります。成長という個人のアイデンティティーの確立という営みにおいて、結果的に自分も幸せになり、同時に社会にも有償無償を問わずその利益が還元されるというのは個人主義者にとっての生きがいそのものといえます。
例えば、作家が好きな作品を書き、それで何がしかの利益を得られるのであればそれはその人にとっての生きがいだということです。アイデンティティーの確立が人によって複雑で様々なのは出版物でいえば多種多様なジャンルが存在し、同ジャンル内でも様々なスタイルがあるということです。

日本の不幸というのは、西欧文明がどんどん流入し、人々が個を主体として生きていくことを志向したときに宗教といった、その個をあるべき道に導くものがなかったということです。厳密にいえば日本の伝統は、宗教といえます。しかし、その理念は長い経験によってえられるもので、速攻性がない。日本の伝統の世界観は明文化しえません。それは体感するものだといえます。日本にいれば日本のよさがわかるというのはそういうことですが、個を主体として生きていくことに快楽を感じた人々にとってはなんの有効性もない。新興宗教が生まれましたが派閥化した。

大勢において日本における大衆の民主化というのは、利己主義を個人主義化しえなかった。政治力のある利己主義者は容易に人々を集団化し暴徒化した。それは一部の指導力のある軍幹部による巨大な日本軍の形成であるし、オウム事件も、「バブル崩壊」による従来の統治システムが弱体化したところに、利己主義者が容易に集団を組織しテロ化したものです。戦後から60年安保にいたるまでの思潮の混乱期にも同様のことがいえる。

日本に確たる宗教(利己主義を戒めるもの)がない以上、やはり社会システムが利己主義を個人主義化し、それを活かすシステムにしなければならない。なぜなら、開国している以上、西欧文化はとめどなく流入しているからです。それは若者を感化し主体主義化しないわけにはいかない。特にただの娯楽映画だと思っているアメリカ映画は、前回も書いたように政治的プロパガンダを多分に含んでいます。ロックは強い自己主張をふくんでいる。つまり、若者には自然と普遍主義の刷り込みがおこなわれている。ただ、これは健全な個人主義の形(理想的な個人主義者のありかた)の押し付けであって、若者が利己主義者にならないよう教育するという意味ではすぐれた役目をはたしている。

60年安保以降の日本は、あふれかえる主体主義者を個人主義化する有効的なシステムを構築したのかといえば、全くその逆で日本的システムを強化することで、ねじふせてきたわけです。「日本らしさ」はそういうものではないと。つまり、システムによる我慢、忍耐、努力の強要にあった。古来の日本のそのような教育は、型や作法の背後の人間のあり方や人間の生き方を知るというのが眼目であったはずなのに、このシステムにはなんの人道的な理念もない。

「所得倍増」システムは、まさに文字どおりただの拝金主義をはびこらせるだけとなった。強引な主体主義者への抑圧は、本来なら健全に個人主義化し、その利益を社会に配分することになったであろう人々を逆に利己主義にはしらせた。日本人の多くは自分のことしか考えないようになった。どれだけ物持ちかといった単純比較で人を比較するようになる。人々の心からおおらかさは失われた。しかし、多くの人々は「普通」だと教えられた。

三島由紀夫や川端康成の自殺は、『若大将シリーズ』からうかがえる60年代から70年代の時代の空気の激変、人々の心の在り方の激変、私が「息苦しい」と感じたそのままを彼等は感じていたのではないかと思わざるをえない。非人道的で無機的な空気がだたよっていたのは、日本が無機的なシステムに支配されていたということです。我慢、忍耐、努力を強いられこそすれ、それは日本人の心ともいうべき伝統から導かれるような世界観を決して教えなかった。

それでも民主化した、" 日本にとって "の反乱分子が若者中心に絶えない。そこで「管理教育」システムを導入した。ここにも人道的な理念はない。学歴主義がはびこり、ブランド志向を助長しただけだった。今度はどれだけブランド化しているかで人を比較するようになる。組織は権威化する。大学教育は形骸化した。「管理教育」システムは決して心を教育しなかった。一部のネクラの象徴とされたオタクは大勢となった。若者はおとなしくなったかわりに「たくましく生きる力」を奪われた。それは少子化を加速させた。

