週刊墨教組 No.1374 2002.6.28

教え子を再び戦場に送るな!
  違憲・有事法制を許すな!(五)

栗栖解任のあとさき
 記憶の彼方にかすんだ「有事法制」の前史を、もう少し、たどってみましょう。
 一九七八年七月十九日、自衛隊トップの栗栖弘臣統合幕僚会議議長が『週刊ポスト』誌上で、「いざという時、自衛隊が超法規的行動に出ることはありうる」と、不謹慎きわまりない本音を述べ、物議をかもしたことがありました。
 この本音が、「文民統制」に違背することは明白であり、当然、統幕議長は解任される結果となりました。世論は、きわめて健全であったのです。
 だが、統幕議長解任の二日後、したたかな福田赳夫首相は、有事法制の研究推進を防衛庁に指示したのでした(無節操な福田康夫官房長官の「非核三原則」見直し発言も、この性悪な似たもの親子ならとうなづけます)。
 すでにして、前年の八月から、三原朝雄防衛庁長官の指示で、「有事法制」の研究は開始されていたというのが実態でした。
 今となってみれば、統幕議長解任も、よく仕組まれたシナリオのヒトコマにすぎなかったのかもしれません。
 少なくとも、この解任を利用することによって、「有事法制」研究が、政府レベルの段階に格上げされたことを、国民に周知させたのですから。
 人目をはばかり行われた「三矢作戦研究」(一九六三年)や「法制上、今後整備すべき事項について」(一九六六年)とは異なり、誰はばかることなく白昼堂々と「有事法制」について研究できるようになったのでした。

経済界の声
 ところで、「三矢作戦研究』から「武力攻撃事態法案」まで、何と、はるかな道のりであったことでしょう。
「武力攻撃事態法案」は、とめどなくグローバル化する日米安保体制に裏打ちをされたものであることは、はっきりしています。
 はたして、背景にあるのは、それだけでしょうか?
 牛尾治郎(前経済同友会代表幹事)は、次のような発言をしています。

 「国際秩序ということになると、米国の場合、海外進出企業が地域紛争に巻き込まれても、空母を派遣すれば安泰かもしれない。しかし、日本の場合、現状のままだと、個別企業が、天に祈るしかない」(安保研究会編『日本は安全か』)

 牛尾は、日本の海外進出企業が地域紛争に巻き込まれた事態を想定して、アメリカのように空母を派遣できない実状を、危惧・慨嘆しています。
 日本企業はこぞって、利潤をめざし、低賃金の労働力を求めて、きそって海外進出しました。空洞化といわれるゆえんです。
 牛尾の発言は、その日本企業を守るために、日本の空母派遣という日本独自の軍事行動を視野に入れています。財界人の臆面もない野望が、はしなくも露呈しています。

アーミテージ報告
 「周辺事態法」「テロ対策特別措置法」には、憲法が禁じている集団的自衛権の行使にはっきりと抵触する内容が盛り込まれていました。そして、現実に、今日も、これらの法を根拠にして、自衛隊による軍事行動がとられているのです。集団的自衛権の行使の既成事実化は、とめどなく積み重ねられているのです。
 さて、ここに、注意すべき提言があります。
 経済同友会が、一九九九年三月に発表した緊急提言「早急に取り組むべき我が国の安全保障上の課題」です。その中につぎの箇所があります。

「我が国政府は、国際法上いかなる国も保持しているとされているのに、憲法上許されないとする「集団的自衛権の行使」にかかわるこれまでの見解を維持するとの方針である。しかし、このままでは、現実と遊離して無理が生じるのは明白であり、この政府見解の見直しは必要不可欠である。改めて「集団的自衛権の行使」にかかわる政府の憲法解釈の早期見直しを強く求めたい。」

