質問、意見等はこちらへどうぞ。[kyou4-a●ルナドットEメイルドットエヌイードットジェイピー(luna.email.ne.jp)](●を@に)天野 貴司
ブリジット・オベールという作家、確かに多才である。
例によって本にカヴァーを付けたままだったので、途中までどういう物語なのか狐につままれた感じであった。で、途中ではたと帯を見てこれがホラーだと気がついたという始末。
私は普段はそれほどホラー小説を読まないのだが、この作品はなかなかオリジナリティにあふれた作品に仕上がっているのではないだろうか。ホラーの種類でいえば読んでいて寒気を感じるというタイプではなく、ともすればコミカルな部分が多いのではないかと思う。だが、そう、まるでB級映画を観ているような楽しさ、これがこの作品の魅力ではないかと思う。(ゴキブリの描き方には寒気を感じましたが、、、、)
どう表現したらよいかなかなか難しい作品である。別に内容が難しい物語というわけではない、どちらかと言えばシンプルな作品なのだが、読み終わった自分の胸中をどう文章で表現したらよいか非常に悩む作品である。
そういう点では新保博久氏の解説がとてもうまく本書、および著者のことを的確に解説しており、どうもそこに付け加える物をほとんど思い付かないという事実もあるのだが。
通常の大都市を舞台とした作品、もちろん犯罪がそういう場所で多発するという背景もあるのだろうが、それとは一線を画すように地方の小さな町を舞台として描かれる本書のような作品では犯罪そのものよりも、そこに住み、生活している人達の描き方が作品の出来に強く影響をおよぼしているように思える。そこでは人の移り変わりが非常にまれであり、その場所で生まれ育った人達が過去から現代へといたる共通の時間軸の中で生活を営むという一種の閉じられた空間。現在という点よりも常に過去の記憶がつきまとう世界。本書の場合、というか本著者の場合その描き方が絶妙なのだろう、しっとりとした印象と共にひとつの魅力となっている。
ノンストップサスペンスと帯に謳われてはいるが、どちらかと言えばぐいぐい惹きつける文章ではなく、じわりじわりと忍び寄ってくるタイプのサスペンスといった方が正確かもしれない。
精神分裂性患者であるマイケルの逃亡劇を中心に、マイケルと彼を追うものたちそれぞれの物語が進む。そして大きな謎であるマイケルの逃亡の理由。読者にはほとんど何の手がかりも与えずに展開してゆくが、これが読む側を惹きつけてしまう魅力につながっている。
読み終わってみれば、割と安易な物語で安易な終わり方と言う気もしないではないが、上下巻併せて700ページを越えながら読者に飽きを与えずに読ませるあたりがうまさであろうか。
最近の自分の好みとして(前からそうではあったのだが)、よりダークな物語を求める傾向が強くなってきているように思える。別にエンターティメント色の強い作品を否定するわけではなく、読み終わった後で心のどこかにどんよりとしこりのような何かが残る作品に強い魅力を感じるようになってきているのではないかと思う。それはおそらく精神的にはあまりよい事ではないのだろうが。
そういう点では本書のような作品に出会える喜びというのは何物にもかえがたい気がする。細かいことを言えばちょっと物足りなかったという感は否めないが、ニューヨークという喧騒の街の地下。トンネル掘りという文字どおりアンダーグランドな場所で展開してゆく物語。そこに生きる男たち、そして一組の兄弟。不器用ながらひとつの事にこだわって生きている彼らの姿というのが無骨ながら胸にゆっくりとしみてくる読後感。
果してどれだけ原作の味を損なわずに映像化されるか。原作とそれをベースにした映画は別の物ということは頭の中では判ってはいるつもりだが、それがとりわけ自分が非常に気に入っている作品の場合は、やはりつい考えずにはいられない。そういう点では映画を観るのが楽しみでもあり不安でもあった。もっとも監督に李志毅、そして劉健一役に金城武というキャストが発表された時、少し冷静に原作とは異った物であってもそれはそれで新しい物語に出会えるかもしれないという妙な期待もしていたのだが。そして昨年冬の撮影開始から待つこと半年、待望の映画公開である。
第一印象としては少しラヴストーリーに傾注しているが、全体的には原作のもつ雰囲気をうまく取り込んだ映画に仕上がっているというところだろうか。小説とはまた違った「不夜城」というひとつの物語がスクリーン上に描き出されている。
ラブストーリー、ラブロマンスと感じたのは、おそらく原作の持つ登場人物達のどろどろとした内面というものはあまり描かれていなかったせいなのかもしれない。ただおそらく映画ではそれらを前面に押し出そうとはしていなかったように思える。それを補ってあまりあるのが映像ならではの表現、カットカットで見せる健一と夏美の様々な表情。それが非常に効果的に二人の内面、そしてしたたかさを表している。。あと、キャストに関しては意見は別れるかもしれないが、私は夏美役の山本未来は良かったと思いますね。中国語の会話が多いせいか、健一と夏美がかわす日本語が妙に芝居がかって聞こえてしまうのが少し気にはなったのだが。
しかし、やはり最大の見せ場はラストシーン。もう思わず涙目になってしまいましたね。おそらくは二作目である「鎮魂歌」が頭の中に既にインプットされているせいなのだろうが、健一と夏美のたどりついたところ、そして健一の哀しい想いが画面からあふれだしていたからだろう。
梅雨はどこへいったのか、真夏を思わせる日が続いておりますがみなさんはいかがお過ごしでしょうか。
さて本の方はちょっと今月は不作の月だったという気がします。もっとも映画「不夜城」がその分を補ってくれた月でもありました。昨年「鎮魂歌」を読み終わった時に感じた哀しさをまた映画で味わい、2、3日は不夜城シンドロームで鬱になっておりました(苦笑)。暗くはなってもそれはそれで心地好い鬱でもありましたが。
では、また次号で。
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