我慢、忍耐、努力は美徳か?といった場合、それはその対象による。その対象であった日本の伝統に基づく型や作法というのは、仏教思想や禅の思想と密接に関連したある種の世界観が存在する。その深遠な世界観は人々を謙虚にさせる。 近年の一連のシステムは、日本古来の伝統に基づく心のあり方を教えないばかりか、人間としての心の豊かさをも育まなかった。

確かに日本を混乱におとしいれる暴徒化した集団の封じ込めには成功した。学級崩壊にしろ、オウムといった集団にしろ、それを発生させる根源的な原因は常に存在していたはずなのだが、強力なシステムがそれを潜在化させた。ネット上にみられる膨大なアングラサイトの存在というのは、常に反乱分子が存在していた証拠です。それが、巨大な力となりえないのは若者のエネルギーそのものが矮小化し、オタク化しているのです。

では、一連のシステムに心を教えるものをもりこめばよいのか?といった場合、それはまさに宗教ということになりますが、日本に伝統というものがそこかしこに存在している限り、その宗教的世界観は常に日本を満たしているわけで、必ずしも明文化された宗教は必要ないのではないかと思います。私は個人主義的な生き方をしていますが、日本の宗教的世界観を否定しませんし、むしろ人を敬虔にさせる優れたものであると思っています。個のアイデンティティーを確立するためにはどこかで「忍耐や努力」が必要であって、それは型や作法から入り「忍耐や努力」をすることで奥義を極めるということと、入り口は違っても、過程は同じだといえるからです。

問題は、日本人は個を主体として生きようとしているということです。若者に試練は必要か?確かに必要です。しかし、それはこれまでの一括的で画一的なシステムによる試練の強要によるのでは決してなく、いかに若者を自分の意志で試練にむかわせるかというもっと有機的なシステムの構築が必要になってきたということです。でなければ、彼等の精神は疲弊してしまう。精神の育成期に甚大な被害をおよぼすということです。これは若者だけではなく、個を主体として生きようとしているすべての人にもいえるのです。そのようなシステムは国頼りではなく、多くの人々が考えなければならない問題であるということです。





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2/7 '00

『若大将シリーズ』の初期作品に、印象に残っている場面があります。主人公が水泳大会に遅れるというので、主人公の友人が彼を自分の車に乗せ飛ばして競技場へ向うのですが、途中でスピード違反で白バイに捕まってしまいます。急いでしまった理由を主人公が述べると、警官はなんと競技場まで先導してやるといって、彼等の車を従えて赤灯を回し猛スピードで競技場へ向かうのです。

警官のこのような行動の是非はおいておくとして、仮にこのようなエピソードを今の日本のドラマにいれたら、たちまち浮き上がって物語が嘘っぽくなってしまうと思うのは私だけでしょうか?これが、アメリカ映画に挿入されていたら、どうでしょうか?私は嘘っぽくは感じられないと思う。
アメリカ映画の思想の根底にあるのはおおむね反権力的なものであり、権力(者)は強者、個人は弱者という構図があります。強烈な個人主義に基づく個の尊重という思想は、強者である権力(者)を常に悪とみなします。これは、アメリカ流のタテマエです。人間はそんな単純に構図化されません。しかし、観念的ですがアメリカの思潮であることは明らかです。普遍的なものか?といえば私もそう思っています。

60年代初期というのは、このエピソードのようなことが実際あったのかどうか別として、いかにもありそうだと思わせるということです。話全体に違和感なく溶け込んでいる。今の人々に言わせれば、ルーズであるとかいいかげんであるとか、あるいは職務を逸脱しているとなるかもしれない。しかし、このようなエピソードが許されない、あるいは考えられない今の日本社会というのは逆にシステマティクでマニュアル的で官僚的であると言えます。人間味がないということです。