 さらに、注意すべきもうひとつの報告があります。
 二〇〇〇年一〇月に発表された米国防大学戦略研究所の特別報告(「アメリカと日本―成熟したパートナーシップに向けて」、通称アーミテージ報告)です。つけ加えるなら、アーミテージとは、「ショウ・ザ・フラッグ」の、あの米国務副長官です。

「日本が集団的自衛権を禁じていることが両国の同盟協力を制約している。この禁止を解除すれば、より緊密かつ効果的な安保協力が見込まれる。これには有事立法の制定を含む日米防衛協力のための新指針(新ガイドライン)の勤勉な履行が必要である。」

 「有事法制」の背後で、集団的自衛権の行使をめぐって、日米のどす黒い策謀が、共振しながらうごめいています。


週刊墨教組 No.1371号  2002.6.13

教え子を再び戦場に送るな!
  違憲・有事法制を許すな!(四)

周辺事態法
 自衛隊、海外へという布石は、とめどなくグローバル化する日米安保体制に裏打ちされたものでした。そして、ついに一九九九年をむかえたのです。
 一九九九年は大きな歴史の曲がり角でした。
 日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の実効性を明示することをめざした「周辺事態法」が、強行可決されたのでした。
 すなわち、日本は米軍に対して「後方地域支援」というくちあたりのよい言葉のもとに、燃料の補給や物品の輸送などができるようになったのです。さらに、民間や地方自治体に対しても協力を依頼することができるようになったのです。
 墨田教組とゆかりの深い前田哲夫さんは、「これら盛られた内容は、憲法法体系との決定的乖離をもたらすばかりでなく、安保条約本文からさえ想定できない軍事行動を容認している点でも、下位法が上位法を骨抜きにする法の下克上≠フ痕跡を歴然と示している。一言で表現すれば、それは安保統帥権の独立≠ニいうべきであろう。」と、的確に指摘したのでした。(『世界』一九九九年六月号所収)

テロ対策特別措置法
 二〇〇一年九月十一日、アメリカで同時多発テロ事件が起きました。
 この同時多発テロ事件に対する怒りに便乗し、この国の凡庸で感情的な首相コイズミは、九月十九日に、パキスタンやインド洋に自衛隊を派遣することなどを柱とした七項目の対テロ支援策を打ち出しました。そして、海上自衛隊の護衛艦がインド洋に向かう米軍空母の警護にあたったのです。
 さらに、十月五日、政府は、米軍などの軍事行動を自衛隊が支援するための「テロ対策特別措置法案」と自衛隊法改正案を閣議決定し、国会に提出しました。審議が全く尽くされずに成立したこの法案には、自衛隊の活動範囲を拡大し、武器使用基準を緩和するなど、憲法が禁じている集団的自衛権の行使にはっきりと抵触する内容が盛り込まれていました。
 この法案は、ブッシュの理不尽きわまる報復戦争に追随するだけの自衛隊の出兵という暴力行使を、容認・正当化するために案出されたのでした。

米軍のために死ぬ 
 自衛隊の海外派遣の軌跡をたどれば、いまや、日本は、アメリカに対して「従属」から「隷属」の関係へと転落してしまったことが明らかです。
 有事法制はアメリカの世界戦略を支援する戦時立法にしかすぎないのです。
 早稲田大学の水島朝穂さんは、この法案の危うさを、つぎのように警告しています。
 「かつて日教組は『教え子をふたたび戦場に送るな』という言い方で、『戦場』を日本の外に設定しました。このスローガンはもう古い。今度の『介入型有事法制』は、何も日本が外へ出ていくケースばかりではありません。米国がA国を攻撃し、それに日本が全面的に協力した結果、A国が自衛権を発動して米軍基地を攻撃してきた。これに自衛隊が反撃した場合、戦場は日本の国土になります。原発周辺で戦闘が行われるという恐ろしい想定もしなくてはならない。『有事法制』の推進論者たちは『国のために死ぬ』ことを想定しているようですが、むしろ『米軍のために死ぬ』ことになる。」(『世界』六月号所収)


週刊墨教組 No.1370号  2002.6.6

教え子を再び戦場に送るな!
  違憲・有事法制を許すな!(三)

首相への権限集中
 前回は、法案の武力攻撃の「定義」が、余りに不明確であり曖昧すぎて、とうてい人語たりうる日本語のていをなしていないことを指摘しました。
 法案には、それに劣らぬ、つぎのような危険な規定があります。

(対処基本方針)
第九条 政府は、武力攻撃事態に至ったときは、武力攻撃事態への対処に関する基本的な方針(以下「対処基本方針」という)を定めるものとする。

 2 対処基本方針に定める事項は、次のとおりとする。
 一 武力攻撃事態の認定
 二 武力攻撃事態への対処に関する全般的な方針
 三 対処措置に関する重要事項

 5 内閣総理大臣は、対処基本方針の案を作成し、閣議の決定を求めなければならない。

(対策本部の設置)
第十条 内閣総理大臣は、対処基本方針が定められたときは、当該対処基本方針に係る対処措置の実施を推進するため、内閣法(昭和二十二年法律第五号)第十二条第四項の規定にかかわらず、閣議にかけて、臨時に内閣に武力攻撃事態対策本部(以下「対策本部」という)を設置するものとする。

(対策本部の組織)
第十一条 対策本部の長は、武力攻撃事態対策本部長(以下「対策本部長」という)とし、内閣総理大臣(内閣総理大臣に事故があるときは、そのあらかじめ指名する国務大臣)をもって充てる。

 〈首相大権〉ともいえる、首相への権限集中です。
 コイズミなどという過剰に感情的ですぐにマジギレする、冷静な理性のヒトカケラもない凡庸な人物に、この国の判断を委ねることなぞ、断じてできない。

行政の軍事化
 国家総動員法の第八条には、「政府は戦時に際し、国家総動員上必要ある時は勅令の定むる所に依り総動員物資の生産、修理、配給、譲渡その他の処分、使用、消費、所持および移動に関し必要なる命令を為すことを得」という規定があります。
 この規定の本質を、山口大学の纐纈厚さんは、「この勅令にしても、天皇は内閣・政府が策定した命令を基本的には追認する格好となりましたから、帝国議会ばかりか、天皇の大権すらも侵すほどの圧倒的な権限を内閣行政権に与えるものでした」と鋭くえぐりだしています。
 そして、「今日における内閣行政権の肥大化により、武力攻撃対処を目的とする対策本部が首相を本部長として新たな戦争指導部の形成が図られようとしていることからも判るように、国家総動員法制定の経緯と内容につき、これらの二つの間には同様の発想が確実に受け継がれている」(五月二五日付『図書新聞』)と、厳しく告発しています。

冷戦時代の産物
 公聴会をめぐってストップしていた有事関連三法案の国会審議が再開されました。
 とくに、「武力攻撃事態法案」は、ソ連の侵攻が想定された冷戦時代の産物を土台にしています。
 この法案が、冷戦時代の産物といわれる理由は、次の報告を下敷きにしているからです。
 一九八一年四月、防衛庁は「有事法制」研究の第一次中間報告(第一分類・防衛庁所管法令の研究)を発表しました。
 その内容は、「有事」に際して自衛隊が円滑に行動することを主眼として、自衛隊法一〇三条を中心に検討したものでした。今回の「武力攻撃事態法案」は、新しい意匠をこらすこともなく、ほぼこの報告の内容を踏襲しています。
 つづいて、防衛庁は、一九八四年十一月に第二次中間報告(第二分類・他省庁関係法令の研究)を発表しました。この報告は、防衛庁以外の省庁の所管する法令の検討が中心でした。陣地構築のため、海岸や自然公園、保安林などを使用できるようにしたり、野戦病院設置のために医療法に特例を設けたり、大量の戦死者を墓地以外の場所に埋葬許可証なしに仮埋葬できるようにすることなど、「戦時」を想定した法的整備事項が羅列されていました。