では、どちらが正しいのでしょうか?60年代初期の日本ですか?今の日本ですか?また、同じように近代化した今の日本とアメリカに上記のような差を感じるということは、今のアメリカの人間行動は以前として前近代的であるということでしょうか?私は同じ近代都市であってもこのような違和感を感じざるを得ません。

「管理者たち」にしてみれば、今の日本が正しいということになるのでしょう。前回、終りの方で「このような歴史なら繰り返してほしいですね」と書きましたが、彼等らは「そんなこととんでもない!」と憤るに違いありません。

日本的秩序というのは主体性を排除した集団によって形成される。それは御しやすいし、国家の混乱を招くこともない。後の巨大な経済発展システムという枠は、先のエピソードからもうかがえるように60年代初期あたりまでの社会の思潮の混乱、個々人の個人主義化あるいは利己主義化による日本的秩序の乱れを打開するための手段だった。

その手段がいかに強力であったかは63年三ちゃん農業、64年鍵っ子、65年公害、66年過疎、といった流行語にみられるたった数年足らずの日本の激変であるということです。60年の「所得倍増」という国民にとっておいしいアメが、反乱分子をおさえる、あるいは隅においやる決定打であったのは言うまでもありません。

私は、寒村から東京に出てきて働いている妻の父親に「なぜ、このような狭いところに住んでいるのですか?」と聞いたことがあります。答えは「これが普通だと思った。」です。こう答えられては、私は何もいえません。「所得倍増」のためには当り前のことだった。これは、『人間を幸福にしない日本というシステム』にも同様のことが書かれています。

主体性を排除することを美しいと思う日本文化を受けついできた人々の依存的な精神を、うまく利用したのだと言えます。それは、受験戦争であっても多くの人はそれが「普通」だと思っていた。「管理者たち」は日本的秩序を維持するためにしたたか、かつ強力に情報を駆使して、国民に余計なことを考えさせず、特定の方向に人々を向かわせることに成功した。
しかし、もし、現在の人々の思潮が『人間を幸福にしない日本というシステム』にあるように「普通だと思った」から「シカタガナイ」にかわっているのであれば、やはりこれは問題です。

なぜ、日本は今日まで強力な中央集権国家であったのか?「管理者たち」は日本国が民主化に傾くと、なぜ、権力を行使して国粋化しようとするのか?という問題にたちかえってみます。

国粋的な政治学者には、今でも民主主義は「数の理論」であって、数の力に頼ってしまえば日本はとんでもない方向にいくと信じている方がいます。それより徳のある人々による専制的な統治がのぞましいと言います。まさに日本の現状そのものですが、私はこれはある意味では正論だと思っています。

「主体性を排除することを美しいと思う」人々は集団志向におちいりやすい。日本の支配の歴史というのは、常に自我の突出した主体主義者(個人主義的であったり、利己主義的であったりという意味)を頂点とした、それをとりまく集団志向化した人々によるピラミッド型体制の繰り返しでした。一部の主体主義者とそれに従う多くの集団志向者という構図がとても簡単に生まれる。この派閥化のしやすさは、おそらく世界で突出しているといえるかもしれません。だからこそ日本はアジアのなかでも物質的に、また都市化という意味でいちはやく欧米並みとなりえた。吸収性があるというのは主体性がないということです。

7世紀後半に形成された天皇を絶対とする律令国家や、江戸時代の強力な封建制度は、このような集団志向におちいりやすい日本人の精神性を危惧するとともに、逆にその精神性をうまく利用したシステムであったわけです。これは現代日本の統治構造と似ています。国がおそれていることは、一部の反乱分子が、なんらかの指導性を発揮して巨大な集団になることなのです。そして、それは日本において日本文化に裏うちされた人々の「主体性を排除することを美しいと思う」精神構造上たやすく起りやすい。逆に統治能力の弱い支配者はかんたんにひっくり返されてしまう。

開国後、西欧文化の流入により主体主義化し強力な自我を持つ人間が容易に生まれ、その人間が強力な指導力を発揮し他の依存的な人々を集団化することは国にとって非常な脅威であったということです。民主主義は「数の理論」であって、日本の方向が多数決できめられるということは、それこそ日本の無軌道化を助長する以外のなにものでもないと考えた。