まやかしの有事シナリオ
 この二つの報告の底流には、ソ連の侵攻を想定した「北方脅威論」がありました。
 常套手段とはいえ、権力は何度この手法を用いてきたことでしょう。
 日清・日露戦争時における「清国脅威論」や「ロシア脅威論」、ソ連極東空軍の帝都爆撃の危機を言いつのった「一九三六年危機説」、太平洋戦争期における「ABCD包囲網論」、戦後にも、「中国脅威論」「ソ連脅威論」、そして、「北朝鮮脅威論」まで、現在に至るも、連綿として外敵の侵攻を想定したまやかしの有事シナリオによって、国内の軍事体制化と戦争国家化、治安警察国家化を実現してきたのです。

自衛隊、海外へ
 冷戦が終わった一九九〇年代は、「日本有事」を主眼とする「有事法制」研究は、おもてむきは棚上げされることになりました。かわってせりだしてきたのは、自衛隊の行動を、外部へ、海外へとシフトしつづけることでした。
 一九九一年四月二四日、政府は、海上自衛隊掃海艇のペルシャ湾派遣を、安全保障会議と臨時閣議を開いて決定しました。
 政府が派遣の根拠とした自衛隊法九九条(機雷等の除去)はいわゆる雑則で、第二次世界大戦でアメリカ軍が日本周辺に敷設した機雷の掃海のための規定でした。それをとめどなく拡大解釈して、海外派遣は可能であるとしたのでした。
 自衛隊の任務は、自衛隊法第三条に「直接侵略及び間接侵略に対し、わが国を防衛すること」と規定されています。決定は、この条文の任務をはるかに逸脱した違法行為そのものでした。
 また、日本が機雷除去作業を行う海域は、アメリカなどと分担するとしましたが、自国の船の航路と関係ない海域を掃海することになり、これも専守防衛の理念から全く隔たった違法なものでした。
 湾岸戦争において、アメリカに追随するだけのこの国の政府は、九〇億ドルの戦費支援を行い、参戦しました。さらに特例政令というこざかしい論法をもちいて、自衛隊機派遣まで決定したのでした。
 なぜ、これほどまでに、外部へ・海外への自衛隊派遣に固執したのでしょうか。
 政府の意図は、明らかに〈初めに自衛隊海外派遣ありき〉だったのです。
 湾岸戦争によって、武力による強者の論理がまかり通りました。アメリカによる軍事優先の覇権主義が、またしても世界を覆ったのです。
 翌年の一九九二年六月には、「国連平和維持活動等に対する協力に関する法案」(PKO協力法案)が成立しました。
 美しく「平和」を謳っていますが、その本質は、まぎれもなく自衛隊海外派兵法に他ならなかったのです。
 


週刊墨教組 No.1368 2002.5.23


教え子を再び戦場に送るな!
  違憲・有事法制を許すな!(二)


包括法〉と〈個別法〉
 前号で指摘した「有事法制」の基本法となる「武力攻撃事態法案」は、枠組みを規定した、いわゆる〈包括法〉です。そして、二年以内を目標に法整備するとされる国民保護・米軍支援・自治体に対する首相権限の強化などは、〈個別法〉によって規定されます。
 世間がワールドカップに浮かれている時期を選んで、〈個別法〉の細部は曖昧なまま「検討課題」として先送りし、〈包括法〉を強行成立させ、既成事実化しようというもくろみは、いかにも小賢しいやり口です。

わかりにくい「定義」
 国会審議における政府答弁は、〈個別法〉が曖昧なのを反映して、具体性を欠き、説得力の乏しいものになっています。
 それ以上に〈包括法〉の根幹ともいえる、武力攻撃事態を「定義」した第二条は、つぎのようにきわめて分かりにくいものです。

「一 武力攻撃 我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。
二 武力攻撃事態 武力攻撃(武力攻撃のおそれのある場合を含む)が発生した事態または事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう。」