実際、戦後から60年安保までというのは、それまでの統治システムが弱体化したことで、人々にとって精神的に解放された時期であった。それは「日本にとって」反権力的なものがはびこる温床となった。民主化というのは、権力的なものの排除にあるからです。社会の思潮は混迷した。まさに「強力な自我を持つ人間が容易に生まれ、その人間が強力な指導力を発揮し他の依存的な人々を集団化する」という国がおそれていた事がおこった。しかし、強力な自我を持つ人間が容易に生まれやすいということは、文化や経済において優れた人々を輩出しやすかったということにもなるのです。

民主主義が機能していたのは「管理者たち」の間だけです。「管理される者たち」(=大衆)は専制を強いられてきたのです。そのかわり「管理者たち」には、主体性を排除することを促され「明き洗き直きまこと」がもとめられたし、彼等はそれに則って行動してきたといえます。国を弁護するようですが、日本という国を考える場合、このような結論にいかざるを得ないのも事実なのです。

私は近代日本を覆う見えない呪縛というのは、古来の日本文化に裏うちされた「主体性の排除」にこそにあると思っています。これが開国後、日本が国際社会の場に出ることで、日本の行動が国内外、また「管理者たち」と「管理される者たち」の間に様々な矛盾や問題を生じさせる原因になったと思っています。

それにしても、巨額の財政赤字を次世代におしつけるという行為も、ある意味での次世代に対する枠とも捉えられることが悲しいですね。仮にそうでなくても、そうとも捉えられる現実が悲しいといっているのです。本当に経済新生のためのものなのでしょうか?私には今だによくわかりません。





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2/3 '00

会社の年頭のスローガンにこんなことが。
「今年は"変革"の年です。全員一丸となって頑張りましょう。」
日本人はいつも、「"全員一丸"となって頑張って」きたのですね。戦時中も、戦後の経済復興時も。
だから、「変革」しなければならなくなった。違うのでしょうか?
うちの会社の人間は「変革」の意味を理解していないと言わざるを得ません。
が、はっきりいって、日本の多くの人々の現状認識はこの程度のものだと思っています。
(各々の自主的判断により、結果的に一丸となることは否定していません。最初に一丸ありきではないということですね。)

遅まきながら、『人間を幸福にしない日本というシステム』(毎日新聞社)という本をよみ始めました。基本的に私の『怒り』と同様のことが述べられいてることに驚きましたが(システムが違憲であるとか等)、私の『怒り』の方が感情的であるのと較べて、ジャーナリストの目から理路整然と近代日本のあり方を解説していて、とても参考になります。現代日本の人々こそが一読すべき教科書あるいは指導書のようなものといってよいと思います。

この本の前半で述べられている『日本人は「生まれつき」集団志向だと私は全然思わない。(中略) 私に言わせれば、会社に入ったとたんに日本の人たちが体験させられることが、日本人が生まれつき集団志向人間ではない証拠である。』に関して私なりの意見を述べたいと思います。

60年・70年安保闘争を経た、民主的であり個人主義な若者達はその後、強力な経済発展システムにのみこまれていきました。これは集団志向人間に「改鋳させられた」といってもいいと思います。
なぜ、「改鋳させられなければならなかったのか?」「改鋳しなければどうなっていたのか?」また、「その後の人権を無視した厳しい管理教育システムの導入はなぜおこなわれたのか?」

開国前と開国後では、日本人のあり方が非常に大きく変わっています。開国後の西欧文化の大流入は日本人を変質させつづけてきました。それは、つねに若い世代から起きてきました。
60年代初期からの日本映画『若大将シリーズ』をみてみました。このシリーズの初期作品(60年代初期)からは、とてもおおらかでのびのびとした自由な雰囲気が感じられます。日本にこんな時代があったのかと私は厳しい管理教育を経た人間として驚かざるを得ません。
まさにこのような土壌が学生運動を起こすひきがねになったと思いますが、一方で後に様々な分野で国際的に活躍のできる人々を育む機会をもあたえたとのだろうと思っています。

60年代後期から70年代の作品になるにつれ、まわりの様子が激変していきます。たった10年程で全く違う。今風なんですね。高速道路や巨大なビル、交通渋滞が役者さんの後ろにうかがえる。それと共に画面から受ける雰囲気もかわってくる。はっきり言えば「息苦しい」感じなんです。話の展開といった設定は同じなのにです。戦後から60年安保闘争の間のおおらかな雰囲気はなんだったのだろうかと思ってしまいます。

開国後の日本の歴史というのは、とめどなく流入する個人主義を主体とする西欧文化と集団主義を主体とする日本古来の文化との葛藤であったわけです。若い世代を中心に個人主義化しはじめると、集団主義を美徳とする国粋主義的な古い世代が強力な権力を行使して、それをねじふせてきました。
明治維新後の官僚による富国強兵策、大正デモクラシー後の軍・官僚による国粋主義化、60年安保闘争後の官僚による日本型経済発展システムの導入、70年安保闘争後の官僚による厳しい管理教育システムの導入といったようにです。

今回の変動期において、国がすばやく行ったことは「日本をほめよう」キャンペーンであったり、「国歌・国旗の法制化」などです。自自公連立は、ある意味で臨戦体制をしいているといっても過言ではない。なんとなれば、どのような法案も通せるわけです。新旧のどちらのシステムにもいこうと思えばいける。

小渕さんを信頼しないわけではないですが、このような歴史を繰り返してきた日本において、やはり多くの国民は懐疑的にならざるを得えないだろうと思っています。これは依然として政治への不信が強いという結果にも表われています。

この本の" おび " にあるように官僚神話は本当に崩壊したのか?といえば、多くの人は半信半疑であるし、ここの冒頭でも述べたように「変革」の本当の意味すら人々は理解していないのではないか?というのが私の実感です。おそらく、言葉だけが上すべりしているのでしょう。

しかも、この本の言うところの「管理者たち(アドミニストレーターズ)」自身も巨大なジレンマに陥っているというのは想像に難くありません。とりあえず、官僚体制を弱めて様子をみようというのが彼等の本音ではないかと思っています。ようするに国自身も、今だに迷っているでしょう。この迷いが、国民にも自然と伝わって、個が解放されつつあるといっても自発的、意欲的になれない理由、また消費意欲がもりあがらない遠因となっていると考えています。

また、国が秩序を守るために、混乱が生じようとすると強力な枠を国民にはめようとしてきたことは、「いじめ」を生む要因ともなったのです。枠内でおとなしくしている人は良い人で、枠外の人は悪い人という構図が出来るからです。このような社会の考え方やあり方が、何も知らない子供に自然と浸透していくのは明らかです。その一方で、「いじめ」はやめようというのは、非常に自己矛盾しているといわざるを得ません。国が「多様性を認めよう」というのであれば、そのようなシステムを作るべきです。

なぜ、「管理者たち」は日本国が民主化に傾くと、その強力な権力を行使して国粋化しようとするのか?
この本でも、その答えを導き出していますが、私はもっと根深いと思っています。

ここからが本題です。以前に述べたように、日本人には日本人特有の思考性が存在しています。それは先天的なものというより、あくまで、言語環境を含めた独特の日本文化という環境によって形づくられるものです。日本文化には、主体性の排除を美しいと感じる思想が存在する。滅私奉公が美徳であるというのはそのよい例です。

特にそれが象徴的なのは、「自然」との関わり方にあらわれています。例えば、日本語の「お」水、「お」米、雷「様」、「お」天道「様」、「お」月「様」。お風呂や温泉には、ただ体をあらうためではなく浸かるために行きます。盆栽や生け花、禅、和歌、短歌、俳句、わびやさびといった思想等などを見たり知ったりするにつけ、古来の日本文化がいかに自然を愛で、共生に喜びを感じていたかが感じられます。これは、日本人だけではなくモンゴロイドの思想の根底にある共通の概念、あるいは思考性だと私は思っています。