詐術にすぎない政府見解
 この「定義」が、余りにわかりにくいとの指摘が続出したため、福田康夫官房長官は、十六日の衆院有事法制特別委員会で政府見解を示さざるをえませんでした。(別紙参照)
 政府見解は、とうてい人語たりうる日本語のていをなしていません。「一概に言えない」とは、何も定義しないのに等しい。「みられる」をくりかえし、「推測され」や「可能性が高い」などという不確実な用語使用は慎むべきです。「客観的に判断される」とか「客観的に認められる」とかの主体を隠したよこしまな作文は、言葉に無自覚・無責任の人物が考えついた、詐術にすぎない悪文の典型です。

武力攻撃事態政府見解(要旨)
1武力攻撃事態
 武力攻撃とは我が国に対する外部からの組織的、計画的な武力の行使をいう。武力攻撃を加えてくる主体としては、国だけでなく、国に準ずる者もあり、攻撃の規模の大小、期間の長短や攻撃が行われる地域、攻撃の態様等も様々であり、武力攻撃の態様は一概に言えない。


2「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」
 「武力攻撃のおそれのある場合」には至っていないが、我が国を取り巻く国際情勢の緊張が高まっている状況下で、ある国が我が国への攻撃のため、部隊の充足を高めるべく予備役の召集や軍の要員の禁足、非常呼集を行っているとみられることや、我が国を攻撃するためとみられる軍事施設の新たな構築を行っていることなどからみて、我が国への武力攻撃の意図が推測され、我が国に対して武力攻撃を行う可能性が高いと客観的に判断される場合。


3「武力攻撃のおそれがある場合」
 ある国が我が国に対して武力攻撃を行うとの意図を明示し、攻撃のための多数の艦船あるいは航空機を集結させていることなどからみて、我が国に対する武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると客観的に認められる場合。

 


週刊墨教組 No.1367  2002.5.16

教え子を再び戦場に送るな!
  違憲・有事法制を許すな!(一)

 私たちは、憲法の理念に基づき、反戦・平和教育、人権を守る教育を先達の実践に学び、積み重ね、発展させてきました。いかなる理由があろうとも、人が人を殺し、傷つけ合う戦争を私たちは断じて許すことはできません。しかし、今、国会に提出された有事関連三法案は、私たちの実践を真っ向から否定するだけでなく、戦争を遂行するための法案です。憲法の絶対平和主義の原則に背馳する法律をつくろうとするのですから、違憲であることは明白です。このような憲法の平和原則をあからさまに否定する愚行を許してはなりません。

 憲法の否定
 有事法制の基本法となるのは、「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案」(以下「武力攻撃事態法案」と略)です。武力攻撃事態法案の根幹は、「集団的自衛権の行使」にあります。現在まで憲法第九条は、どのように拡大解釈したとしても、「わが国は自国の防衛に対してのみ武力を行使しうる個別的自衛権を有する」の範囲にとどまっていました。この範囲を逸脱して、わが国が攻撃されていないのにもかかわらず、他国の戦争にわが国が武力行使することは到底許されるものではありません。
 しかし、武力攻撃事態法案では、「アメリカ合衆国の軍隊が実施する日本国とアメリカ合衆国との相互協力及び安全保障条約に従って武力攻撃を排除する…」、「武力攻撃事態への対処においては、日米安保条約に基づいてアメリカ合衆国と緊密に協力しつつ…」とあり、アメリカ合衆国とわが国が一体となって武力行使をすることを明らかにしています。これは、アメリカが戦争をするときは、わが国も参戦するということです。こうした内容をもつ武力攻撃事態法案は、わが国の憲法の根幹を否定するものです。
 憲法という国家の基本法を、「改正手続き」を経ることなく、立法という作業によって変えることは許されません。議会の多数派が多数決原理を利用して、立法によって「憲法を変える」のは憲法否定、立憲主義の否定と言わざるをえません。