一方で自然は天災をもたらすこともあるわけで、人類にとって抗いがたい権力者でもあるのです。西洋の人々はこの自然を理論でねじふせようとしましたが、例えば日本人はそうではなく、自然に逆らわない生き方をしてきたわけです。そのためには主体性をすすんで排除してきたと考えられます。

つまり、以前に述べた「依存的である」ということです。しかし、これこそが古来の日本文化による「日本らしさ」なのです。
「日本らしさ」とは何か?
端的にいえば「主体性の排除にある」ということです。「日本美」というのは、「主体性を排除することで構築する美しさ」といえます。伝統やのれんを守るとか、天皇制にみられるような世襲、といったものは「主体性の排除」以外のなにものでもありません。

このような古来の日本文化と強く密接している「主体性の排除」こそが、今日まで 日本が強力な中央集権国家であった要因だといえます。「自然」という抗いがたい権力者は、日本の社会制度において「天皇、支配者、官僚」といった人間の権力者に変わっただけにすぎないということです。

勿論、人間が動物である以上、利己的であり個人主義や利己主義は存在するのですが、日本においてはそのような文化環境ゆえにそれらは微弱にならざるを得なかった。開国以前は、逆に個人主義や利己主義が突出していたものが、支配者となりえたのです。

では、開国後の日本において、官僚を主体とする「管理者たち」は個人主義や利己主義が突出していたのかといえば明らかにそうではありません。むしろ、そのような「管理者たち」は非常に「日本らしさ」にこだわっていた人々だといえます。であるからこそ人々は、官僚を「主体性を排除し公職に専念する抗いがたい権力者」とみなしていた。

勿論、厳密にいえばそうではなく、軍に代表される人々は、ある意味で利己的であったといえます。しかし、おおむね現代日本において、実質的主導者である官僚を含めた「管理者」自体に「主体性の排除」が存在しているために日本は国際社会で浮遊しつづけるといった状況になったといえます。あいまいな国だということです。

「西欧らしさ」とは「主体性の固持」です。個人主義化や民主化がそれぞれの主体性の固持や主張を意味するならば、それは日本における「日本らしさ」の崩壊になりかねない。だからこそ、「管理者たち」は「日本らしさ」が失われ日本的秩序が破壊されることを危惧するあまり絶対的な権力を行使し、その時々において様々なシステムによる「枠」を国民に科してきたわけです。現行憲法を無視してもです。日本的秩序というのは開国以前は日本文化によって保たれてきたはずなのが、開国後はその存続のためにシステムを用いなければならなくなったと「管理者たち」は考えたということです。

しかし、皮肉なことに人々に強制的に「システムによる主体性の排除」を促すことによって、日本はより西欧らしくなっていった。なぜなら、システムによって主体性を捨てさせられ依存的になった人々は日本よりもっと強力な権力者、例えばアメリカにますます依存的になっていくといった悪循環になっていたと考えるのが妥当だからです。アジアのなかでも日本はいろんな面でアメリカべったり、日本はアジアの一部なのかアメリカの一部なのかあいまいな国であるというのは、このようなメカニズムであると考えています。

開国後の日本は対応を誤ってきたのか?私はそう思っています。よかれと思ってやったことが、あだとなってしまった。日本的なものを頑なまでに守ろうとするあまり、逆に日本的なものが消失しつつあるというのは悲劇としかいいようがありません。

日本はアメリカに依存することによって日本文化というのをことごとく失い、あるいは進んで放棄し、西洋的な文化が蔓延する国となった。例えば、西洋の価値観であるクリスマスをことさら騒ぐことにどのような意味があるのか私には理解できません。もし、なにかのハレの日を望んでいるのであれば、もっと東洋的な思想をもつ七夕を活性化させるほうが自然であったはずです。自然から切りはなされ「うさぎ小屋」に住まなければならない大都市化や、それにともなう核家族化が、古来の日本文化を引きずる人々の心を蝕まないとどうして言えるのでしょうか?


『若大将シリーズ』の初期作品にみられる、自由でおおらかな日本というのはもどってこないのでしょうか?今の日本に必要なのはあのころの雰囲気なのではないかと思っていますが。このような歴史なら繰り返してほしいですね。





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